表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/143

8.新曲製作

「後ろの人影は誰でしょおー 似たけっはーい 感じてぇ 名をなーのぉーれー 当てずっぽうでも構わない・・・ 早く 言ってしまえ 鬼がー・・・こちらを見ぬう~ちにっ イヤッ!!」


新曲の歌合せやアレンジを始めて、約1時間。

あらかた曲の歌詞や歌い方などは決まってきたものの、歌い手の未佳は、サビの部分で悪戦苦闘していた。

理由は肝心かつ、初歩的な部分の問題で・・・。


「これ・・・。自分で曲作って失敗ね。ブレスを何処で入れたらいいのか全然分からない・・・」

「やっぱり、息吸えへん?」

「吸えなくはないんだけど・・・。吸うと出だしの声が出ないのよ。かと言って、息継ぎせずにやっちゃうと、語尾は声が続かなくてボロボロになっちゃうし・・・」


歌う側としては必須でもあるブレス。

つまりは息継ぎを行える個所を作らなかったがために、未佳は一番の聴きどころでもあるサビが歌えずにいたのである。


一応これまでの楽曲でも、今回と似たようなことはあった。

だがここまでキツいのは初めてのこと。

これには作詞を行った厘も、作曲を行った未佳も困り果て、そしてハッと気が付けば、この部分だけで40分近くも使ってしまっていたのだ。


「サビ・・・、詞、書き直すよ」

「ううん。いくら書き直しても、どうせサビの部分は似通ったものになる・・・。ちょっとアレンジで曲を引き延ばして、ブレスを入れる箇所を作ってみる。こんなんじゃ、ファンがカラオケで歌うこともできないし・・・」

「じゃあ、お二人さん。一先ず休憩します?」

「「さんせーい」」


長谷川の発言により、メンバーはやや早めのお昼にすることにした。

とは言っても、この建物内にはカフェやレストラン的なものは付いていないので、基本的にメンバー達は近場のコンビニやファミレスに寄るか、あるいは出前を頼んだりして、皆でランチを済ませている。


