87話「思い切りぶつかって」
「相変わらずだね。力が戻ってなかったらどうする気だったの?」
劇場内の景色が静止し、クリフの背後からルナブラムが現れた。
「蓋してただけだろ?本当に危ないならケルスがとうに来てるさ」
苦笑しながら返すと、彼女はため息を吐いて言った。
「バレてたんだ。事実だけど、お姉ちゃん信用ならない?」
ルナブラムは後ろに手を組み、いじけた様子で近くに転がる木片を蹴る素振りをした。
「全部キッチリ話してくれたら疑わないよ。家族なんだからさ」
クリフは柔和に微笑む。
しかしルナブラムの表情が固まり、引き攣った。
「……ごめん、話したくない」
彼女はそう呟くと霧散し、再び時が流れ始めた。
「全く、強情だな」
クリフは寂しげに呟く。
「だって、そういう生き方しか知らなかったんだ!!」
マレーナは叫び、魔力を練り上げる。
奇しくも、クリフが姉に向けた言葉が繋がった。
「分かってるよ。だから出し惜しむな」
マレーナの目が輝き、彼女は拳を突き合わせる。
「今ならやれる気がするんだ。超域魔法、開口」
マレーナの突き合わせた拳がひび割れ、炎が漏れ出し、砕けて爆散した。
〈__火祭火吼〉
砕け散った両腕が黒ずみ、砂状となって霧散する。
火薬のようなそれが集まり、六つの拳へと姿を変えた。
拳は、両腕を失った彼女の周囲で浮遊し、腕の代わりに大剣を拾い、構えた。
そして、肩甲骨から炎が噴き出し、それらが外套のように彼女の上半身を覆った。
「遠慮は要らないな。超域魔法開廷」
クリフのオムニアントが変形し、刀の姿を取った。
そして、刀身が激しく輝き始めた。
〈__高龗氷仙紬仕立〉
クリフの周囲の大気が凍り付き、弾けた。
飛び散った氷片が空気を舞い、その身を溶かしながら、キラキラと輝いていた。
極低温に冷え切った刀身は白い輝きと霜を帯び、その切先は僅かに凍り付いていた。
「一曲、踊ってくれるか?」
マレーナの周囲を漂う手が飛翔し、ポチが背負うコンテナから、二対の剣と、一本の戦斧が取り出された。
右に大剣を、左に戦斧を、そして四つの剣を手に取ったその様は、大神の一人である、六腕の破壊神の姿と重なった。
「上品にはやれないぞ!!思いっっきりだからな!!」
マレーナの持つ六の拳が軽快に動き、全ての切先をクリフへ向けた。
「品なんて要るかよ」
クリフは不敵に微笑み、切先をマレーナへと向ける。刀の軌跡が凍り付き、大気中に美しい氷の筋を描いていた。
そして、最初に動いたのは、クリフだった。
螺旋状の軌跡を描きながら剣を振るい、マレーナの目前に迫る。
彼女の戦斧が振り下ろされ、クリフの振り上げた刀が激突する。
次の瞬間、マレーナの身体が緋色に瞬き、爆発を起こした。
「真面目に斬り合えると思うなよ!」
赤い閃光が劇場内を包み込み、その外壁を跡形もなく消し飛ばす。
しかし次の瞬間、膨らんだ薔薇のように開いた焔の花弁に、白い亀裂が入った。
爆炎が解体されるかのように隔たれ、霧散して行く。
「斬り合うさ!じゃないと踊れないだろ!?」
爆心地では、二人が息もつかぬ程の剣戟を交わしていた。
クリフが一つ刀を振る度に、四つの斬撃が同時に生じた。
マレーナの六つの掌が機敏に動き、人体には不可能な挙動で機動し、さながら剣舞のように攻撃をいなし続ける。
「流石だよ!惚れるじゃないか!!」
刀身からは絶えず爆炎が生じ、それを切先から流れる氷の軌跡が引き裂き、隔てた。
嵐のような攻防の中、二人は互いに察知していた。
超域魔法がこの程度の攻撃で終わる筈が無いと。
彼女の大剣が振り下ろされたのを皮切りに、互いに距離を取る。
「クリフっ!!受け止めてくれよ!!!な?」
マレーナは六つの武器を床に突き刺し、拳を円状に浮遊させた。
