8.新曲製作
「後ろの人影は誰でしょおー 似たけっはーい 感じてぇ 名をなーのぉーれー 当てずっぽうでも構わない・・・ 早く 言ってしまえ 鬼がー・・・こちらを見ぬう~ちにっ イヤッ!!」
新曲の歌合せやアレンジを始めて、約1時間。
あらかた曲の歌詞や歌い方などは決まってきたものの、歌い手の未佳は、サビの部分で悪戦苦闘していた。
理由は肝心かつ、初歩的な部分の問題で・・・。
「これ・・・。自分で曲作って失敗ね。ブレスを何処で入れたらいいのか全然分からない・・・」
「やっぱり、息吸えへん?」
「吸えなくはないんだけど・・・。吸うと出だしの声が出ないのよ。かと言って、息継ぎせずにやっちゃうと、語尾は声が続かなくてボロボロになっちゃうし・・・」
歌う側としては必須でもあるブレス。
つまりは息継ぎを行える個所を作らなかったがために、未佳は一番の聴きどころでもあるサビが歌えずにいたのである。
一応これまでの楽曲でも、今回と似たようなことはあった。
だがここまでキツいのは初めてのこと。
これには作詞を行った厘も、作曲を行った未佳も困り果て、そしてハッと気が付けば、この部分だけで40分近くも使ってしまっていたのだ。
「サビ・・・、詞、書き直すよ」
「ううん。いくら書き直しても、どうせサビの部分は似通ったものになる・・・。ちょっとアレンジで曲を引き延ばして、ブレスを入れる箇所を作ってみる。こんなんじゃ、ファンがカラオケで歌うこともできないし・・・」
「じゃあ、お二人さん。一先ず休憩します?」
「「さんせーい」」
長谷川の発言により、メンバーはやや早めのお昼にすることにした。
とは言っても、この建物内にはカフェやレストラン的なものは付いていないので、基本的にメンバー達は近場のコンビニやファミレスに寄るか、あるいは出前を頼んだりして、皆でランチを済ませている。
ちなみに今日のように、メンバー全員が揃っている場合のランチは、いつもワンパターンだった。
「じゃあ・・・、また『ザース』に行きます?」
長谷川の言う『ザース』とは、ランチバイキングが人気のファミリーレストランのこと。
事務所のほぼ裏側にあり、よくここの後輩や先輩アーティスト達などもよく食べに行く場所でもある。
人気の理由は、バイキングが自然食と洋食の2種類があること。
自然食の方は肉類を一切使わず、野菜や魚類、果物だけを使った和食や洋食メニューが中心。
一方の洋食の方は、子供や男性が大好きな肉類を使った料理や、やや高カロリーな料理などが並べられている。
ちなみに何故、メンバー全員が揃った時はいつもここなのかと言うと、厘が基本的に自然食しか手を付けないからである。
厘は普段、肉類は鶏肉のみで、必ず野菜と果物中心の食生活。
そのため、メンバー達が肉類を食べたいと思っても、肝心の厘が『嫌い』と言うので、食べられないのである。
つまり毎度のことを言ってしまえば『メンバー全員が揃っている時はここ』ではなく、どちらかと言ってしまえば『厘がいる時はここ』と言った感じだ。
「この間も行ったばっかりだけどね」
「でも、ほら。この間はバイキングやってなかったし・・・」
実は3日前のあの日にも、未佳達は昼食を『ザース』で食べたのだが、その時は丁度バイキングが休みの日で、仕方なく元々店にあるメニュー料理だけを食べて帰ったのだ。
だが今日は日曜日。
かき入れ時なので人は多いだろうが、バイキング自体はやっている日だ。
「そうや! ウチ今日こそ『水菜と三つ葉と大葉のホワイトドレッシングソースがけ』食べる!」
「何? その舌を噛みそうな長い名前・・・」
「えっ? 大葉とみつなとみず・・・、ん?!」
「で、なんでさとっちが噛んでるのよ」
名前からしておそらくバイキングメニューなのだろうが、前に覗いた時にあっただろうかと、未佳は小首を傾げた。
確かにサラダ系のものがかなり多いのは知っているが、厘が皿にそれらしきものを盛っている姿は見た覚えがない。
