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竜娘紀行〜神の居なくなった世界で〜  作者: 塩分
3章「魔道の国」
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87話「思い切りぶつかって」

「相変わらずだね。力が戻ってなかったらどうする気だったの?」


劇場内の景色が静止し、クリフの背後からルナブラムが現れた。


「蓋してただけだろ?本当に危ないならケルスがとうに来てるさ」


苦笑しながら返すと、彼女はため息を吐いて言った。


「バレてたんだ。事実だけど、お姉ちゃん信用ならない?」


ルナブラムは後ろに手を組み、いじけた様子で近くに転がる木片を蹴る素振りをした。


「全部キッチリ話してくれたら疑わないよ。家族なんだからさ」


クリフは柔和に微笑む。

しかしルナブラムの表情が固まり、引き攣った。


「……ごめん、話したくない」


彼女はそう呟くと霧散し、再び時が流れ始めた。


「全く、強情だな」


クリフは寂しげに呟く。


「だって、そういう生き方しか知らなかったんだ!!」


マレーナは叫び、魔力を練り上げる。

奇しくも、クリフが姉に向けた言葉が繋がった。


「分かってるよ。だから出し惜しむな」


マレーナの目が輝き、彼女は拳を突き合わせる。


「今ならやれる気がするんだ。超域魔法、開口」


マレーナの突き合わせた拳がひび割れ、炎が漏れ出し、砕けて爆散した。


〈__火祭火吼(ペレスティア)


