106.メモリーズ
その後未佳達は栗野と日向が外に出たのを見計らい、予定通り関係者用通路の外へと足を踏み出す。
一時的ながらも薄暗い裏口通路にいたせいか、久々に目にした外の明かりはかなり眩しく。
視界は強い光りを見た時特有の深緑色へと、一気に染まり上がった。
(うわっ、眩・・・! 目ぇ開けらんないよ~・・・。これ~・・・)
しかし視界が真緑色になったのはその一瞬のことで、その後は徐々に当たりの状況が見渡せるくらいにまで、回復した。
よくやく全体が見えるようになった辺りで周囲を見渡してみれば、そこはまるでイタリアの街並みを思わせるかのような赤茶色の石畳通路に、外観だけをレンガ調にしたショップ店。
カーブした通路に5メートル間隔で建てられている柱には、まるで螺旋の渦を巻くような配列で、小さなオレンジと茶色のタイルが散りばめられていた。
そういえば、まだ自分達はちゃんとここの外観や店屋を見ていない。
一応リハーサルのために外へは出たが、考えてみればそれっきりなのだ。
しかもリハーサルで出ていった時は、ほとんど例の関係者用通路からステージまでは直線通路。
辺りを見ている余裕すらもなかった。
ショッピングモールとは言え、ここまでキレイかつヨーロッパ風な創りであったとは思ってもおらず、未佳は思わず両目を輝かせながら辺りを見つめる。
(こんな場所だったんだ・・・・・・。素敵・・・)
そういえば去年、毎度お世話になっている音楽雑誌インタビューにて『いつか、ヨーロッパ旅行をしてみたい』と考えた、自分のことを思い出した。
確かあの当時は、何かとテレビや雑誌などでヨーロッパが取り上げられている頃で。
画面の向こうに映し出されるイタリアやフランスの街並みを目にする度『いつかこの地を訪れてみたい』と、想いを寄せていた。
しかしあの当時は、今年ほどでなくとも仕事は立て込んでおり。
その当時よりも休みのない今となっては、その希望を実現させることもできない。
『せめてあっちの世界へ逝く前に』とも一時期思ったのだが、行ったら行ったで気持ちが踏み止まってしまいそうで。
おまけにそんな想いを胸に旅行に出向いてしまったら、観光名所であるはずの教会も直視できない。
『これから死のうと考えている愚か者が何の用だ』と、嫌でも夢の中でマリア様に言われてしまいそうだ。
そんな複雑な思いもあって、最終的には取り止めてしまったヨーロッパ旅行。
この場所は、まるでその未佳の夢を叶えてくれたかのような、そんな外観だった。
単なる関東のショッピングモールであっても、未佳にとっては本物の街並みと変わらない景色だったのだ。
しかしその感動も虚しく、ようやく叶えられた未佳の夢の時間は、無情にも即座に終わりを告げられた。
「坂井さん? ・・・坂井さん!」
「!! ・・・えっ?」
「『えっ?』じゃないっすよ! 列! 列!!」
そう叫ぶ長谷川にハッとして辺りを見渡してみれば、通路を行き交う人々の視線が、幾分かこちらに向けられていた。
おそらく、いきなり壁のところの関係者用扉から出てきた私服姿の自分達が、一般人達には不思議で仕方がなかったのだろう。
唯一幸運だったのは、こちらがヨーロッパ観賞に浸っている間、自分達のファンが通路を通ってこなかったことだ。
「あっ、ゴメン。ゴメン・・・。歩く、歩く」
「どうかしたんっすか? ・・・まさか立ちくらみ?」
「ううん、大丈夫・・・。なんでもない」
軽くそれだけ言って伝えて、未佳はやや開いてしまっていた栗野との距離を詰める。
ここでまたしても幸運なことに、皆が急ぎ足でレストランに駆け込んだためか、途中まで誰にも気付かれなかった。
ただ最後に手神と日向が入った際、微かに外から感激の悲鳴が聞こえてきたが、中に入ってしまえばその程度のことは問題ない。
「皆さん、全員入りましたね? ・・・後ろ大丈夫~?!」
「大丈夫です~。許容範囲内!」
「OK! じゃあ中に入りますけど、ちょっと店内のファンの数多いみたいなんで、皆さん注意してください。・・・また急いでくださいね? いざとなったら走っていいんで」
「「「はい」」」
「はい、では・・・」
最終確認も念入りに行い、栗野が二つ目の扉を開け放つ。
その扉を日向が押さえつける形で、栗野が最初に店内へ。
そのあとに続くよう未佳が店内へと入ると、やはり『予想通り』と言うべきか。
例の栗野の顔を把握していた常連男女3人組が、即座に慌てふためいた。
〈エッ? ・・・嘘嘘嘘嘘! うそぉっ!?〉
〈みかっぺ? ・・・エッ!! マジで!?〉
〈うっそぉ!! みかっぺ!?〉
〈みかっぺだよね!? ・・・エッ?! みかっぺだよねぇッ!?〉
(あっ、ヤバッ・・・。背中向けてるのにもう気付かれた・・・!)
