101.東京楽屋
「「「「広っ!!」」」」
楽屋部屋に到着した早々、4人が同時に口にしたのは、そんな室内の感想だった。
一応栗野から事前に、椅子、テーブル、テレビ、シャワーがある、という話は聞かされていたが、まさかそれでもここまで広い環境だとは誰も思っておらず。
手神を除く3人は、ただただ『さすがは東京』と、思う他なかった。
「これ・・・、普通にイベント用の楽屋よね?」
「さすがは関東・・・。楽屋の広さも見取りも、部屋の設備も違うわ・・・」
「ま、まあ・・・。そもそも豊洲周辺は土地代も高いし。何か創って建てるとするなら、これくらいの設備は設けるだろうね」
「でもなんか・・・。僕らの今回の東京移動先、めっちゃ場違いな感じの箇所多かないっすか? ・・・ここもどっかのお偉いさん方の控え室と間違えてません?」
「いいえ、長谷川さん。こ・こ・がっ! 今回の皆さんの、共同楽屋部屋です!!」
ふっと真後ろから聞こえてきたその声に振り返ってみれば、いつものメモ帳を手にした栗野が、メンバーよりも先に楽屋へと入っていく。
どうやら、少々こちらに追加で報告しなければならないことができたらしい。
「皆さん楽屋にやってきてもらった早々申し訳ないんです、が・・・。どうしよっかな・・・・・・。とりあえず部屋に上がってきてください」
「「あっ、はーい・・・」」
「なんだろう? 予定がちょっと変わったのかな~・・・」
「「「さぁ・・・?」」」
「とりあえず・・・。あれ? ここカーペットあるけど土足??」
「あっ! ここ土足厳禁なんで、皆さん靴脱いでください!!」
ズルッ・・・
内心『それをもっと早めに言ってくれよ』と、未佳達は思った。
靴を脱ぎ終え、部屋の真ん中辺りに4人が集まると、栗野はメモ帳と家具類を交互に見比べながら、口を開く。
「はい、では・・・。これからここの楽屋部屋について、皆さんに簡単にご説明させていただきます」
「あれ? ・・・用件が増えたわけじゃなかったの?」
「あ、はい・・・。ただ単に楽屋に置かれているもので数点、注意事項があったものをお伝えに・・・」
「あっ・・・、なんだ。そういうこと?」
「・・・・・・一体何だと思ったんですか? 未佳さん・・・」
そうややジト目で聞き返す栗野だったが、特に未佳からの明確な答えは求めてはいなかったらしく。
ハッキリとした未佳の返答はないまま、栗野は本題の説明へと、話を映ってしまった。
「ではまず、この液晶テレビについてなんですがー・・・」
そう言って栗野が手で指し示したのは、部屋の左側に置かれた、約24インチほどの中型液晶テレビ。
正直こんな部屋に、早くも薄型液晶テレビが置かれていること自体、未佳達からしてみればすごいことだ。
ここだけの話、よくライヴツアーなどでお世話になっている『大阪グラン・リバーフォーラム』の楽屋は、おそらく今も四角いアナログテレビであるに違いない。
もっともこちらも、ほんの数ヶ月前に買い替えたばかりではあるが。
「こちらのテレビは、一応関東の番組に関しては映ります。なのでテレビを見たい方は、適当に見てもらって構わないのです、がっ! ・・・最大でも音量は28までにしてください」
「それ以上やとどないなるんっすか?」
「外に音漏れします。それも反対側のファッション店に・・・」
「ア、アガァー・・・」
「それはー・・・、アカンね」
ちなみに栗野いわく、こちらの液晶テレビが出せる音量数は、最大で50。
ただし室内でテレビを見る分には、それの約2分の1程度の26~28の間で、音量としては十分だという。
「えっ? ・・・っていうか、ちょっと待って! さっき通路の壁が薄いのは聞いたけど、もしかしてここの楽屋も薄いの?!」
「あぁ~・・・。まあ普段の楽屋よりは? ちょっと薄めかもしれないんですけど・・・。まあ中でギャーギャー騒いだくらいじゃあ、外には聞こえないでしょうけどね。・・・さっきカフェで言ってたアレもありますし」
そう言って栗野が指差す右側の壁と天井の間には、例の非常時用の放送スピーカーが1台。
改めてそのスピーカーを見てみると、モノはよく小中学生の頃に『今日の給食の献立』と言って放送を行っていた、あのスピーカーに近いものである。
「おぉ~! 懐かしいっすねぇ~・・・。あのピーカー」
「えっ? ということは関西にもコレあったの?」
「はい」
「普通にあったよ? それでよく、放送係の誰か一人は、クラスメイトとコンビで漫才をやり始めたり・・・」
