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100.早くもアクシデント・・・

途中ちょっとしたスピード減速などはあったものの、それから走り続けること約10分。

ようやくバスは、目的地でもある会場『フェアリーホール TOYOSU』の駐車場前へと、到着した。


そこから出入り口の小さなスロープを下りてしまえば、関係者用出入り口はすぐ目の前だ。


「あっ、なんか着いたみたいですよ?」

「あそこ曲がってくんだね」

「ってか、あの・・・。もう既に出入り口前にあの方達が・・・」

「「「・・・ん?」」」


ふっとそう苦笑しながら呟く長谷川の視線の先には、先ほど未佳達が脅かしたあの常連のファン集団達が、出入り口の左側にあるゲート前。

それもきれいに横一列に整列するかのような並び順で、これまでの会場同様、こちらに向かって手を振っていた。


しかもその中には、先ほど持ち運んでいたメンバーの顔写真入りプレートを、このタイミングに合わせて堂々と掲げている人までいる。


「あっ、みんな居てるやん」

「というか早くない?? さっきバスでみんな追い抜いたよねぇ?!」

「あぁ・・・。それなら僕らが窓から首引っ込んですぐ、全員全力疾走で走っていきましたよ?」

「エ゛ッ!? いつの間に追い抜かされてたの?!」

「ほらぁ~! やっぱり余計なことするからですよー、未佳さ~ん・・・。ファンが興奮したらどうなるか。もういい加減想像が付くでしょうに・・・」


栗野はそれだけ言い零すと、両脇に手を当てながら『ハァー』と、重い溜息を吐く。

そんな栗野達の耳に、常連ファン達のメンバーを呼ぶ声が届いてきたのは、ほぼ同時だった。


〈〈みかっぺぇ~♪♪ おはよ~う♪♪〉〉

〈〈おはよう♪ さとっち~っ!!〉〉

〈〈小歩路様ぁっ!! おはようございまーすっ!!〉〉

〈〈Good morning! 手神さ~ん!!〉〉

「いやぁ~・・・。皆さんすごい声ですねぇ~」

「ハ、ハハハ・・・」

「すみません、騒がしくて・・・」

「いえいえ。むしろ『こんなに愛されてるんだなぁ~』って、この声聞くと実感させられます。・・・良い方々じゃないですか~」

「は、はあ・・・・・・。まあ・・・、たまに暴走するんですけどね?」

「でもここの人達はまだ大人な方だよぉ~」

「アナタは黙ってなさい!!」

「ひぃッ・・・!」


もちろんその後、栗野に怒鳴り返された未佳が半泣きになったのは、もはや言うまでもないことである。

それからバスは、出入り口前の小さなスロープをゆっくり下りてゆき、大型車両専用の駐車エリアへ。

そして車両が枠の中に収まったのを確認した後、エンジンを切った。


「は~い・・・。皆さんお疲れ様でした~。到着でーす」

「「「「「ありがとうございました~」」」」」

「・・・ぁ・・・ぅ・・・・・・た・・・・・・」

「あ、あの・・・。坂井さん・・・?」

「どうもありがとうございましたッ!! ・・・・・・しくっ」

「いや、何も泣きながら言わんでも・・・」

「相当響いたみたいですねぇ~・・・」


ふっとムキになりながら涙目を擦る未佳に、長谷川と運転手は口を揃えながら言った。


その後バスの乗客達は、最前席の通路側に座っていた栗野に続くよう、一人ずつバスから下車。

そして最後に、外の状況を確認していた栗野達から下車の指示が出され、4人は最後部の者から順に、バスを下りていった。


「あっ・・・。そういえば運転手さん」

「ん? ・・・はい。なんでしょう?」

「運転手さん・・・、お名前は何て言うんですか? 私、昨日から色々とお世話になってるのに、まだお名前を伺ってなくて・・・」


そうやや控えめに、未佳はふっとバスを下りる間際に尋ねてみる。


実のところ、この運転手の苗字に関しては、未佳は既に認知していた。

そのわけは、バスの内側フロントガラス上部に、運転手の苗字が書かれたネームプレートが取り付けられていたからだ。


このフロントガラス上部に付けるネームプレートは、よくバスやトラックなどの大型車、タクシー、パトカーなど。

自分以外の人間に運転を任せるような車には、トラブル対応策として取り付けられていることが多い。

当然このバスにも、残念ながらこちらは苗字だけの記載ではあったが、運転手の名前と思われる二文字が書かれていた。


ちなみに書かれていた苗字は、未佳の周りでは珍しい部類の『指揮』。

一応一般的な読み方は『しき』だが、はたしてこの苗字もその読み方で合っているのか。

時たま沖縄の方の苗字で『西』と書いて『いりおもて』と読む場合なども考えると、あまり勢い任せで『指揮しきさん』とも呼べない。

そこで未佳は遠巻きに、苗字の読み方を名前と合わせて尋ねてみたのだ。


すると運転手は、今まで同様ニコッとした笑顔のまま、喜んで自分の名前を名乗った。


「あぁ~。私ですか? 私は指揮ゆびき弦奏げんそうと言います。『指揮棒』の『指揮』で『指揮ゆびき』。『弦奏』は『弦楽器』の『弦』に『奏でる』で『弦奏』と読むんです。・・・なんか音楽っぽいでしょう?」

「スゴーイ!! それ本名なんですか!?」

「はい~。まあ音楽関係は、中高生時代の合唱コンクールで指揮を担当したくらいですが」

「でもすご~い♪ しかも担当“指揮”だったんですね。・・・実は私、ここに苗字が書いてあるの気が付いてたんですけど・・・。読み方が『しき』なのかどうなのか分からなくて・・・」

「あぁ~。まあでも、よく間違われて読まれる『しき』も、私は気に入ってるんですよ。なんか漢字だけだと音楽のようですし・・・。音だけであれば、まるで季節の『四季』を連想させるじゃないですか~」