「未佳さん! 走って!!」
「あぁっ、はい!」
『走って』という言葉が出てくるということは、もうそれは栗野の最終手段命令である。
その言葉を聞いたと同時に小走りで喫煙席まで駆け出すと、最初の3人の騒ぎが聞こえてきたのか。
はたまた駆け出す未佳の姿が目立ち過ぎたのか。
一気にレストラン全体から、歓喜の悲鳴が上がった。
〈〈〈キャーッ!!〉〉〉
〈嘘っ! みかっぺじゃん!!〉
〈マジで?! もしかしてここランチ場!?〉
〈〈〈みかっぺ~!!〉〉〉
〈・・・!! キャアアア~ッ!! さとっちもいる~♪♪〉
〈〈〈小歩路様ーッ!!〉〉〉
〈マジかっ!! 小歩路様~っ!!〉
〈手神さ~ん!! 手神さ~ん!!〉
〈〈手神さ~んッ!!〉〉
狭い店内はたった4人の人間で大賑わいである。
さらに未佳が喫煙室へと入った直後、扉の向こうでは頻繁に、栗野と日向の『サイン! 握手等はご遠慮願います!!』という声が響いていた。
その後、未佳に続いて長谷川が喫煙室へと入り、その次に厘が喫煙室の入り口前へ。
そこでメンバー最後尾の手神が、厘の背中を押す形で同時入室。
最後に日向と栗野が中へと入り、喫煙室の扉は閉じられた。
「はい! ・・・一仕事終了!!」
「栗野さん、お疲れ様です・・・」
「いえいえ。日向さん、あなたもよくやったわよ。私こういう時に声量無くなるから、店内に声響かなくて・・・」
「そんな・・・。私も声量に関してはそんなにないですよ~」
「でも私みたいに、居酒屋で年がら年中『すみませ~ん!』が聞こえない人間よりマシだわ」
「ハハハ」
そんなマネージャーと雑業管理スタッフの雑談が盛り上がる中、未佳達は喫煙室の扉に耳を当て、様子を伺う。
扉が分厚いせいで、禁煙席の会話を一字一句読み取ることができなかったが、それでも未だざわついた状況であるということは窺い知れた。
とにかく外が騒がしい。
「どんな感じ?」
「まだかなり騒いでる・・・。でも凄かったよね?! ファンがこっちに気付く早さ!」
「アレがいわゆる『パンデミック』っつうヤツっすよ」
「ねっ?! ・・・凄かった・・・よね?」
「うん・・・」
「ほら、皆さ~ん! 早く席着いて、メニュー選んでくださーい! それから今回、店員の出入りでのドア開閉は、お冷の数も入れて10回までですからねぇ~?」
「「「「・・・・・・エッ?!」」」」
その栗野の発言に、4人は一斉に栗野の方へと視線を向ける。
出入りでのドア開閉が『10回まで』となると、単純計算でも、お冷と帰りで3回。
その上6人で料理を注目するとなると、両手2トレーの場合でも最低6回。
最悪個々での持ち運びになるかもしれない。
さらにその上食器等の回収ともなると『10回まで』という回数はあっという間に越えてしまう。
どう考えてもこの回数では足りない。
「そんなの事前に聞いてないよぉ~!」
「当たり前です! 今店の外の状況見て決めたんですから。ほら! それに不満があるんなら、店員さんがお冷を持ってくる前にメニュー決めてください!!」
「・・・・・・ガクッ・・・」
何処までも独断で決めてしまう栗野に、未佳はただただ項垂れることしかできなかった。
その後一番扉から離れた窓際の席に、6人は3・3に分かれて腰を下ろす。
ちなみに座席での並び順は、部屋の出入り扉がある窓側に、左側から栗野・日向・手神。
窓を背にしたソファー席に、厘・未佳・長谷川が、その順番で腰掛けていた。
店員が再度部屋へとやってくる前にメニューを決めようと、テーブルの奥側に座っていた栗野と厘は、テーブルに立てられていた数冊のメニュー表をごっそりと抜き取り。