ちなみに今日のように、メンバー全員が揃っている場合のランチは、いつもワンパターンだった。


「じゃあ・・・、また『ザース』に行きます?」


長谷川の言う『ザース』とは、ランチバイキングが人気のファミリーレストランのこと。

事務所のほぼ裏側にあり、よくここの後輩や先輩アーティスト達などもよく食べに行く場所でもある。


人気の理由は、バイキングが自然食と洋食の2種類があること。

自然食の方は肉類を一切使わず、野菜や魚類、果物だけを使った和食や洋食メニューが中心。

一方の洋食の方は、子供や男性が大好きな肉類を使った料理や、やや高カロリーな料理などが並べられている。


ちなみに何故、メンバー全員が揃った時はいつもここなのかと言うと、厘が基本的に自然食しか手を付けないからである。

厘は普段、肉類は鶏肉のみで、必ず野菜と果物中心の食生活。

そのため、メンバー達が肉類を食べたいと思っても、肝心の厘が『嫌い』と言うので、食べられないのである。


つまり毎度のことを言ってしまえば『メンバー全員が揃っている時はここ』ではなく、どちらかと言ってしまえば『厘がいる時はここ』と言った感じだ。


「この間も行ったばっかりだけどね」

「でも、ほら。この間はバイキングやってなかったし・・・」


実は3日前のあの日にも、未佳達は昼食を『ザース』で食べたのだが、その時は丁度バイキングが休みの日で、仕方なく元々店にあるメニュー料理だけを食べて帰ったのだ。


だが今日は日曜日。

かき入れ時なので人は多いだろうが、バイキング自体はやっている日だ。


「そうや! ウチ今日こそ『水菜と三つ葉と大葉のホワイトドレッシングソースがけ』食べる!」

「何? その舌を噛みそうな長い名前・・・」

「えっ? 大葉とみつなとみず・・・、ん?!」

「で、なんでさとっちが噛んでるのよ」


名前からしておそらくバイキングメニューなのだろうが、前に覗いた時にあっただろうかと、未佳は小首を傾げた。


確かにサラダ系のものがかなり多いのは知っているが、厘が皿にそれらしきものを盛っている姿は見た覚えがない。


「そんなのあったっけ? 全然知らなかったけど・・・」

「新作メニュー。今年の6月まで」

「先週行った時は? 食べなかったの?」

「それが・・・。目の前でおばさんが横から『ガバッ!』って取ってしもて・・・。次のができる前に帰ってしもたんよ」


『今思い出しても腹が立つ』と言わんばかりに、厘はその場で奇声を上げながら、足元の床を踏みつけた。

そんな厘に、未佳はただただ苦笑いを浮かべる。


「ハハハ・・・。確かにそれは・・・」

「おばさんねぇ・・・」

「ちょっと!? さとっち?」

「なんでそこで笑うん!?」

「あ、いや・・・。もう僕らもそんな年なんだよなぁ~って・・・」


長谷川はそうしみじみと口にしたが、未佳はその言葉に顔を顰めながら、首を横に振った。


「馬鹿なこと言わないでよ。私もさとっちも、まだ30前半じゃない」

「何言うてんの、みかっぺ・・・。30過ぎたら、みんな同い年やん」

「えぇ~っ!? 余計に嫌なこと言わないでよ!」


そんなことを言い合いながら、未佳達は『ザース』へと向かった。

時間帯的に少々人の込み具合が気になったが、とりあえず店の前まで向かってみる。


『SAND』の後ろの歩道を真っ直ぐに進み、3つ目の曲がり角を曲がってすぐ。

『ザース』が見えたのと同時に、そこの窓の奥で動く人影に、長谷川は顔を顰めた。


「なんか・・・。人多いかも・・・」

「やっぱり時間帯がマズかったかなぁ・・・」

「時間帯もありますけど・・・。今日が日曜日っていうのも」

「やっぱり曜日が分かってるのなら、時間を確認するべきだったねぇー・・・」

「とりあえず、中入ろ。予約くらいはしといた方がええもん」

「そ、そうですね・・・」


一応中へと入ってみれば、やはり休日と言うのもあってなのか、子連れの人達が異様に目立った。

あっちらこちらから小さな子供達の騒ぎ声が聞こえてくる。


二つ目の扉を開けたところで、すぐさま女性のウェイターがこちらに駆け寄る。


「いらっしゃいませ。お客様は何名様でいらっしゃいますか?」


こうした問い掛けに答えるのは、基本マネージャーである栗野の仕事だ。


「5名です」

「5名様。席のご希望等は・・・?」

「なるべく・・・、目立たない席の方に」

「かしこまりました。少々お待ちください」


ウェイターはそれだけ言うと、そのまま厨房の方へと走っていった。

そんなウェイターの後ろ姿を見つめながら、リオは未佳に問い掛ける。


〔なんであのウェイター・・・。煙草とか訊かないの? 普通訊くでしょ?〕

「ん? ああ・・・。もう何回も行ってるから、顔馴染みなのよ。誰も煙草なんか吸わないし・・・。席を訊いたのも、状況とかで毎回席が変わるから」

〔ふーん・・・〕

「? 坂井さん・・・、誰と話してるんですか?」

「えっ?! ううん・・・!! 『子供が多いなぁ~』って、呟いただけよ?」

「・・・? ホントに?」

「何? その言い方・・・。疑ってんの!?」

「あ、いえ・・・! なんでもありません!!」


別にそこまでキレた感じに言わなくてもよかったのだが、自分の性格上どうしてもキレかかった口調で言ってしまう。

未佳自身、一番大っ嫌いな性格だった。


(もう! キレた感じに言わなくても別にいいのに・・・。ハァー・・・、どこまでも度S女ね・・・)

「ほら、未佳さん! 席空いたって」

「あ、はい」



食事が終わったのは、それから約2時間半後。

事務所に再び戻ったメンバー達は、早速それぞれの楽器やマイクの立ち位置などに立ち、新曲製作を続行する。


「じゃあ。レストランで話し合って出てきた案。片っ端からやっていきますよ?」

「「「はい」」」


実は『ザース』の中で食べながら、メンバー達はうまくサビを歌える方法を考えていたのである。

その結果、全部で4つの案が浮かんだ。


皆が提案した案は『重ね歌い』『スロー』『ハイスピード』『コーラス』。

その全てを、まずは手当たり次第に試してみる。


「じゃあ最初に・・・。サビで2つに歌を分け、編集で重ねるようにする。ようは『重ね歌い』。この場合のデメリットは、ライヴで歌えない。ファンはカラオケで、歌う人間が二人必要。以上!」