「あぁ、確かに!」

「だからどちらの呼び方でも、私には十分気に入ってるんですよねぇ~。は~い・・・」

「ハハハ。あっ、私、坂井未佳っていいます。『坂』に『井戸』の『井』で『坂井』。『未佳』は『未完成』の『未』に・・・、人偏と土が二つの『佳』で『未佳』です」

「あぁ、ご丁寧にありがとうございます~」


毎回こうやって感じで名乗る度、未佳は『もっと他に「佳」の字を表せる言葉はないのか』と、いつも思う。

確かにこの漢字自体は、よく女性の名前などに用いられていることが多い。

日常的にも人の前として目にするもので、漢字の形状に関しては知らぬ者はいないだろう。


しかしその漢字をいざ言葉で表そうとすると、名前以外の場でこの字を目にすることがなく。

かと言って『か』だけでは、他にも『か』と読める漢字はいくらでもある。

そんなこんなで他のこの『佳』を口で表す術がなく、漢字を名乗る場合には『人偏に土が二つの「佳」』と、言わざる負えないのだ。


しかしこの日。

この未佳の氏名漢字紹介に対し、運転手はこれとはまったく違う箇所について、してきしてきたのだ。


「ですが・・・。坂井未佳さん」

「あっ、はい・・・?」

「『未』の字を言い表すのに『未完成』はどうかと思いますよぉ?」

「えっ? あっ・・・、そうですか・・・?」

「ええ。それならもっと他にも、いい表現があるじゃないですか。『未来』とか『すえ』とか・・・」

「ハハハ・・・。あっ・・・、じゃあ今度から、その辺で名乗ってみます」


もっともこの先、このように人に名を名乗る機会があるのか、未佳的にはかなり微妙なところである。


「未佳さ~ん!! 早く下りてきてくださーい! 楽屋へ移動しますよー?!」

「あっ、はーい! ・・・・・・じゃあ・・・、指揮しきさん。またあとで、よろしくお願いします」

「は~い。イベント、頑張ってきてください」

「はい!」


最後はわざと『指揮しき』と名を呼びつつ、未佳は気合いも新たに返事を返し、バスの階段をゆっくりと下りていく。

バスから下りると、すぐさまメンバーの姿を捕らえた入り待ち集団から、一斉に大興奮の絶叫が木霊した。


〈〈〈キャ~ッ!!〉〉〉

〈〈〈みかっぺ~♪♪〉〉〉

〈〈〈さとっち~♪♪〉〉〉

〈〈〈小歩路様ーッ!!〉〉〉

〈〈〈手神さーん!!〉〉〉

「す・・・、すっごーい・・・」


ふっとおよそ6メートルほども離れた箇所からも聞こえてくるその声に、未佳は誰もいない方向に首を向け、思わず苦笑する。

一方その他のメンバーはと言うと、手神は適度に手を振り返し、厘はそのファンの声に答えることなく、ただただスタッフの周りを闊歩。

そして長谷川に至っては、特にファンに対して手を振り返すでもなく。

ただ黙って両脇に手を当てながら、入り待ちのファン集団を凝視。


そんな長谷川の元に、未佳はゆっくりと近付きながら口を開いた。


「いっつもタクシーで通り過ぎてたから気付かなかったけど・・・。あんなに大声出してるんだね。私今更ながらだけど、全っ然知らなかった」

「ってか・・・。一体誰のせいであんなことになってるぅ思ってるんっすか?」

「あ~ら・・・。そう言うそっちだって、そこそこ宣伝自体は楽しんでたじゃない」