さらにそれだけでは足りないと見てか、ソファー席の一番端に座っていた長谷川が、隣のテーブルからもメニュー表を数冊抜き取る。
結果、8席6人掛けテーブルのメニュー冊数は、一人1冊、というような状況となった。
ここへやってくる前に事前に話を聞いてはいたが、本当にメイン料理はロコモコしかない。
一応最初のページにはドリンク、ビールやワインなど似合いそうな酒のつまみメニュー。
そして一番最後のページにはデザートメニューなどが載せられていたが、その間にあった見開き6ページはすべてロコモコ。
しかも有り難いことに、ロコモコメニューは各見開きごとに『肉ベース』『魚介ベース』『野菜ベース』と、ベースとなっている材料ごとに分けられていた。
「うわぁ~♪♪ よかったじゃない、小歩路さん。魚介も野菜も両方あるよ??」
「せやねぇ~・・・。あっ。『野菜ベース』のとこ、ハンバーグがおからのやつなんや・・・。おからって、カロリーなくて食物繊維多いから、確かにヘルシーそうやねぇ~」
「うん。それにおからハンバーグって、ちょっと和風テイストだよね? 私も惹かれる~」
「えぇ? みかっぺは逆にスタミナ付きそうなの選んだら?」
「・・・・・・・・・・・・」
正直正論に等しいようなことを厘に言われ、未佳はただただ苦笑した。
「長谷川くん、どうする?」
「ん~・・・。僕は『肉ベース』で考え中・・・。ハンバーグのサイズ違いもあるんやなぁ~・・・」
「あっ、じゃあこれは?」
「ん? どれ?」
「『最強! 俺のステーキロコモコ丼』!」
「んな大盛り食えないっすよ~っ!!」
「ハハハッ!」
手神が指し示したそのロコモコは、定番のハンバーグの上に、さらにカットされたリブロースステーキが乗せられている、というかなりボリューミーなもの。
店のメニュー表を見る限りでも、これはかなり上位のボリュームであるらしい。
もちろん、そんなボリュームの高いメニューを、長谷川が注文するわけがない。
いくら周りから『メタボ予備軍』と言われていても、さすがにこんなデカいのは無理だ。
「しかも『最強』って・・・! コイツ、ハンバーグの他にステーキまで乗っかってるやないっすかっ!! 無理っすよ! 僕!!」
「私、決ーめた!」
「ウチも。・・・栗野さん達は?」
「こちらも両方決まりました」
「・・・うん。僕も決定」
「う~ん・・・。やっぱりコイツかなぁ~・・・・・・。ヨッシャ! んじゃ押しますよ~?」
「あっ! さとっち待って!!」
ふっと店員を呼ぶための呼び出しボタンを押そうとした長谷川の右手を、未佳は間一髪のところで両手で掴み止める。
もちろんこの未佳の行為に一番に驚いたのは、他ならぬ長谷川だ。
「えっ? ・・・・・・な、何?」
「ダメよ! 押しちゃ・・・。店員さんがお水持ってくるまで待つの! 今日10回しかドアの開閉許されないんだから・・・!」
「あっ・・・そっか。・・・店員が水運んできた時に頼めば一石二鳥か」
「そうそう。それに、ほら・・・」
と言うと未佳は、長谷川の持っていたメニュー表のページをパラパラとめくり、一番最後の見開きページを開いた。
そこは、このレストランのデザートメニューだけが載せられているページ。
すると未佳は、さり気なく真向いの栗野や日向達に見られぬよう、口元をメニュー表に隠しながら、囁くような小声で尋ねる。
「さっき何気に見てたでしょ? ・・・頼む気じゃなかった?」
「よくお分かりで。・・・ってことはそちらも?」
聞かれたと同時に、未佳は声には出さず、首だけをコクリっと頷き返す。