実は未佳の通っていた小中学校では、学内放送と献立放送のマイクが別に設置されており、学内放送用のものは、よくラジオのスタジオなどに置かれている細い金属性のもの。
そして献立放送用のものは、普段未佳が使用しているような、頭に声を拾うための丸いドームが付いている、一番ポピュラーなもの。
それも、学内のものは予めマイクスタンドに設置されているので、それが放送室の中心に置かれていると、まさに漫才のマイクスタンドと同じ光景になるのだ。
さらに学校の場合、周りにはせいぜい放送係の学生が2~3人しかいないので、観客の視線を感じずに漫才を行うのには、まさに打ってつけの場所だったわけである。
「あっ! そういうの京都にもおった!!」
「いたよね!?」
「おった! おった!!」
「『あるとついついやっちゃう!?』みたいな感じでね?」
「基本的にはそんなネタおもろないんやけど、たっまぁ~・・・にっ! 当たりみたいなのおったよね?」
「そそそそっ。あっ・・・。そういえば私の中学の時の同級生で一人、芸人志望だった男子がいてね? その子そもそもネタが面白かったんだけど、今本当のお笑い芸人になってるの」
「へぇ~、すごいやん!」
ちなみにその男子生徒とは中学卒業後にも縁があり、その後未佳が入学した京都の高校に向こうも入学し、途中までは同じクラスメイトだったのである。
もっともこの年、同じ中学校の人間で同じ高校だった人間は、その男子生徒以外に6人もいたのだが。
「あと・・・! 先生が漫才中に怒鳴り散らしながら、放送室に入ってきたみたいなこともあったよ? 『そない笑えん小ネタ言うてると、メシがまずぅなるわ! ボケェッ!!』って」
「うわっ・・・。めっちゃドストレート」
「でもなんかあの時、先生もツッコミ役で一役買われてたみたい・・・。放送係の笑い声もハッキリ聞こえてきたし」
「へぇ~。面白いですね、関西の小中学校って・・・」
「これくらいだったら結構普通にやってたよ? 周り・・・」
「「ねぇ~♪」」
「「「へぇー・・・」」」
「・・・えっ?」
ふっと未佳達の会話を聞いて声を漏らす3人に、未佳は振り返りながら小首を傾げた。
確かに今の話で、関東育ちである手神と、一時期新潟育ちであった栗野が頷くのは分かる。
しかしどういうわけかその中に、生まれも育ちも関西であるはずの長谷川が、手神や栗野達と同じように『へぇー・・・』と頷いていたのだ。
そういえば最初にこの漫才放送の話題を話した時も、長谷川は特に何の反応も示さないまま、静かにその場に佇んでいただけ。
長谷川の場合、それだけでもかなり違和感を覚える反応である。
そして代わりにその話題に反応したのは、普段であればほとんど口を挟まないはずの、あの厘だ。
しかもその後も二人で漫才話をしていたというのに、長谷川はキョトンとした顔のまま。
その表情は、まるで『一度もそのような光景に遭遇したことがない』と、言いたげな表情のようにも思える。
だがここだけの話、以前や今現在長谷川が暮らしている地域で『これらのことが一度もなかった』などということは到底考えられないのだ。
現に漫才とは縁遠い印象のある京都でさえ、厘の情報では『あった』と言っているのだから。
「あれ? ・・・・・・さとっち・・・、こういうの経験ない?」
「えっ?」
「だってさとっち・・・、関西でしょ? 一回くらいは記憶あるんじゃないの??」
「あぁ~・・・、いや。僕、家が転勤族やったから・・・。小学校ん時は、3年まで三重で、そのあと広島に中学3の真ん中まで。ほんでそのあと数ヶ月だけ名古屋行って、高1まで跨ぎぃ~の・・・。高2から卒業まで神戸。ほんで最後に大阪やったから、もうさすがにみんなふざけてへんかったって」
「ぁ・・・」
そう言われてみれば以前、何かのラジオで一緒に出演した際、長谷川本人の口からそんな風な話を聞いた気がする。
それは今から8年ほど前。
当時長谷川がパーソナリティーを務めていたラジオにゲスト出演した際、ファンからのちょっとした投書がキッカケで、スタジオ内は『同窓会』の話題になったのだ。
そしてその際、当時何も知らなかった未佳はふっと『同窓会の経験ってある?』と、何気なく長谷川に質問。
すると長谷川は『僕昔っから引っ越しばっかりで、地元にダチがいないんっすよね~』と、さぞ何のことでもないかのようにそう言い返してきたのだ。
それも、普段接している時と何ら変わらない笑顔で、である。
けれどその顔を真向いで見ていた未佳には、どうしてもその時の長谷川が本心から笑っているようには見えず。
イメージしやすく言うとするならば、顔は笑っていても、目だけはまったく笑っていなかったのだ。
