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竜娘紀行〜神の居なくなった世界で〜  作者: 塩分
3章「魔道の国」
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66話「緩む気持ち」

シルヴィアは曲剣に付いた血を眺める。

この手で、盗賊の喉を裂いた後だった。


「なんか嫌だな……何も感じない」


心に僅かな痼りはあったが、それ以上の気持ちは湧かなかった。

離れた場所では、盗賊六人の亡骸を、クリフが検めていた。

彼の頬に残る矢傷はまだ血が滴っていた。


「コイツは……」


「どうしたの?」


シルヴィアは絶句するクリフの顔を覗き込む。


「自分の耳を削いでやがる……無いんだよ、特徴が」


クリフが彼らの耳元に巻かれた布を取ると、そこには耳が無くなっていた。


「多分エルフだ。それも多分養う身内が居る」


「捕まっても家族を巻き込まない為に?」


と、シルヴィアは尋ねる。


「多分な」


彼は腰を上げ、崖の上を見上げた。


「さて、キャラバンは壊滅したか、俺達を置いて逃げたみたいだ。多分、上にもコイツらの仲間が居たんだろ」


クリフは崩れた馬車に向かい、車内の様子を見る。

しかし次の瞬間、ふらりと倒れた。


「クリフっ!??」


シルヴィアは戸惑い駆け寄るも、彼の顔色が死人のように青くなっていた。


「毒矢だったみたいだ……ごめん」


力なくそう言って彼は(まぶた)を閉じた。


「えっ……」


彼を抱き抱えると、ひどい熱を発していた。

青くなった顔色とは裏腹に、彼の体温は高く、多量の汗をかいていた。


クリフが死ぬ。

そんな考えがよぎり、シルヴィアから冷静さを奪った。


「……っ、大丈夫。大丈夫だからぁっ」


シルヴィアは切実に呟き、クリフを担ぎ上げた。

以前、テレシアに見せて貰った地図を頭の中で思い出す。

既にジレーザの国境を抜けており、最寄りの都市には、丸一日ほど距離が空いていた。


従って、最寄りの村を目指すしか無かった。


「死なないで、お願い……!」


その場から全力で走り、森の中へと突き進む。

障害となる木々を、岩を蹴り壊しながら、突き進む。

何度も顔に(やぶ)が当たるも、竜人の身体強度と膂力の前には無意味だった。


「コケ?」


そんな折、一頭の鶏型の魔物と鉢合わせた。 

シルヴィアの3倍はあるその生き物が、彼女を注視していた。

それは、コカトリスと呼ばれる存在だった。


「__!!」


次の瞬間、狂乱したかのような金切り声を上げ、突進して来る。


「邪魔だぁっ!!」


〈__白加(アルブス)