「そんなのあったっけ? 全然知らなかったけど・・・」
「新作メニュー。今年の6月まで」
「先週行った時は? 食べなかったの?」
「それが・・・。目の前でおばさんが横から『ガバッ!』って取ってしもて・・・。次のができる前に帰ってしもたんよ」
『今思い出しても腹が立つ』と言わんばかりに、厘はその場で奇声を上げながら、足元の床を踏みつけた。
そんな厘に、未佳はただただ苦笑いを浮かべる。
「ハハハ・・・。確かにそれは・・・」
「おばさんねぇ・・・」
「ちょっと!? さとっち?」
「なんでそこで笑うん!?」
「あ、いや・・・。もう僕らもそんな年なんだよなぁ~って・・・」
長谷川はそうしみじみと口にしたが、未佳はその言葉に顔を顰めながら、首を横に振った。
「馬鹿なこと言わないでよ。私もさとっちも、まだ30前半じゃない」
「何言うてんの、みかっぺ・・・。30過ぎたら、みんな同い年やん」
「えぇ~っ!? 余計に嫌なこと言わないでよ!」
そんなことを言い合いながら、未佳達は『ザース』へと向かった。
時間帯的に少々人の込み具合が気になったが、とりあえず店の前まで向かってみる。
『SAND』の後ろの歩道を真っ直ぐに進み、3つ目の曲がり角を曲がってすぐ。
『ザース』が見えたのと同時に、そこの窓の奥で動く人影に、長谷川は顔を顰めた。
「なんか・・・。人多いかも・・・」
「やっぱり時間帯がマズかったかなぁ・・・」
「時間帯もありますけど・・・。今日が日曜日っていうのも」
「やっぱり曜日が分かってるのなら、時間を確認するべきだったねぇー・・・」
「とりあえず、中入ろ。予約くらいはしといた方がええもん」
「そ、そうですね・・・」
一応中へと入ってみれば、やはり休日と言うのもあってなのか、子連れの人達が異様に目立った。
あっちらこちらから小さな子供達の騒ぎ声が聞こえてくる。
二つ目の扉を開けたところで、すぐさま女性のウェイターがこちらに駆け寄る。
「いらっしゃいませ。お客様は何名様でいらっしゃいますか?」
こうした問い掛けに答えるのは、基本マネージャーである栗野の仕事だ。
「5名です」
「5名様。席のご希望等は・・・?」
「なるべく・・・、目立たない席の方に」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ウェイターはそれだけ言うと、そのまま厨房の方へと走っていった。
そんなウェイターの後ろ姿を見つめながら、リオは未佳に問い掛ける。
〔なんであのウェイター・・・。煙草とか訊かないの? 普通訊くでしょ?〕
「ん? ああ・・・。もう何回も行ってるから、顔馴染みなのよ。誰も煙草なんか吸わないし・・・。席を訊いたのも、状況とかで毎回席が変わるから」
〔ふーん・・・〕
「? 坂井さん・・・、誰と話してるんですか?」
「えっ?! ううん・・・!! 『子供が多いなぁ~』って、呟いただけよ?」
「・・・? ホントに?」
「何? その言い方・・・。疑ってんの!?」
「あ、いえ・・・! なんでもありません!!」
別にそこまでキレた感じに言わなくてもよかったのだが、自分の性格上どうしてもキレかかった口調で言ってしまう。
未佳自身、一番大っ嫌いな性格だった。
(もう! キレた感じに言わなくても別にいいのに・・・。ハァー・・・、どこまでも度S女ね・・・)
「ほら、未佳さん! 席空いたって」
「あ、はい」
食事が終わったのは、それから約2時間半後。
事務所に再び戻ったメンバー達は、早速それぞれの楽器やマイクの立ち位置などに立ち、新曲製作を続行する。
「じゃあ。レストランで話し合って出てきた案。片っ端からやっていきますよ?」
「「「はい」」」
実は『ザース』の中で食べながら、メンバー達はうまくサビを歌える方法を考えていたのである。
その結果、全部で4つの案が浮かんだ。
皆が提案した案は『重ね歌い』『スロー』『ハイスピード』『コーラス』。