「ほら。・・・栗野さんとか私達がデザート頼もうとすると、何かとうるさいじゃん」
「『金掛かる~』『時間掛かる~』『メタボる~』とかな? オフの時は自由にしてくれんのに・・・」
「そそっ。だから気付かれないようにデザートの分も注文するためには、店員さんがこっちにやってきた時に頼むのが効率的、でしょ?」
「確かに」
それに『開閉10回まで』という約束を守ってさえいれば、いくらこちらがデザートを頼もうと、栗野達も何も言ってはこないはずだ。
そう勝手に決定付けて、長谷川は呼び出しボタンから右手を離す。
一方の未佳も、店員がお冷をトレーに乗せてやってくるのをひたすら待つ。
待つつもりだった。
しかし。
ピーンポーン!
「「えっ?」」
「ただ今お伺いしまーす!」
ふっと突然頭上から聞こえてきたのは、紛れも無く個々のレストランで使用している呼び出し音のチャイム。
しかもその音の出方や大きさから察するに、明らかにここの室内から鳴らされたものだ。
この呼び出しの音に、未佳と長谷川は揃いも揃って頭上を見上げる。
未佳達の座席の頭上には、楽屋にあったものと似たようなスピーカーが取り付けられていた。
「さとっち、何してんのよー!!」
「僕じゃないっすよ!! だってボタン押す前に坂井さんが止めっ・・・・・・あぁっ!!」
「ん? ・・・あ゛っ!」
ふっと自分の隣を見つめて固まる長谷川に、未佳は『何なの』という軽い動作で右隣を振り返る。
そしてそこで視界に写った光景に、思わず未佳の表情も凍りついた。
そこには、先ほど長谷川が押そうとしていた呼び出しボタンの上に右手を置く、あの厘の姿があったのだ。
実はこのテーブルには、長谷川が最初に押そうとしていた左端ボタンの他に、もう一つ別の呼び出しボタンが配置されていた。
おそらくは元々4人掛けであったテーブルを二つに合わせた際、両テーブルにあったそのボタンをそのままにしていたのだろう。
しかしそのことに一切気が付いていなかった未佳と長谷川は、この厘の余計な行動にただただ唖然とするばかり。
一方のボタンを押した厘は、何故かチャイムが鳴ったあともしばし唖然としており、結果未佳達の表情に気が付いたのは、それから約10秒ほど経ってからだった。
「・・・へっ?」
「さっ・・・、小歩路さ~ん!!」
「小歩路さん! 一体何してるの!?」
「『何』って・・・。呼び出しボタン」
「なんで押しちゃうのよぉ~!!」
「だってさとっち、押したはずなのにならへんのやもん! ウチが押してみたら、やっぱり押すの弱かったやん!!」
「いや、僕あえて押さなかったんっすよ!! 店員さんがお冷運んできた時に頼もうと思って・・・!」
「えぇっ? なんでぇ~? みんな『メニュー決まった』言うてるのに・・・」
「そりゃそうなんっすけど・・・!!」
「さとっち! さとっち!! ちょっ・・・、ストップ!」
この場合、何一つとして姑息なことを考えていない厘の意見は、まったくの正論だ。
そもそも厘は、最初からデザートを注文する気はない。
ただ昼食が食べられさえすればそれでいいのだ。
だからここの扉の開閉を気にする必要も、厘にはない。
そのことを厘の言い返しを聞いていち早く察した未佳は、尚も反論する長谷川を慌てて宥める。
どうせここで言い争っても、互いの意見は平行線だ。
それに下手に何かしらの意見を口にして、栗野にこちらの考えが読まれても困る。
「で、でも坂井さん・・・。コレで余計に店員やってくるんじゃ・・・」
「・・・しょうがない。こうなったら料理注文するのと同時に、デザートも注文するしかないわね。それなら余計な回数分は無くなるだろうし・・・」