一瞬、クリフをその場から手放し、宙に放る。

そして、かつてソルクスがしたように自身の時間そのものを加速させる。

それによって生じる時間差によって、周囲全ての動きが緩慢になり、魔物から飛び散った唾液が空中に浮かんでいた。


「死ね」


唾液を避けてコカトリスの真横に移動し、彼の頬に拳を叩き込んだ。

銀の鱗に覆われた拳が頭骨を破砕し、肉が粘土のようにたわんだ。

拳を振り切ると、頭蓋が三日月状に変形し、首が真横に屈折した。


その場から数歩飛び退き、未だに落下しているクリフを優しく受け止めた。


それと同時に魔法の効果が切れ、加速が終了した。

コカトリスの巨体が真横へと吹き飛び、木々を薙ぎ倒しながらその場から消えた。


耳を澄まし、倒れたクリフの鼓動を確かめる。不規則ではあるものの、彼はまだ生きていた。


「ごめん、堪えて……」


焦る感情のまま、脚を振り出し、森林を駆け抜ける。

父親にも等しい彼がここで死ぬ事が、自分が死ぬよりも恐ろしかった。


木々の密度が減り、寂れた漁村が目に映る。

入り口に入る間もなく、大きく息を吸い、言葉とも言えないような酷い声音で叫んだ。


「助けてっっ!!」



村に辿り着くと、ボロ屋とベッドを貸してくれた。

部屋の殆どの木が朽ちており、地面が露出していた。

腐った木と、粗悪な蝋燭が放つ悪臭に顔が歪むも、クリフをこの場所に放ってはおけなかった。


「良かった……」


彼の胸に手を当てると、鼓動は正常になっており、じき起き上がれそうだった。


そんな折、部屋の扉がゆっくりと開く。


「シルヴィア様、薬を持って来ました」


若いエルフの女性が、トレーに一杯のコップを載せてやって来た。

コップの中には緑色の薬液が入っており、青臭い香りが鼻を刺した。


「ありがとう、起きたら飲ませます」


にこやかに微笑み、トレーを受け取る。

エルフの女性は、病的なまでに痩せ細った肩を震わせ、ぎこちない笑顔を浮かべていた。


「村長が呼んでいますよ。シルヴィア様から来てもらうのは悪いですけど、お願いします」


不器用な敬語を使う彼女を前に、思わず顔を(しか)める。


「クリフが起き次第、向かわせていただきます。もし、火急の用でしたら、村長からお越し頂くよう、伝えて貰えますか?」


村に入った時点で、演技を始めていた。

テレシアの話が事実なら、村人たちを過度に信頼すべきではないからだ。

権威ある者を演じ、彼らとはある程度の距離を取っていた。


しかし、彼らは事あるごとに自分とクリフを引き離したがっていた。

恐らく、彼らはクリフを殺そうとしている。


「……ですけど、村長は」


「お願いしますね」


言い淀む女性に対し、念を押した。

クリフが起きれば、この村からさっさと出てしまいたかった。


「……っ、お願いします!来て下さいっ!!」


女性は困ったようで、自分の袖を無理やり引っ張って連れて行こうとした。

しかし、痩せ細った彼女の力では、自分をよろけさせる事すら出来なかった。


「……来て、どうするの?」


演技をやめ、普段の口調に戻す。


「村長と話を……」


女性はたじろいだ様子で答えた。

外界と遮断されている村なのだろう、少なくとも、人を騙す事に不得手なようだった。


トレーの上に乗ったコップを取り、半分ほど飲み干した。


「あっ……」


女性は青ざめ、こちらに手を伸ばしていた。

私が嚥下したのを見て彼女は瞑目し、顔を覆った。


やはり、碌なものでは無かったようだ。


口の中に薬草の渋い風味が突き抜けたのも束の間、舌にひりつくような感覚がやって来た後、胃液が煮え上がった。

そう感じる程の熱が胃からせり上がり、口から込み上げて来た。


「うえっ……」


その場で嘔吐し、胃の中のものを吐き出す。

そして、赤い吐瀉物が床に飛び散った。

これは、血だ。


「毒だったんだ」


口元に付いた血を拭い、女性を冷淡に見下ろす。

毒による痛みや不快感よりも、怒りが勝った。恐らく、今のクリフが飲めば一口で即死するものだった。


「……嘘、そんな」


彼女は腰を抜かし、その場で尻もちを付いた。

両手を使って後ずさりながら、家の扉を開け、這い回るようにしてその場から逃げ出した。


「……クリフを連れて逃げた方が良いかな。ううん、そんな猶予ないか」


喉に残る血に咳き込みながら、立て掛けてあった弓を手に取る。

弓の持ち手を外し、一対の曲剣へと形を変えた。


「クリフが起きる前に片付けなきゃ」


扉を勢い良く蹴破ると、無数の村人が家の前を取り囲んでいた。

彼らは、農具で武装していたが、それよりも目を引いたのは、剣や弓で武装した耳の無いエルフ達が前に立っていた事だ。

やはり、あの盗賊達の出所はこの村だったようだ。


「あなた達は……何がしたいの?」


分かり切った事を尋ねる。

その時、村人と盗賊をかき分けて、年老いたエルフが前に出て膝を付いた。

恐らく、村長なのだろう。


「シルヴィア様、どうかお一人で立ち去って下さい」


彼の言葉の第一声に、怒りが頂点に達する。

それは、クリフを差し出せという意味だった。


「行商を襲って、殺して、それで……あたしの家族を殺して食べるんだ……へぇ」


「人の血肉を喰らわなければ、生きられないのです。男一人の肉があれば、子供達が七日生きられる」


彼の言葉は事実なのだろう。

だからこそ、絶対に譲歩は出来なかった。


〈__白加(アルブス)


予備動作を見せる事なく魔法を起こし、振り向く。

既に村人の内、四人がクリフの眠る建物と侵入しようとしていた。


加速した時の中を走り、曲剣で彼らの首元を撫でて切り落とした。

湾曲した刃がすり抜け、血の雫が空中に散って浮かぶ。


そして、魔法の効果が切れると同時に、彼らの首が身体から滑り落ちた。

突然の出来事に周囲がざわめき、集まっていた人々の一人が、金切り声にも似た悲鳴を上げた。


「もういいよ。あたしも、あなた達と同じように……好き勝手させて貰うから」


武器を連結させ、右手を空ける。

空き手に黒色の魔力を生じさせ、束ねる。

母と父から貰ったこの魔法達は、イメージすら用いずに扱う事が出来た。

まるで、手足を動かすように。


〈__黒減(ニグリ)


右手を中心に黒い閃光が弾け、手のひらから押し出された漆黒の波動が、人々の意識を朦朧とさせた。

そして次の瞬間には、銀色の刃が彼らの首と胴を切り分けていた。

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