その全てを、まずは手当たり次第に試してみる。
「じゃあ最初に・・・。サビで2つに歌を分け、編集で重ねるようにする。ようは『重ね歌い』。この場合のデメリットは、ライヴで歌えない。ファンはカラオケで、歌う人間が二人必要。以上!」
「それじゃあ、坂井さん。サビの『名をなのれ』の『れ』を引き延ばして、そこを歌い終わったら、無言でお願いします。録音しますから」
「はい」
頷きはしたものの、これは結構面倒なやり方だ。
何せ、サビを2つに分けて歌い、それを合成させて重ねるのだから。
つまりは、一つのサビを2回も歌わなくてはならない。
そうこう思っている間もなく、3人の楽器はサビのメロディーを奏で、タイミングを見計らいながら、未佳はマイクに口元を近付けた。
「後ろの人影は誰でしょおー 似たけっはーい 感じてぇ 名をなーのぉーれぇー・・・ ・・・・・・いい?」
「OK! じゃあ今度、そのあと行きますよ?」
「はーい」
尋ねられて答えてみれば、またしても間髪を空けずに曲が流れる。
なかなか口元からマイクを外せない。
「当てずっぽうでも構わない・・・ 早く 言ってしまえ 鬼がー・・・こちらを見ぬう~ちにっ イヤッ!!」
「・・・・・・OK! じゃあ、繋げますよ」
「これで失敗したら最悪ね」
「ハハハ・・・」
半分ジト目でそう呟く未佳に苦笑しながら、手神は録音した二つの音声が重なるように編集する。
その作業は5分と掛からなかった。
「じゃあ、再生してみます」
パソコンのマウスを動かし『再生』と書かれたボタンをクリックしてみる。
するとすぐに、先ほどの未佳の声がスピーカーから流れ出した。
《後ろの人影は誰でしょおー 似たけっはーい 感じてぇ 名をなーのぉーれー・・・(当てずっぽうでも構わない) 早く 言ってしまえ 鬼がー・・・こちらを見ぬう~ちにっ イヤッ!!》
「こんな感じですけど・・・、どう?」
「坂井さん、どう?」
「うーん・・・。この『れ』の延びるところ・・・。もう少し低い声でやった方がよかったかも」
「そうやなくて、みかっぺ。歌自体・・・」
「あぁ。歌自体はよかったと思うけど・・・。ほか試そうよ」
曲の良し悪しはあとでいくらでも言える。
今はそれよりも全てのパターンを出してみて、その中で一番シックリきそうなのを選ぶのが先だ。
「じゃあ、次はスロー。これの場合の欠点は、楽曲のテンポが速くてノリ易い分、サビでその熱が冷めやすくなる。・・・・・・誰や? これ書いたの」
「ハハハッ!」
「これ・・・、小歩路さんか手神さんでしょ?」
半分笑いながら長谷川が尋ねてみれば、厘は手神の方を指差した。
「手神さんでしょ?」
「えっ? 僕だっけ?」
「いいじゃん。いいじゃん。やっちゃお♪ やっちゃお♪」
ところがそのスローで試そうとした際、今度はヴォーカル側ではなく、楽器演奏側に問題が起こった。
「ちょっと待って・・・。これスローって・・・・・・。二人とも出来る?」
「~♪」
「♪~♪ あっ、早くなってる」
「ちょっと・・・、あれ? これ元のスピード?」
「坂井さん、ちょっと・・・。5分くらい時間ください」
それぞれ個人で楽器を練習すること、約5分。
ようやくメンバーが演奏できるようになり、スローでの歌い試しが行われた。
「後ろの人影は誰でしょおー 似た気配 感じてぇー 名をなーのーれー・・・ 当てずっぽう でも構わなーい 早く言って しまえ 鬼がこちらをー 見ぬうちにぃー・・・ イヤッ! ・・・・・・『イヤッ!』いらないわ。スローだと・・・」
「というか全体的に・・・」
「中途半端」
何となくスローは没になりそうな兆しが立ちつつ、次の案を試す。
続いての案はハイスピード。
逆に速くなったらどうなるのか気になるところだが、欠点欄には『余計にブレスができなくなる可能性がある』と、当初の問題点が悪化するかもしれないことなどが書かれていた。
「ブレス・・・、出来るよね?」
「多分・・・」
「じゃあ、行きますよ? 1・2・3!」