「・・・・・・・・・・・・」


ここで何も言い返してこないところをみると、どうやら図星らしい。

そしてその部分を速攻で突っ突かれたからなのか、長谷川は何も言わずにその場をスタスタと離れていってしまった。


(・・・・・・何なのよ。まったく・・・)

「もう用事は? ・・・・・・大丈夫なんですね? はい。・・・未佳さ~ん! それから他の皆さんも・・・! これから楽屋へ移動しますんで、早くこちらに来てくださ~い!!」


栗野はそう言いながら、未佳達に対して『こっち! こっち!!』と手招きをする。

その手招きに連れられ、未佳達は栗野の元へと集まっていったのだが、その際入り待ち集団の辺りから、ふっとこんな会話が耳に飛び込んできた。


〈なぁー、誰だよぉ~・・・。『みかっぺ達の入りは11時ぐらい』とか言い出したやつ~・・・〉

〈呟いた覚えのあるヤツ、挙手!〉

〈〈は~い・・・〉〉

〈おい、ちょっ・・・! 関東組~ッ!〉

〈だって東京のライヴはいつもそうだっ〉

〈こんな外れの場所なんだから、前日入りしてたに決まってんじゃ~ん! 危うく全員見逃すところだったろ~〉

〈コイツ昨日からな。ホテルでずぅ~っと! 『絶対にみかっぺ達昼飯食わねぇよ』って・・・!〉

〈だって普通に想像付くじゃん! ましてやこの中ショッピングモールあるんだから、どう考えても中で食べるじゃん!!〉

((((・・・・・・・・・・・・))))


正直この予想の自信は一体何処から湧いてくるのだろうかと、未佳達は聞きながらそう思った。


「なんか・・・・・・、すごいね・・・」

「結構奥の奥まで読んでるというか・・・」

「さっすがは常連組っすね」

「でも時間外してたやん!」

「「「シー・・・ッ!」」」

「じゃあ皆さん。自分の荷物を持ってくださーい。こちらですー」

「「「「は~い」」」」


そう言われるがまま、未佳達3人は楽譜などが入ったカバンを。

長谷川はそれにプラスでギターを持ちながら、関係者用通路へ通じる白い扉の前へと、歩みを進めていった。


移動はこれまで同様一列縦隊性で、先頭にボディーガードも兼ねた男性スタッフが2人。

その後ろから、未佳、長谷川、厘、手神と並んでいき、最後に栗野と日向。

さらにその後ろに、一部の機材スタッフ達が並びながら歩いている、と言った具合である。


そしてその並び順のまま、メンバーが関係者用通路の中へと入ろうとした、まさにその時。

そのハプニングは、唐突に忽然と起こった。


ふっと移動を開始したメンバーに気付き、ややモメていた入り待ちファン達が、一斉に未佳達の方に向かって手を振る。

もちろん、定番の掛け声も忘れずに。


〈〈みかっぺ~っ!!〉〉

〈〈さとっち~ッ!!〉〉

〈〈小歩路様ーっ!!〉〉

〈〈手神さ~んっ!!〉〉


もちろん未佳達は、そのファンからの呼び掛けに軽く手を振る程度だったのだが、問題はそのあと。


ふっとここで、大阪のイベント時にも見掛けた一人の男性ファンが、気持ちだけやや未佳達に近付こうと前へ。

そして上げた右足を前へ下ろそうとした、次の瞬間。


〈おわっ!〉



ドテッ!!