砕け散った両腕が黒ずみ、砂状となって霧散する。

火薬のようなそれが集まり、六つの拳へと姿を変えた。

拳は、両腕を失った彼女の周囲で浮遊し、腕の代わりに大剣を拾い、構えた。

そして、肩甲骨から炎が噴き出し、それらが外套のように彼女の上半身を覆った。


「遠慮は要らないな。超域魔法開廷」


クリフのオムニアントが変形し、刀の姿を取った。

そして、刀身が激しく輝き始めた。


〈__高龗氷仙紬仕立たかおかみひょうせんつむぎしたて


クリフの周囲の大気が凍り付き、弾けた。

飛び散った氷片が空気を舞い、その身を溶かしながら、キラキラと輝いていた。

極低温に冷え切った刀身は白い輝きと霜を帯び、その切先は僅かに凍り付いていた。


「一曲、踊ってくれるか?」


マレーナの周囲を漂う手が飛翔し、ポチが背負うコンテナから、二対の剣と、一本の戦斧が取り出された。


右に大剣を、左に戦斧を、そして四つの剣を手に取ったその様は、大神の一人である、六腕の破壊神の姿と重なった。


「上品にはやれないぞ!!思いっっきりだからな!!」


マレーナの持つ六の拳が軽快に動き、全ての切先をクリフへ向けた。


「品なんて要るかよ」


クリフは不敵に微笑み、切先をマレーナへと向ける。刀の軌跡が凍り付き、大気中に美しい氷の筋を描いていた。


そして、最初に動いたのは、クリフだった。


螺旋状の軌跡を描きながら剣を振るい、マレーナの目前に迫る。


彼女の戦斧が振り下ろされ、クリフの振り上げた刀が激突する。

次の瞬間、マレーナの身体が緋色に瞬き、爆発を起こした。


「真面目に斬り合えると思うなよ!」


赤い閃光が劇場内を包み込み、その外壁を跡形もなく消し飛ばす。

しかし次の瞬間、膨らんだ薔薇のように開いた焔の花弁に、白い亀裂が入った。

爆炎が解体されるかのように(へだ)たれ、霧散して行く。


「斬り合うさ!じゃないと踊れないだろ!?」


爆心地では、二人が息もつかぬ程の剣戟(けんげき)を交わしていた。

クリフが一つ刀を振る度に、四つの斬撃が同時に生じた。

マレーナの六つの(てのひら)が機敏に動き、人体には不可能な挙動で機動し、さながら剣舞のように攻撃をいなし続ける。


「流石だよ!惚れるじゃないか!!」


刀身からは絶えず爆炎が生じ、それを切先から流れる氷の軌跡が引き裂き、隔てた。


嵐のような攻防の中、二人は互いに察知していた。

超域魔法がこの程度の攻撃で終わる筈が無いと。

彼女の大剣が振り下ろされたのを皮切りに、互いに距離を取る。


「クリフっ!!受け止めてくれよ!!!な?」


マレーナは六つの武器を床に突き刺し、拳を円状に浮遊させた。

その眼差しは、(あふ)れんばかりの期待に満ちていた。


「誰に言ってやがる!!」


クリフは刀を納め、全身から多量の冷気を放ち始めた。

彼女を囲う掌が高速で回転し始め、輪を描く。次第に掌は原型を留めなくなり、砂状へと戻り、周囲に飛散した。


「弾けろ」


砂塵が赤く煌めき、炸裂した。

明確な指向性をもって放たれたそれは、花弁のように膨らむのではなく、竜巻のように細く伸び、その身を飛ばして天を貫いた。


空気の振動によって周囲の建造物のガラスが砕け飛び、熱よりも先にやって来た音がクリフの鼓膜を叩き割った。


「ひとつ仕立てようか」


クリフは臆することなく滑らかに刀を操り、まるで踊るかのように振るった。

切先に残る白い軌跡が、踊り子の羽衣のように舞い、彼の周囲を彩る。


糸のように細い軌跡が、彼の身に迫る業火を遮った。

面積も、質量、熱量さえ足りてすらいないそれらが業火を遮断しながら滑り抜け、まるで織物を編むように(まと)まり、格子模様を描いた。


燃える紅い生地に、白い模様が編み込まれた次の瞬間、白が全てを多い尽くし、マレーナの起こした火柱が一瞬にして砕け散った。


薄くスライスされた、反物生地のような氷片が宙を舞い、一枚がクリフの手元に落ちた。


「仕上がりは上々だろ?」


クリフは短く呟き、片手で生地を持ち上げて眺めた。


「ああ、綺麗な技だったさ」


マレーナは嬉しげに呟き、霧散させた腕を呼び戻し、突き刺した武器を手に取った。


「アゲてくぞ、マレーナ!」


氷の反物が空を舞い始める、そのさまは鳥の群れを想起させるものだった。

織物がクリフに纏わり付き、光に包まれる。


「反物は仕立ててこそだ」


光が晴れると、クリフは白地に赤の紋様(もんよう)が刻まれた和服を身に纏っていた。


「お洒落じゃないか!」


マレーナが跳躍し、四本の剣をクリフに向けた。

手首に辺る部位が炸裂し、腕そのものが弾丸のように射出された。


「ありがとよ!!」


クリフが左腕を正面に構えると、掌から爆炎が吹き出した。

炎は迫る剣を弾き飛ばし、マレーナに直撃し、小さな火柱を引き起こした。


彼女は、戦斧を高速で回転させながらそれを弾き、残る腕で大剣を振り下ろした。

クリフの刀に織物が巻き付き、大剣と激突した。


「私の魔法を盗んだな!?」


互いの武器が爆裂し、二人は炎に包まれる。

しかし、クリフの方が手札が多かった。

爆炎が白い軌跡によって再び切り分けられ、内からクリフが飛び出した。


「悪いな!綺麗だったもんでな!」