その眼差しは、溢れんばかりの期待に満ちていた。
「誰に言ってやがる!!」
クリフは刀を納め、全身から多量の冷気を放ち始めた。
彼女を囲う掌が高速で回転し始め、輪を描く。次第に掌は原型を留めなくなり、砂状へと戻り、周囲に飛散した。
「弾けろ」
砂塵が赤く煌めき、炸裂した。
明確な指向性をもって放たれたそれは、花弁のように膨らむのではなく、竜巻のように細く伸び、その身を飛ばして天を貫いた。
空気の振動によって周囲の建造物のガラスが砕け飛び、熱よりも先にやって来た音がクリフの鼓膜を叩き割った。
「ひとつ仕立てようか」
クリフは臆することなく滑らかに刀を操り、まるで踊るかのように振るった。
切先に残る白い軌跡が、踊り子の羽衣のように舞い、彼の周囲を彩る。
糸のように細い軌跡が、彼の身に迫る業火を遮った。
面積も、質量、熱量さえ足りてすらいないそれらが業火を遮断しながら滑り抜け、まるで織物を編むように纏まり、格子模様を描いた。
燃える紅い生地に、白い模様が編み込まれた次の瞬間、白が全てを多い尽くし、マレーナの起こした火柱が一瞬にして砕け散った。
薄くスライスされた、反物生地のような氷片が宙を舞い、一枚がクリフの手元に落ちた。
「仕上がりは上々だろ?」
クリフは短く呟き、片手で生地を持ち上げて眺めた。
「ああ、綺麗な技だったさ」
マレーナは嬉しげに呟き、霧散させた腕を呼び戻し、突き刺した武器を手に取った。
「アゲてくぞ、マレーナ!」
氷の反物が空を舞い始める、そのさまは鳥の群れを想起させるものだった。
織物がクリフに纏わり付き、光に包まれる。
「反物は仕立ててこそだ」
光が晴れると、クリフは白地に赤の紋様が刻まれた和服を身に纏っていた。
「お洒落じゃないか!」
マレーナが跳躍し、四本の剣をクリフに向けた。
手首に辺る部位が炸裂し、腕そのものが弾丸のように射出された。
「ありがとよ!!」
クリフが左腕を正面に構えると、掌から爆炎が吹き出した。
炎は迫る剣を弾き飛ばし、マレーナに直撃し、小さな火柱を引き起こした。
彼女は、戦斧を高速で回転させながらそれを弾き、残る腕で大剣を振り下ろした。
クリフの刀に織物が巻き付き、大剣と激突した。
「私の魔法を盗んだな!?」
互いの武器が爆裂し、二人は炎に包まれる。
しかし、クリフの方が手札が多かった。
爆炎が白い軌跡によって再び切り分けられ、内からクリフが飛び出した。
「悪いな!綺麗だったもんでな!」
完全に密着した間合いで、クリフは左拳を振り抜いた。
戦斧を除いた全ての武器は弾かれてしまっており、戦斧も彼女を守るには一手分、足りなかった。
「ぐぅっ……!」
クリフの拳が、両腕のない彼女の腹部に突き刺さる。
しかし、彼は失念していた。本来の力を取り戻した拳は、総鉄製の盾を紙屑のように貫ける程の力があったことを。
拳が肉を潰すその瞬間、彼女の身体が勢い良く爆裂した。
二人は爆炎に包まれ、マレーナは空高く舞い上がり、劇場付近に建った家屋に激突し、屋根を突き破った。
「くそ……加減しろよ」
勢い良く跳ね起き、マレーナは破った屋根から顔を出す。
彼女の眼前では、クリフが無数の織物を従えながら浮遊していた。
日光を弾きながら輝くそれらは、爆炎が内部で揺らめき、ある種暴力的な輝きを放っていた。
「殺す気か!!!」
彼女は剣を握り締め、叫んだ。
「殴ったくらいで死ぬタマじゃないだろ。俺なんて、お前の自爆で顔が吹き飛んだんだぞ」
クリフは自身の頭を指差し、得意げに笑った。
「お前っ……特訓の時のこと根に持ってるな!!」
「どうだろうな!!」
浮遊していた織物が形を変え、風車のプロペラのような形を取った。
