64話「だけど良かった」
「本当に良いのか?」
ミラナの工房で、クリフは身に付けた防具を確かめ、気まずそうに尋ねる。
「もうっ、今更何言ってるの?宝珠の採取費用と、防具の工面……そう言う約束だったでしょ?」
ミラナは呆れた様子で返事をする。
クリフの防具は、ソルクスとの戦いで完全に破損し、衣服として使えないレベルになっていた。
「まあそうだけどな……アレはアキムの成果みたいなもんだ」
そう言いつつ、クリフは防具の部位を確かめる。
恐らく、この店でも相当上質な革鎧を基に、胸部を中心にダマスカス鋼の防具が仕込まれており、合間には極細の鎖帷子が仕込まれていた。
このレベルとなると最早、着る宝石、工芸品とでも呼ぶべき代物である。
「主張し過ぎてないのが気に入った。重量のバランスも良い……だがこいつは……本当にダマスカスか?」
ダマスカス鋼に相当する部位の模様は、クリフの剣のような斑模様ではなく、鈍い灰色だった。
「飽くまで私の魔法で作られた金属だから、試してみたら色も変えれたの。そっちの方が旅先でトラブルにならないでしょ?」
彼女の気配りに思わず笑みをこぼす。
「確かにな、少し前ならともかく、今の俺はそこらの野盗と良い勝負だろうからな」
少し悔しげに呟いた。
「ミラナっ!これ良いね!」
部屋の奥から着替えを終えたシルヴィアが出て来た。
「ねぇっ、似合ってるでしょ!!」
シルヴィアは両手を広げ、自慢するようなポーズを取る。
ドレスにも似た白いチュニックの上から着込んだそれは、かなり突き詰めた軽鎧となっていた。防具は胸当てのみだった。
そして、下部は白と黒の模様がつけられた前掛けのある革製の腰鎧に、布のズボンとロングブーツだけと、かなり偏った防具配置だった。
「随分と軽装だな……怪我するぞ?」
クリフは苦言を呈する。
「そこは似合ってるって言ってよ、もう」
シルヴィアは少し不満そうな表情を浮かべる。
「革の中にダマスカス製の鉄板も仕込んであるから大丈夫……それにね」
ミラナはそう言ってシルヴィアに目配せする。
「テレシアと少しだけ相談したの」
「待て……何だって?」
テレシア、彼女の事は覚えている。
ソルクスの最初の娘にして、妹達のメンタルケアを健気に行っていたあの少女だ。
シルヴィアは、彼女と話したと言ったのだ。
「クリフの中にお母さんが住んでるように、あたしの中にはテレシアが住んでるの」
彼女に血縁を話した覚えは無かった。
恐らく、テレシアがそれを伝えたのだろう。
「それで姉さんが言うには、材質がダマスカスなら最低限で良いって」
「その理由は?」
「鱗が同じくらい硬いから。手入れの多い重鎧は向かないし、切られる前に殺した方が良いって」
それを聞き、頭に血が上る。
「魔物はな。ヒトを殺すのは俺だ」
彼女はそれに対し、嫌そうに口元を歪めた。
「状況次第だよ」
シルヴィアはそっぽを向き、テーブルに置いてあった弓を手に取る。
シルヴィアが握っていた弓を見て空目する。
「そいつは……またすごい見た目だな」
弓の弧に辺る部位が、剥き出しの刃となっていた。
全てダマスカス製で出来ているのだとしたら、その殺傷力は凄まじいことだろう。
「うん、材質もまるっきり違うんだけどね」
シルヴィアは、弓のグリップを半分に折る。
すると、弦が持ち手へと吸い寄せられ、二刀一対の曲剣へと弓を変形させた。
「かっこいいでしょ。弦の仕組みにこだわりがあるんだけど……まあそれはいいや」
ミラナは矢継ぎ早に喋る。
「扱い方は姉さんが夢の中で教えてくれるから大丈夫、いつでも力になれるよ」