「後ろの人影は誰でしょおー 似た気配 感じてぇー 名をなのれぇー 当てずっぽうでも構わないっ 早く言って しっまっえっ 鬼がこちらを 見ぬうちにぃー!! イヤッ! ・・・これ・・・、ラップだっけ?」
「「「ハハハッ!!」」」
「どう考えてもラップよね?! これ!」
ブレス自体は、一気に歌い切る箇所が増えたり、長く延ばす箇所が減ったりしたために、そこまで気にはならない。
ただその代わり、まったく曲のイメージが変わってしまった。
最初はホラー路線だった楽曲が、ハイスピードにした途端、ラップソングになってしまったのだ。
「・・・ちょっと保留」
何となくこれも落選しそうな気がするが『アレンジの仕方によって』ということもある。
未佳は一先ず置いておくことにした。
「じゃあ最後。コーラス! 欠点は、みかっぺが歌う箇所がやや少なくなる。・・・まあ・・・、そうでしょうね。コーラスが代わりを少しやっちゃうんですからねぇ・・・」
「コーラスは・・・、さとっち、お願い」
「えっ!? 僕!?」
「しょうがないでしょ。他にいないんだから・・・。手神さんはキーボード2台で忙しいし、小歩路さんは口が裂けても歌わないでしょ?」
「その前に口開けへん」
未佳の言うとおり、厘はマイクを通して歌うのが苦手だ。
理由は元々声が少し曇り気味だったり、自分から目立とうとしないなど、少々色々ある。
だが『まったく歌わないのか』と言えば、別にそういう訳でもない。
たとえばライヴの時などは、自分の口元にマイクは当てないものの、微妙に口を動かして歌ったりしている。
ようは歌うことは好きだが、周りに自分の歌声を聴かれるのは嫌なのだ。
「だから、さとっち。あなた歌って」
「まさかの・・・。でもギターは?」
「大丈夫。こっちがギターコードの分も弾くから」
「手神さん。そういう問題じゃ・・・」
「ほら、始めて! やるよ」
未佳は未だにゴニョゴニョと何かを呟く長谷川の腕を、グイッと強引にマイクの方に引き寄せる。
それから1から3までのカウントダウンが始まり、最後の歌い試しが行われた。
「後ろの人影は誰でしょおー」
「似た」
「けっはーい」
「感じてぇ」
「「名をなーのぉーれー」」
「(当てずっぽう)でも構わない 早く 言ってしまえ 鬼がー・・・こちらを見ぬう~ちにっ イヤッ! ・・・・・・う~ん・・・」
しばらく歌い終わって考え込んだ未佳と長谷川は、お互いに顔を合わせながら、口を開いた。
「「微妙・・・」」
「あんまりシックリこないね・・・」
「の前に、コーラス邪魔・・・」
「曲によって良いのと悪いのがあるよね」
その後、この4つの案についてしばらく話し合い、その結果新曲『かごめ歌』は、最初に行った『重ね歌い』のやり方に決まった。
『お便り』
(2006年 11月)
※ある日のラジオ放送。
みかっぺ
「それでは、今回も皆様から沢山寄せられましたテーマメッセージをですね。たっぷり生放送でご紹介していきたいと思いまーす♪」
さとっち
「イエーイ!!」
みかっぺ
「(笑) テンション高いね(笑) さて、今回のお便りテーマは『最近知ったこと』についてなんですがー・・・。じゃあまず一通目、読んでみまーす♪」
さとっち
「はいはい」
みかっぺ
「ラジオネーム『ピアノ』さんから。カーネリーファン歴6年目の僕が、最近知ったこと・・・」
さとっち
「おっ。僕らがデビューした時からのファンですね?」
みかっぺ
「だね。えっ~と・・・。この間のライヴで、ずっと僕が大好きだった曲が初めて披露されたとき」
さとっち
「・・・はい」
みかっぺ
「ずっと厘様が弾いていたと思っていたキーボードパートが、ライヴで手神さんのパートだと知ったこと・・・」
さとっち&みかっぺ
「「・・・・・・・・・・・・」」
みかっぺ
「すみませーん! ディレクターさーん!!」
さとっち
「今のカットしてくださーい!!」
いや、これ生だから・・・(苦笑)