〔じゃあ最初からそうすればいいじゃん〕
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・ん? どないした?」
「ううん、何でもない・・・。ちょっと一瞬“外野な声”が・・・」
「・・・はっ?」
半分意味不明な言葉を口にする未佳に疑問符を浮かべる長谷川だったが、未佳はそれ以上は何も言わず、ふっと長谷川から。
正確には、長谷川の隣に腰掛けるような体勢で座っていたリオから視線を反らし、ウィンドウが閉められたままの窓を見つめる。
確かにたった今リオが言った通り、こういうことなら予めデザートも一緒に注文してしまえばいいのではないかと思う。
しかしそれを二人が行わないのには、ちゃんとした理由があるのだ。
それは、ここのレストランでの料理の量である。
今ここで改めて言うことでもないが、未佳達がこのレストランへ入るのは今回が初めてのこと。
当然ここでのロコモコ丼も初めて食すわけで、どれほどのボリュームがあるのかはまったく見当がつかない。
にも関わらずそんな状況でデザートを注文し、その結果『量が多過ぎてはいらない』など、関係者的にも店側的にもかなり迷惑な話だ。
最悪、栗野から『デザート注文禁止命令』が出されても致し方ない。
そんな結果を避けるために、二人はなるべく食後に注文するよう、心懸けていたのだ。
無論、もしも今回の昼食場所が生き慣れているファミレスなどであった場合は、迷うことなくメイン料理と一緒に注文している。
(だから色々と考えてたのに・・・。メイン食べ終わったあとで入るかなぁ~・・・・・・)
内心『やっぱりデザート諦めようかなぁ~』という思いも過りつつ、未佳はガックリっとその場に項垂れる。
一方の長谷川に至っては、ややテーブルの手前数センチほどに腕を置くようにして、顔が見えぬようふて寝を決め込んでいた。
お互い揃いも揃って、かなりの喪失感である。
〔(仲いいんだか悪いんだか分かんないよなぁ~。この二人・・・)〕
ふっとそんな二人の姿にリオが呆れ返ったのと、店員が出入り扉を開けて入ってきたのは、まさに同時だった。
「失礼しまーす」
「店員・・・来ちゃいましたね」
「うん・・・。これで出入り引いて8回よ」
「先にお冷の方、失礼いたします」
コトッ・・・
「「・・・・・・ん?」」
ふっと自分達の目の前に置かれたコップの存在に、項垂れていた未佳とふて寝をしていた長谷川は、同時に伏せていた顔を『ガバッ!』と起こす。
目の前に置かれていたのは、紛れも無くお冷が入れられたコップ。
それも人数分のだ。
((・・・・・・ということは?!))
「はい。・・・ご注文は?」
この瞬間、未佳と長谷川は見えないようテーブルの下で、お互いの握り拳をピタッとくっつけるようにぶつけた。
もちろん、お互いが胸中で『イエ~イ!!』と叫んでいたのは、言うまでもないことである。
「厘さんからどうぞ?」
「あっ、そう? え~っと・・・。新鮮生野菜の、盛り合わせロコモコ丼」
「はい。新鮮生野菜の盛り合わせロコモコ丼がお1つ。こちらは単品でよろしいですか?」
「はい」
「はい」
「次、栗野さん」
「あっ、こっちに回るの? えぇ~っと。魚介のエビブロマヨネーズロコモコ丼、2つ。片方スープセット付きで」
(〔ん゛っ!?〕)
その栗野の注文に『まさか二つも食べるつもりなのか!?』と内心疑った未佳とリオだったが、もちろんそういうわけではなく。
ただ単に栗野と日向が同じメニューであっただけのことだった。