彼女はそう言うと、持ち手に格納された弦を引き出すと、鞭のように素早く回し、剣を自在に操ってみせた。
「おい、危ないぞ」
閉所で刃物を振り回されるのは、心臓に悪かった。しかし、嘗められたくは無かった為、動じずに強気な態度で返した。
「ああ、ごめん」
シルヴィアは弦を引っ張り、勢い良く手元に戻す。
そして再び双剣を合体させ、元の弓へと変形させて机に置いた。
「とにかく、前も言ったけど今度はあたしが前に立つから」
彼女は、毅然とした態度でそう言い切った。
◆
クリフとシルヴィアは、ミラナと店の入り口で、荷物をまとめていた。
「そんなに荷物持って大丈夫?シルフはもう……」
ミラナが不安そうに尋ねる。
「いや。あいつは来るさ」
そう言って腰を上げ、シルヴィアと共に多量の荷物を持って立ち上がる。
「……なんかイカしてるね、その台詞」
ミラナはにやりと笑う。
「一言余計なんだよ」
店の出口の前に立つと、入り口の前には、シルフが立っていた。
「本当に来た……」
「お帰り、相棒」
唖然とするミラナをよそに、クリフは荷物を彼女に載せ始める。
予め用意していたシルフ用の馬具を手際よく取り付け、シルヴィアも疑問を持つことなく、慣れた手つきでそれを手伝う。
久しぶりの出番と再会に、シルフも嬉しそうに鼻を鳴らしていた。
「……母さんの使いだろ?この前は母さんが化けてたけど」
「えっ、そうなの?」
シルヴィアは驚いた様子で、最後の荷物を載せる。
「ああ、ソルクスの時に一度だけな。シルフに化けてた」
クリフは馬具をきつく締め、最終調整を済ませた。
「じゃあな二人とも。世話になった、ありがとう」
クリフはシルフの手綱に手を掛け、二人に振り向く。
「おう、こっちこそな。また随分と退屈になりそうだ」
アンドレイはにっと笑った。
「馬鹿言うなよ、お前の娘は有名人になる。退屈とは程遠い日々が待ってるだろうさ」
「馬鹿野郎め、気を遣ってしんみりしてやってるんだぞ」
「そうかい、感謝するよ」
クリフは朗らかに笑い、片手を上げた。
「えっと。私からも、お世話になりました!」
シルヴィアは深く頭を下げる。
「うん。暖かくしてね、それと……エルフの国は物騒だって噂だし、気を付けて!」
二人はシルフに跨り、手綱を握った。
「それとクリフ、ありがとう。あなたが来たお陰だよ。私は今とっても満足です、じゃあね二人とも、また会おう!」
ミラナは満面の笑みを浮かべて手を振る。
「ああ、またどこかで」
「うん、またね!」
クリフは手綱を鳴らし、シルフを歩かせ始めた。二人が遠くに離れていく様を、アンドレイとミラナは眺めていた。
「行ったな」
「うん」
「……ミラナ」
アンドレイは腕を組んだまま思案し、重々しく口を開いた。
「何?お父ちゃん」
「お前の出生についてだ」
彼は罪悪感で表情を曇らせ、目を合わせられなかった。
「悪い話、良い話?」
ミラナは問い詰めるように聞く。
「……いや、悪い話だ」
「じゃあ、聞きたくない」
彼女はアンドレイに背を向け、素っ気なく返事をする。
「だが、知っておくべきだと思わねぇのか」
「やだ。私のお父ちゃんは、アンドレイ・グロームだけだから」
ミラナは、柔らかな口調、優しい笑みを浮かべて、そう返す。
「私、お父ちゃんの娘で良かった。本物のパパとママには悪いけどさ」
後ろに手を組み、にっと白い歯を見せた。
「さ、今日も今日とて鉄を打つよ!ほら頑張ろう!!」
彼女は背を向け、快活に店の扉を押し開けて入った。
「ああ、ワシも……お前が娘で救われたよ」
___2章「鋼の国」-完-