プロペラの部位から炎が勢い良く吹き出し、高速で回転し始めた。
マレーナは全ての腕を呼び戻し、屋根の上を走り出した。
遅れて、プロペラ状の織物が一斉に射出され、彼女に迫った。
織物が屋根に付き刺さった瞬間、勢い良く爆裂し、屋根を跡形もなく吹き飛ばした。
周囲から悲鳴が聞こえ、クリフは咄嗟に刀を振り、爆炎を鎮めた。
「やべっ」
ここに来てクリフは、下に民間人が居たことを思い出した。
射出した風車の動きを止めた瞬間、爆炎を突き破ってマレーナが迫って来た。
「何やってるんだよお前!!」
大剣と刀が鍔迫り合い、空気が弾んだ。
僅かに拮抗した後、多方向から迫って来た剣を弾く為、クリフは大剣を弾き、四つを同時に切り払った。
「……悪かったよ!趣向を変えてやるから!!」
クリフは少し焦った様子で左手を振り、織物達に指示を出した。
次の瞬間、全ての織物が二人の足元に集まり、円状の床を形成した。
ステンドグラスのように輝くその足場に二人は着地し、剣を構え直した。
「いいね」
彼女は深い笑みを浮かべ、一歩を踏み出した。
「いいだろ?」
次の瞬間、暴風雨のような剣戟が巻き起こった。
幾重に重なった金属音を、爆炎が打ち消し、それをクリフの魔法が分解し、鎮めた。
暴力的ながら、幻想的な美しさを放つ光景の中で、クリフはマレーナと会って間もない頃を思い出していた。
きっと彼女は、孤独に苦しんでいる。
残酷な話ではあるが、ウェールは心の拠り所や支えにならなかったのだろう。
寧ろ彼女にとって、姉は支えるべき相手だったのだろう。
彼女について知りたい。
過去に何があったのか、彼女の苦しみの根底を。
終わった後に、話したかった。
「決着を付けよう」
クリフは斬り下がり、僅かに距離が空いた。
刀を鞘に納め、居合の構えを取った。
「ソイツにはもう騙されないぞ!」
マレーナは武器を構え直し、受けの構えを取った。
__供奉谷 空千代は人斬りだ。
情勢が不安定だった頃の暁国で剣客として練り歩き、百を超える侍を斬り殺して来た、純然たる殺人者だ。
手心は無く、慈悲は侮辱と考える程の生粋の武人だった。
そんな彼女が考案した超域魔法が、模倣や防御に専念したものの訳が無い。
この魔法の本質は、分断だ。
一切の防御を許さず、この世に存在するほぼ全ての物質を寸断する。
その業を彼女はこう称した。
〈__天命裁断〉
鞘から刀が抜かれる瞬間、押し止められた冷気が溢れ出し、劇場の近辺に居た者は時間が停止したような錯覚を覚えた。
抜刀からの動きは存在せず、刀身が顔を出した時には、クリフは既に刀を振り抜いていた。
ただ、マレーナを貫く白く凍った軌跡だけが、その間に攻撃が起こっていた事を証明していた。
「勝負あり……是にて幕引きだ」
刀を払い、軽やかな所作で鞘に収める。
次の瞬間、マレーナの武器が切り裂かれ、土塊のように崩れ落ちた。
しかし、軌跡が通過したにも関わらず、彼女の肉体に傷は無かった。
「……そんなのアリかよ」
マレーナは仰向けに倒れると、超域魔法が解けた。
浮遊していた腕が砂状に戻り、欠損していた彼女の腕に集まり、元の姿を取り戻した。
「……今度はお前の奢りだな?」
マレーナは掠れた笑いをこぼした。
「クリフ……みっともないんだけどな」
「ああ」
クリフは彼女の前に立ち、しゃがみ込んだ。
「私今……すっげえ悔しい……」
彼女は片手で目元を覆い、大粒の涙を流した。
「負けたこと……無かったんだ」
「でも、悪くないだろ?」
クリフは柔和に笑い、手を差し伸べた。
「うん……ありがと」
マレーナは、満面の笑みを浮かべた。
普段のような豪快な笑みではなく、綺麗な花が咲いたような、彼女が奥底で押し殺していたものが解れた、眩しい笑顔だった。