今思い出してみても、あの時の長谷川の両目は何処か悲しげで。
時折別の方向に泳いでいたような気がする。
よく聞く言葉で『人は考えていること・思っていることなどがすぐに顔に出る』と言うが、あの時ばかりは本当にその通りなのだと、未佳は深々と思い知らされた。
そしてその話を聞いた未佳は、すぐさま同窓会に関する話題をその場で閉め、そこから先は一度も。
ただの一度たりとも、長谷川にはその手のことを聞かないようにしていた。
していた、はずなのに。
どうやら『8年』という時間が経ってしまったためか。
すっかりそのことを忘れてしまっていた。
むしろそればかりか、長谷川の口から転勤先の場所まで言わさせてしまい、未佳は申し訳なさに視線を落として縮こまる。
「ご・・・、ごめん・・・」
「えっ? ・・・あっ。ええって、別に・・・。気にしてへんからぁ。そんな昔のこと、一々・・・」
そう言ってやや困ったように笑う長谷川に、未佳は再びムッとする。
(ほら・・・。やっぱり目元は笑ってないじゃない・・・)
「とぉ~・・・、とりあえずー・・・。テレビのこととスピーカーのことはいいですね?」
「「「「あっ、はーい」」」」
「はい、では・・・。次はここの冷房についてなんですけど・・・。これはぁー・・・、未佳さんと厘さんが中心に見てもらえるといいですかね。色々と・・・」
栗野はそう言って、正面の壁に取り付けられていたリモコンを指し示す。
ちなみにこれらの温度設定や管理などを未佳達に任せたのは、ただ単にこの女性陣二人が、何かと温度関係にうるさかったからである。
「使い方は今までの楽屋と大体同じなんですけど」
「『大体』言われても、ウチ分からん。・・・下手したらまた間違えるかも・・・」
「あぁ~・・・。そういえば前暖房入れようとしてー・・・。点けたら冷房だったんだっけ?」
「あ~ぁ~・・・。何年か前にありましたねぇ。そんなこと・・・」
それは先ほどのラジオ同様、今から遡ること約8年前。
辺りがクリスマスムードでいっぱいになりつつあった12月半ばの出来事だ。
この日未佳もとい、CARNELIAN・eyesのメンバー達は、新曲のPVを撮影するため、神戸のとある洋館を訪れていた。
そしてそこで何気なく撮影は開始されたのだが、この時の撮影は全てが寝静まった深夜。
おまけに撮影もメンバー4人よりかは個別撮影の場面が多く、ほとんどの人間は、自分以外の撮影中は楽屋で待機、と言った感じだったのである。
そしてあの厘が起こした出来事は、まさにそうした悪い条件が全て重なって起こった事故だった。
「あれ何だったんだっけ・・・。私が撮影中だったんだよね?」
「そう。最初ウチが撮ってて、そのあとみかっぺの撮影やったやん? ほんでその時にみかっぺ『さとっちと手神さんが寝てしもてるから、暖房入れたげて』言うて」
「!! そうだ! それで小歩路さんは暖房を入れたつもり、だったんだけど冷房でっ・・・!」
「しかも小歩路さん信じられないことに、暖房・・・実際冷房っすけど。入れた直後に写真撮りに出掛けて、楽屋にいなかったんっすよ!」
「僕達毛布に包まりながら震えてたよなぁ~?!」
「そうそう! だって急に気温下がるもんやから『やっぱ真冬の山はすごいなぁ~』って思ったけど・・・!」
「何のことなかったよな?」
「そう! 意図的に寒くされてた・・・」
「「ハハハハ!」」
「せやからそん時のことはもう謝ったや~ん!! 何回も・・・」
「ハハッ、はいはい。まあそんな出来事もありましたから、この際ちゃんと見て覚えておいてくださいね?」
ふっと長谷川達の発言で膨れる厘に対し、栗野はやや微笑ましいものでも見ているかのように笑いつつ、冷暖房の付け方を説明する。
「・・・いいですか? まず、この緑色の電源ボタンを押します。赤いランプと音が鳴りますので、たぶん電源が入ったかどうかはすぐに分かるかと思いますが・・・。それでそのあとに『暖房』と『冷房』、どちらかのボタンを押してください。そのあとは『∧』と『∨』のボタンがありますから、これで温度調整を」
「ワォッ! 簡っ単♪」
「ちなみに今は点いてるんっすか?」
「えっ? ・・・えぇ。今大体24度くらいですけど・・・。寒いですか?」
「いえ、別に」
その長谷川の返事を聞くと、栗野はその場で数回頷き返し、再び別の場所へと歩き出していく。
向かった先は、例のシャワールームとトイレのある洗面所だ。