そもそも、お酒に関してはクイックイッといく栗野ではあるが、食べる方に関してはそこまで多いわけではない。
よっぽどのことがない限りは人並み程度だ。
「はい。エビブロマヨネーズロコモコ丼の単品がお1つと、スープセット付きがお1つですね? ・・・スープセットの方、本日クラムチャウダーとミネストローネがございますが」
「あなたどっちにするの?」
「えっ? ・・・でもマヨネーズだしねぇ~・・・。ミネストローネで」
「はい」
「じゃあ、流れでこう行くか」
と言うと栗野は、メニューを広げたままの手神を指差した後、その指を未佳から長谷川の方へと流す。
どうやら、手神・未佳・長谷川の順番で注文する流れになったらしい。
「私か? えぇ~っと、トマトソースハンバーグロコモコの単品を、ライス大で」
「はい。トマトソースハンバーグロコモコの単品。ライス大ですね? こちらトマトソースとの相性関係上、半熟目玉焼きの方がスクランブルエッグになりますが、よろしいですか?」
「はい」
「かしこまりました」
「・・・はい、坂井さん」
「え~っと・・・。アボカドとビーフシチューハンバーグのロコモコ丼。単品で」
「はい。アボカドとビーフシチューハンバーグロコモコが、単品でお1つ。こちらロコモコの方の野菜が別添えでサラダになりますが、よろしいですか?」
「・・・えっと・・・。ロコモコ丼の生野菜が、サラダになって付くんですよね?」
「あっ、はい。こちらビーフシチューを上からかける関係上、ロコモコ丼の方に野菜を盛り付けられないので」
「大丈夫です」
「はい。かしこまりました」
「え~っと・・・。ナポリタン入りデミグラスハンバーグロコモコ丼、1つ」
「はい。ナポリタン入りデミグラスハンバーグロコモコ丼がお1つ。単品でよろしいでしょうか?」
「はい」
「かしこまりいたしました。・・・ご注文を確認させていただきます。新鮮生野菜の盛り合わせ、単品がお1つ。エビブロマヨネーズの単品がお1つと、スープセットのミネストローネ付きがお1つ。トマトソースハンバーグのライス大が、単品でお1つ。アボカドビーフシチューが単品で、お1つ。ナポリタンデミグラスが単品で1つ。以上でよろしいでしょうか?」
「「「「「はい」」」」」
「かしこまりました。お料理の方、少々お待ちください」
店員はそう言うと、注文を打ち込んでいた電子機器をパタンッと閉じ、一旦喫煙室をあとにした。
出ていく際に開け放たれた扉からは、相変わらず禁煙席にいるファンの人達のざわついた声が聞こえてくる。
大方、扉が開け放たれる度に、中にいる自分達の姿を確認しようとしているのだろう。
生憎そう言ったことも想定して橋の席に座っているので、禁煙席の人々に見られることはないが。
「ねぇ? ところで『ナポリタン入りデミグラスハンバーグ』って・・・、何?」
「ん? あぁ、アレ? なんか・・・、目玉焼きのめっちゃ端っこぉ~の方に、少量のナポリタンが盛り付けられてるやつ」
「そんなのあったんだ」
「あれ? 坂井さん、気付かんかった? てっきり『肉ベース』開いてたから見てたんやと・・・」
「いや、見はしたけど・・・。すぐに『野菜ベース』のページばっか見ちゃってたから」
「ふ~ん・・・。ピーマン入ってないタイプでしたよ?」
そうニヤつかれると『惜しいことをした』と思いはしたのだが、特に自分の頼んだメニューに異論も無かったので『別にどうでもいい』と考え直す。
最悪食べたくなれば、無条件で横取ってしまえばいいのだ。
「って、長谷川く~ん。そんなこと坂井さんにからかったら、料理来た時そのナポリタン横取られるよ~?」
(ギクッ・・・!!)