倒れた。

それもこともあろうに顔面から。


〈〈〈〈〈〈〈! エ゛ッ・・・!?〉〉〉〉〉〉〉

「「「「っ!!」」」」

〈おい、赤四! お前何やってんだよぉ!!〉

〈ってか、大丈夫!?〉

〈今何踏んだ?? 何踏んだ?!〉


その倒れた仲間の元へ、近くにいた数人のファン達も駆け寄る。

どうやらこの倒れたファンは、足元に落ちていた何かをウッカリと踏み付け、その反動で滑ってしまったらしい。


そしてこのファンの大コケ事態に、一番に慌てていたのは常連仲間達だったのだが、その次に心配して慌てていたのは、他ならぬ長谷川達だった。


「だっ・・・、大丈夫ですか!?」

「兄ちゃん思いっきり『ドテ~ッ!!』言うたけど・・・!」

「顔面大丈夫?!」

〈ダッ・・・、大丈夫デス・・・〉

〈ぁっ・・・! みっ、みかっぺ達、先行っててください!〉

「エッ!?」

〈こっち俺らがどうにかしますんで!!〉

「いや、でも! そこアスファルト・・・!」

〈だっ、大丈夫です! こっち側の問題なんで・・・!〉

〈みかっぺ達行って大丈夫やから・・・! うん! 気にせんといて~!!〉

((((いや、そう言われても・・・!))))


正直周りの人間と同じように駆け寄った方がいいのかどうなのかも考えたのだが、さすがに厳重にこちらをガードしているスタッフ達から抜け出せるはずもなく。

結局後ろ髪を引かれつつ、未佳達は関係者用通路の中へ。

最後に通路へ入った手神も、結局そのファンが倒れたままになっている姿しか確認できなかったとのことだった。


通路へ入ってすぐ、出入り口の扉が勢いよく『バタンッ!!』と閉まる。

鉄製の扉ということもあり、閉まる時の音はかなりのものだ。


その大きな閉まる音に、未佳達は再度足を止めて、ゆっくりと後ろを振り返る。

完全に閉められた扉の方からは、スタッフ達による多少の指示の声以外、何も聞こえてはこなかった。


ふっとそんな扉を黙って見つめていた未佳は、恐る恐る同じく扉を見つめていた3人に問う。


「だ、大丈夫だったかなぁ~・・・」

「なんか~・・・、足で踏んづけてすっ転んだみたいやったけど・・・」

「しかもあんながたいがいい感じの人間が倒れるって、よっぽどのものだよね? それこそ丸みのあるものとか・・・」

「う~ん・・・。石か枝でも落ちたんかな~? あそこ・・・」

「「「さぁ~・・・」」」

「と、とりあえずイベントで見掛けるのを期待しようや。とりあえず・・・」


最後に長谷川が慰めの如くそう口にしたのだが、そう言っている本人が一番に心配だったのは、もはや言うまでもない話である。


『名前』

(2008年 7月)


※東京→大阪行き新幹線 車内。


みかっぺ

「あっ!(思出) そういえば午前中ね。栗野さんと行ったショッピングモールで、みんなの分のお土産買ってきたの(ガサゴソ)」


さとっち・厘・手神

「「「お土産?」」」


みかっぺ

「ジャ~ン♪♪」


※カバンの中から、キャラクターや動物などが描かれたロリポップを取り出すみかっぺ。


「それって・・・、キャンディーなん?」


みかっぺ

「そっ♪ 結構色んなのあったから、新幹線で食べるのにはいいかなって(^^) じゃあ・・・。はい、手神さんのは猫ちゃんの」


手神

「あっ、ありがとう(笑)」


みかっぺ

「さとっちはコレ!」


さとっち

「ん? あぁ! サッカーボールやぁ!!(興奮)」


みかっぺ

「小歩路さんのはアサガオ」


「わぁ~♪ ありがとう、みかっぺ」


みかっぺ

「ううん(^^) で、音符のが私ので・・・。栗野さ~ん! はい、金魚のー!」


栗野

「あっ、そうだった・・・。はいはい」


みかっぺ

「で。コレが日向さんの」


日向

「ありがとう、未佳さん。・・・ん?」


※ふっと、ヒマワリの飴を渡されて固まる日向。


日向

「み、未佳さん・・・? コレあなたが選んだの?」


みかっぺ

「ううん。それだけ『日向さんはコレがいいよ』って、栗野さんが・・・」


日向

「あぁ・・・、そう・・・(^_^;) 栗野さんっ!!(怒)」


栗野

「・・・イヒッ♪^m^ いやね、ちょっと遊んでみたくなって~(笑)」


日向

「だからって、私の一番嫌いな花選ばないでよー!!(怒)」



『日向あおい』は漢字にすると『日向葵』・・・。

そしてこの文字は、別の読み方で『ヒマワリ』にもなります(説明)


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