「はい、じゃあ今度は・・・。もうカフェの方でも話しましたけれど、ここにあるシャワールームのシャワー。このシャワーは、今回は使用しないでください。使用許可も取っていないので」
「栗野さん、質問です」
「はい。・・・って、また長谷川さんですか・・・」
ふっと先ほどから一貫して長谷川からの質問が続く状況に、栗野は少しばかりジト目になる。
その栗野の表情に、一番に黙ってられないという顔を浮かべたのは、他でもない長谷川だ。
「あ、あの・・・。特定の人間だけからって、いけません?」
「いえ、別にいいですけど・・・。他の皆さん全員聞いてないんで・・・。どうぞ」
「あの・・・。栗野さん、今朝から『ここのシャワーは使ったらアカン』『使ったらアカン』言うてますけど・・・。実際コイツは今使える状態なんっすか?」
「いえ、水しか出ないです」
「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」
意外なほどアッサリと返事を返され、4人はカチリッとその場に硬直する。
その後その硬直を解いたのは、質問した長谷川ではなく、未佳の方だった。
「じゃあ間違っても使わないわよ・・・」
「で、ですよねぇ・・・。じゃあ・・・、大体説明がそれくらい、あっ! そういえば未佳さんの目元メイクのことですけど」
「ん? ・・・・・・あぁっ! はいはい」
一瞬『目元メイク』と聞いて『何のことだろう』と思ってしまった未佳だったが、その後すぐにカフェで栗野に聞いたことであったと思い出す。
(そうだ・・・! メイクのこと聞いてたんだっけ)
「確認しましたら『常備持ち歩いてる』とのことですよ? だから問題ないですって」
「あっ・・・。よかった~」
「あともしまた何か必要になりましたら、ここのショッピングモールの1階にコスメショップが3つあるみたいなんで・・・。何ならそこに買いに走れますから」
「そうね。東京の化粧品も、大阪には負けじを取らない感じだし・・・。何ならこの際触れてみるのもアリかな」
むしろこの先、東京にやって来られる機会がどのくらいあるか。
少なくともこれで最後になる可能性はないにしろ、今のうちにできることはしておきたい。
仮にも一人の三十路女性。
個人的にも世間的にも、メイク類は特に気になりだす年齢だ。
「ではリハーサルのお時間になるまで、皆さんはここに待機していてください。あとで大阪のプレゼントBOXの中身、こちらにお届けしますんで」
「「「「おぉ~!!」」」」
「では。失礼します」
栗野は最後にそう言って一礼すると、静かに楽屋部屋をあとにするのだった。
『鳴き声』
(2002年 8月)
※奈良 東大寺。
さとっち
「あぁ~ぁ・・・。なんでこんな一番暑い時期に・・・。わざわざ奈良のお寺なんかに・・・(orz)」
みかっぺ
「しょうがないじゃなーい。小歩路さんが注文してた茶粥『今日届いた』っていう知らせが来たんだから・・・。ラジオ帰りのついでなんだから、別にいいでしょ?」
さとっち
「だからって、何もこんな東大寺の裏手にある和食屋さんで注文せんでも・・・(汗) 自宅に配達してもらうよう頼んだらよかったやないっすか~」
みかっぺ
「自宅配達できないから、わざわざ4人でやってきたんじゃな~い・・・(ーー゛) それにここの茶粥、奈良じゃ『近場で美味しいお店』って、大評判なんだから~♪」
さとっち
(だからって、真夏に粥食いたくなるか? 普通・・・(ジト))
手神
「でも関東人の僕としては、鹿が放されてるお寺っていうのは新鮮な感じかも・・・。東京じゃあ滅多にないからね」
みかっぺ
「でしょ~? 鹿さん可愛くない?? ヒョコヒョコしてて(^^)」
さとっち
「『ヒョコヒョコ』ねぇ~・・・(ーー゛) ・・・ところで誰っすか? 僕のカバンさっきから引っ張ってんの・・・」
みかっぺ
「へっ?」
手神
「えっ?」
厘
「みんなお待たせ~。・・・って・・・! さとっち! リュック!! リュック!!(慌)」
さとっち
「ん? あ゛ぁ゛!! Σ( ̄□ ̄゛)」
鹿
「モシャモシャ・・・(喰)」
さとっち
「どわ゛あ゛ぁぁぁ~ッ!!\(@■@゛)/(絶叫) おい、コラ! 鹿ッ!!(怒) 俺のカバンは雑草煎餅違うぞ?!(爆) 放せ! コラ!!」
鹿
「メェ~(鳴)」
さとっち
「山羊みたいな声出すな!!(怒) 鹿やったら鹿らしくっ・・・・・・」
みかっぺ
「・・・ん? どしたの?」
さとっち
「『鹿』ってどういう鳴き声やっけ??(ボソッ)」
みかっぺ・厘・手神
「「「ズベッ(滑)」」」
『どういう』って、こういう鳴き声でしょ?!(爆)