完全に密着した間合いで、クリフは左拳を振り抜いた。

戦斧を除いた全ての武器は弾かれてしまっており、戦斧も彼女を守るには一手分、足りなかった。


「ぐぅっ……!」


クリフの拳が、両腕のない彼女の腹部に突き刺さる。

しかし、彼は失念していた。本来の力を取り戻した拳は、総鉄製の盾を紙屑のように貫ける程の力があったことを。


拳が肉を潰すその瞬間、彼女の身体が勢い良く爆裂した。

二人は爆炎に包まれ、マレーナは空高く舞い上がり、劇場付近に建った家屋に激突し、屋根を突き破った。


「くそ……加減しろよ」


勢い良く跳ね起き、マレーナは破った屋根から顔を出す。

彼女の眼前では、クリフが無数の織物を従えながら浮遊していた。

日光を弾きながら輝くそれらは、爆炎が内部で揺らめき、ある種暴力的な輝きを放っていた。


「殺す気か!!!」


彼女は剣を握り締め、叫んだ。


「殴ったくらいで死ぬタマじゃないだろ。俺なんて、お前の自爆で顔が吹き飛んだんだぞ」


クリフは自身の頭を指差し、得意げに笑った。


「お前っ……特訓の時のこと根に持ってるな!!」


「どうだろうな!!」


浮遊していた織物が形を変え、風車のプロペラのような形を取った。

プロペラの部位から炎が勢い良く吹き出し、高速で回転し始めた。


マレーナは全ての腕を呼び戻し、屋根の上を走り出した。

遅れて、プロペラ状の織物が一斉に射出され、彼女に迫った。


織物が屋根に付き刺さった瞬間、勢い良く爆裂し、屋根を跡形もなく吹き飛ばした。

周囲から悲鳴が聞こえ、クリフは咄嗟に刀を振り、爆炎を鎮めた。


「やべっ」


ここに来てクリフは、下に民間人が居たことを思い出した。

射出した風車の動きを止めた瞬間、爆炎を突き破ってマレーナが迫って来た。


「何やってるんだよお前!!」


大剣と刀が鍔迫り合い、空気が弾んだ。

僅かに拮抗(きっこう)した後、多方向から迫って来た剣を弾く為、クリフは大剣を弾き、四つを同時に切り払った。


「……悪かったよ!趣向を変えてやるから!!」


クリフは少し焦った様子で左手を振り、織物達に指示を出した。

次の瞬間、全ての織物が二人の足元に集まり、円状の床を形成した。

ステンドグラスのように輝くその足場に二人は着地し、剣を構え直した。


「いいね」


彼女は深い笑みを浮かべ、一歩を踏み出した。


「いいだろ?」


次の瞬間、暴風雨のような剣戟が巻き起こった。

幾重に重なった金属音を、爆炎が打ち消し、それをクリフの魔法が分解し、鎮めた。


暴力的ながら、幻想的な美しさを放つ光景の中で、クリフはマレーナと会って間もない頃を思い出していた。


きっと彼女は、孤独に苦しんでいる。


残酷な話ではあるが、ウェールは心の拠り所や支えにならなかったのだろう。

寧ろ彼女にとって、姉は支えるべき相手だったのだろう。


彼女について知りたい。

過去に何があったのか、彼女の苦しみの根底を。

終わった後に、話したかった。


「決着を付けよう」


クリフは斬り下がり、僅かに距離が空いた。

刀を鞘に納め、居合の構えを取った。


「ソイツにはもう騙されないぞ!」


マレーナは武器を構え直し、受けの構えを取った。


__供奉谷(くぶたに) 空千代(そちよ)は人斬りだ。

情勢が不安定だった頃の暁国で剣客として練り歩き、百を超える侍を斬り殺して来た、純然たる殺人者だ。

手心は無く、慈悲は侮辱と考える程の生粋の武人だった。


そんな彼女が考案した超域魔法が、模倣や防御に専念したものの訳が無い。

この魔法の本質は、分断だ。

一切の防御を許さず、この世に存在するほぼ全ての物質を寸断する。

その業を彼女はこう称した。


〈__天命裁断(てんめいさいだん)


鞘から刀が抜かれる瞬間、押し止められた冷気が溢れ出し、劇場の近辺に居た者は時間が停止したような錯覚を覚えた。


抜刀からの動きは存在せず、刀身が顔を出した時には、クリフは既に刀を振り抜いていた。

ただ、マレーナを貫く白く凍った軌跡だけが、その間に攻撃が起こっていた事を証明していた。


「勝負あり……是にて幕引きだ」


刀を払い、軽やかな所作で鞘に収める。

次の瞬間、マレーナの武器が切り裂かれ、土塊のように崩れ落ちた。


しかし、軌跡が通過したにも関わらず、彼女の肉体に傷は無かった。


「……そんなのアリかよ」


マレーナは仰向けに倒れると、超域魔法が解けた。

浮遊していた腕が砂状に戻り、欠損していた彼女の腕に集まり、元の姿を取り戻した。


「……今度はお前の奢りだな?」


マレーナは掠れた笑いをこぼした。


「クリフ……みっともないんだけどな」


「ああ」


クリフは彼女の前に立ち、しゃがみ込んだ。


「私今……すっげえ悔しい……」


彼女は片手で目元を覆い、大粒の涙を流した。


「負けたこと……無かったんだ」


「でも、悪くないだろ?」


クリフは柔和に笑い、手を差し伸べた。


「うん……ありがと」


マレーナは、満面の笑みを浮かべた。

普段のような豪快な笑みではなく、綺麗な花が咲いたような、彼女が奥底で押し殺していたものが解れた、眩しい笑顔だった。

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