「あっ、そいつは勘弁っすね。そうなったら僕はビーフシチューの肉を持ってきますよ?」
「・・・まさかさとっち・・・。それが狙いで私を挑発したんじゃないでしょうねぇ?」
「・・・・・・・・・」
「どうでもいいんですけど、さっきのメニュー・・・!」
と言うや否や、栗野は一旦仕舞ったメニュー表を再び1冊取り出し、中のページをパラパラとめくる。
そしておそらく『野菜ベース』の辺りであろうページで手を止めると、その中の内容をまじまじと凝視。
最後に全体のページを再びめくること、約20秒。
「! やっぱり・・・! 未佳さん!! あなたの頼んだアボカドビーフシチューロコモコ! 一番高いメニュージャンルじゃない!!」
「「えっ?」」
「ひょっとして・・・。全部の見開きページ端に、金枠で囲まれてたヤツ?」
恐る恐る長谷川が両人差し指で四角を描きながら尋ねると、栗野は未佳を睨みながら『ええ』と、低い声で返した。
実はここのロコモコ丼メニューには『ゴールドスペシャルロコモコ』なる特別メニューが存在し、全ページ見開きの左ページ端に、金枠で囲まれるような形で連載されているのだ。
その特別メニューは、生産地を国産で統一させたもの。
鮮度にこだわったもの。
産地直送にこだわったものなど、どれもこれもこだわりの食材で作られている。
そうなると当然、こちらは一般メニューよりも値段が跳ね上がるわけで。
本来ならば1000円でお釣りが返ってくるはずのところ、こちらはその上3~500円ほど上乗せするようなメニューだったのである。
『扉の開閉は10回まで』という注意に意識を向けすぎて、ついつい未佳に値段制限のことを言いそびれた。
これは専属マネージャーという立場として、かなり痛い。
「しかもよりにもよって・・・。『野菜ベース』の一番写真が大っきいヤツ・・・!!」
「どれどれ~? ・・・あ~ら。一気に跳ね上がって1480円。しかも税込み」
〔ズルッ・・・!!〕
「いや、あの、日向さん・・・」
「『税込み』はあんま関係ないと思うんっすけど・・・」
「でもこんなにするってことは、やっぱり今アボカドの物価上がってるんかなぁ~?」
「「「「さぁ~?」」」」
「未佳さん!! なんでよりにもよってこんな高いメニュー頼むんですかァ!!」
「えっ・・・、だって栗野さん。今日『高いメニュー頼んじゃダメ!』って、一言も言わなかったじゃない。私てっきり許容範囲なんだと思って・・・」
「「「「〔ッ!!〕」」」」
この直後喫煙室から轟いた栗野の怒声に、未佳のみならず、禁煙室の面々も飛び退いたのは、今や知る人ぞ知るファンの伝説秘話である。
『ネーミング』
(2002年 11月)
※事務所 控え室。
みかっぺ
「なんかすっかり寒くなってきたよね。外・・・」
さとっち
「そらそうっすよ。もうじき真冬になってくるんっすから・・・」
手神
「だよなぁ~・・・。なんかこのところさぁ~。近所の鳩とかがダルマみたいになってて・・・(苦笑)」
厘
「東大寺の鹿さん達も丸ぅなってるよ? もうじきお決まりの小屋引き籠りかも・・・」
みかっぺ
「やっぱりみんな寒いよねぇ~(しみじみ)」
厘
「! そうそう! 『鹿』って言うたらやけど」
みかっぺ・さとっち・手神
(((自分で言い出したんじゃん・・・(爆))))
厘
「『カモシカ』って動物いてるやん?」
みかっぺ
「あぁ~。あの国の特別天然記念物の・・・」
手神
「よく教科書とかに載ってるやつね?」
厘
「あれって。『シカ』って語尾に付いてるけど、鹿の仲間やないらしいよ?」
みかっぺ・手神
「「エッ?!(驚)」」
さとっち
「ハッ!?(謎) 『シカ』やないんっすか?! あれ・・・!」
厘
「なんかウシの仲間なんやて。ホンマは・・・」
みかっぺ・さとっち
「「牛ッ?!(謎)」」
手神
「でも確かに・・・。言われてみれば角の形は牛かも・・・(苦笑)」
みかっぺ
「うん・・・。それに今更名前を正式なのに変えてもねぇ~・・・(ーー゛)」
さとっち
「『カモウシ』? ・・・ないっすねぇ~(笑) そもそも『シカ』っていう単語に馴染みすぎてますし・・・(^^;)」
厘
「いっそ『シカカモ』にしたらええのに・・・」
みかっぺ・さとっち・手神
「「「ドテッ!!(倒)」」」
『シカカモ』って・・・(汗)