「それじゃあ、坂井さん。サビの『名をなのれ』の『れ』を引き延ばして、そこを歌い終わったら、無言でお願いします。録音しますから」

「はい」


頷きはしたものの、これは結構面倒なやり方だ。

何せ、サビを2つに分けて歌い、それを合成させて重ねるのだから。

つまりは、一つのサビを2回も歌わなくてはならない。


そうこう思っている間もなく、3人の楽器はサビのメロディーを奏で、タイミングを見計らいながら、未佳はマイクに口元を近付けた。


「後ろの人影は誰でしょおー 似たけっはーい 感じてぇ 名をなーのぉーれぇー・・・ ・・・・・・いい?」

「OK! じゃあ今度、そのあと行きますよ?」

「はーい」


尋ねられて答えてみれば、またしても間髪を空けずに曲が流れる。

なかなか口元からマイクを外せない。


「当てずっぽうでも構わない・・・ 早く 言ってしまえ 鬼がー・・・こちらを見ぬう~ちにっ イヤッ!!」

「・・・・・・OK! じゃあ、繋げますよ」

「これで失敗したら最悪ね」

「ハハハ・・・」


半分ジト目でそう呟く未佳に苦笑しながら、手神は録音した二つの音声が重なるように編集する。

その作業は5分と掛からなかった。


「じゃあ、再生してみます」


パソコンのマウスを動かし『再生』と書かれたボタンをクリックしてみる。

するとすぐに、先ほどの未佳の声がスピーカーから流れ出した。



《後ろの人影は誰でしょおー 似たけっはーい 感じてぇ 名をなーのぉーれー・・・(当てずっぽうでも構わない) 早く 言ってしまえ 鬼がー・・・こちらを見ぬう~ちにっ イヤッ!!》



「こんな感じですけど・・・、どう?」

「坂井さん、どう?」

「うーん・・・。この『れ』の延びるところ・・・。もう少し低い声でやった方がよかったかも」

「そうやなくて、みかっぺ。歌自体・・・」

「あぁ。歌自体はよかったと思うけど・・・。ほか試そうよ」


曲の良し悪しはあとでいくらでも言える。

今はそれよりも全てのパターンを出してみて、その中で一番シックリきそうなのを選ぶのが先だ。


「じゃあ、次はスロー。これの場合の欠点は、楽曲のテンポが速くてノリ易い分、サビでその熱が冷めやすくなる。・・・・・・誰や? これ書いたの」

「ハハハッ!」

「これ・・・、小歩路さんか手神さんでしょ?」


半分笑いながら長谷川が尋ねてみれば、厘は手神の方を指差した。


「手神さんでしょ?」

「えっ? 僕だっけ?」

「いいじゃん。いいじゃん。やっちゃお♪ やっちゃお♪」


ところがそのスローで試そうとした際、今度はヴォーカル側ではなく、楽器演奏側に問題が起こった。


「ちょっと待って・・・。これスローって・・・・・・。二人とも出来る?」

「~♪」

「♪~♪ あっ、早くなってる」

「ちょっと・・・、あれ? これ元のスピード?」

「坂井さん、ちょっと・・・。5分くらい時間ください」


それぞれ個人で楽器を練習すること、約5分。

ようやくメンバーが演奏できるようになり、スローでの歌い試しが行われた。


「後ろの人影は誰でしょおー 似た気配 感じてぇー 名をなーのーれー・・・ 当てずっぽう でも構わなーい 早く言って しまえ 鬼がこちらをー 見ぬうちにぃー・・・ イヤッ! ・・・・・・『イヤッ!』いらないわ。スローだと・・・」

「というか全体的に・・・」

「中途半端」


何となくスローは没になりそうな兆しが立ちつつ、次の案を試す。

続いての案はハイスピード。

逆に速くなったらどうなるのか気になるところだが、欠点欄には『余計にブレスができなくなる可能性がある』と、当初の問題点が悪化するかもしれないことなどが書かれていた。


「ブレス・・・、出来るよね?」

「多分・・・」

「じゃあ、行きますよ? 1・2・3!」

「後ろの人影は誰でしょおー 似た気配 感じてぇー 名をなのれぇー 当てずっぽうでも構わないっ 早く言って しっまっえっ 鬼がこちらを 見ぬうちにぃー!! イヤッ! ・・・これ・・・、ラップだっけ?」

「「「ハハハッ!!」」」

「どう考えてもラップよね?! これ!」


ブレス自体は、一気に歌い切る箇所が増えたり、長く延ばす箇所が減ったりしたために、そこまで気にはならない。


ただその代わり、まったく曲のイメージが変わってしまった。

最初はホラー路線だった楽曲が、ハイスピードにした途端、ラップソングになってしまったのだ。


「・・・ちょっと保留」


何となくこれも落選しそうな気がするが『アレンジの仕方によって』ということもある。

未佳は一先ず置いておくことにした。


「じゃあ最後。コーラス! 欠点は、みかっぺが歌う箇所がやや少なくなる。・・・まあ・・・、そうでしょうね。コーラスが代わりを少しやっちゃうんですからねぇ・・・」

「コーラスは・・・、さとっち、お願い」

「えっ!? 僕!?」

「しょうがないでしょ。他にいないんだから・・・。手神さんはキーボード2台で忙しいし、小歩路さんは口が裂けても歌わないでしょ?」

「その前に口開けへん」


未佳の言うとおり、厘はマイクを通して歌うのが苦手だ。

理由は元々声が少し曇り気味だったり、自分から目立とうとしないなど、少々色々ある。


だが『まったく歌わないのか』と言えば、別にそういう訳でもない。

たとえばライヴの時などは、自分の口元にマイクは当てないものの、微妙に口を動かして歌ったりしている。


ようは歌うことは好きだが、周りに自分の歌声を聴かれるのは嫌なのだ。


「だから、さとっち。あなた歌って」

「まさかの・・・。でもギターは?」

「大丈夫。こっちがギターコードの分も弾くから」

「手神さん。そういう問題じゃ・・・」

「ほら、始めて! やるよ」


未佳は未だにゴニョゴニョと何かを呟く長谷川の腕を、グイッと強引にマイクの方に引き寄せる。

それから1から3までのカウントダウンが始まり、最後の歌い試しが行われた。


「後ろの人影は誰でしょおー」

「似た」

「けっはーい」

「感じてぇ」

「「名をなーのぉーれー」」

「(当てずっぽう)でも構わない 早く 言ってしまえ 鬼がー・・・こちらを見ぬう~ちにっ イヤッ! ・・・・・・う~ん・・・」


しばらく歌い終わって考え込んだ未佳と長谷川は、お互いに顔を合わせながら、口を開いた。


「「微妙・・・」」

「あんまりシックリこないね・・・」

「の前に、コーラス邪魔・・・」

「曲によって良いのと悪いのがあるよね」


その後、この4つの案についてしばらく話し合い、その結果新曲『かごめ歌』は、最初に行った『重ね歌い』のやり方に決まった。


『お便り』

(2006年 11月)


※ある日のラジオ放送。


みかっぺ

「それでは、今回も皆様から沢山寄せられましたテーマメッセージをですね。たっぷり生放送でご紹介していきたいと思いまーす♪」


さとっち

「イエーイ!!」


みかっぺ

「(笑) テンション高いね(笑) さて、今回のお便りテーマは『最近知ったこと』についてなんですがー・・・。じゃあまず一通目、読んでみまーす♪」


さとっち

「はいはい」


みかっぺ

「ラジオネーム『ピアノ』さんから。カーネリーファン歴6年目の僕が、最近知ったこと・・・」


さとっち

「おっ。僕らがデビューした時からのファンですね?」


みかっぺ

「だね。えっ~と・・・。この間のライヴで、ずっと僕が大好きだった曲が初めて披露されたとき」


さとっち

「・・・はい」


みかっぺ

「ずっと厘様が弾いていたと思っていたキーボードパートが、ライヴで手神さんのパートだと知ったこと・・・」


さとっち&みかっぺ

「「・・・・・・・・・・・・」」


みかっぺ

「すみませーん! ディレクターさーん!!」


さとっち

「今のカットしてくださーい!!」



いや、これ生だから・・・(苦笑)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