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60話「茶番劇」

二人が困惑している最中、甲高い音を響かせ、青い噴射光を描きながら、ソフィヤが降り立ってきた。

夜が明けて朝日が登り始めた中、彼女は不気味に佇んでいた。


「クリフ」


「ソフィヤさんっ!大変なのっ、クリフが魔力を……」


彼女は小銃を片手で構え、その銃口をクリフに向けた。面持ちは悲痛で、今にも死んでしまいそうな顔をしていた。


「逃げて」


シルヴィアの判断は一瞬だった。

その場から力の限り踏み出し、クリフに向かって飛び掛かり、彼を庇って押し倒した。


僅かな間を置いて放たれた光線が頭の上を掠めた。


「お前ぇ……!!」


彼女は怒りの形相を浮かべ、殺意を剥き出しにしていた。


「……シルヴィア、よせっ!!」


クリフが呼び止める。

静止も虚しく彼女は立ち上がり、ソフィヤに向けて走る。


彼女は機械的な所作で銃を構え、引き金に指をかけたまま動かなかった。

シルヴィアが接近し、彼女の頬に拳が叩き込まれた。


鉄が軋む音と共に彼女は吹き飛び、地面に勢いよく転がった。

倒れたソフィヤの首を掴んで、持ち上げる。


「何度も、何度も何度もっ!クリフを狙っておいて!!」


シルヴィアは両手で彼女の首を持ち、握力を強める。


「……許さない」


次の瞬間、左から飛び込んで来たメイシュガルがシルヴィアに体当たりした。


「やめて!シルヴィアさんっ!!」


二人は遠くへと吹き飛んで行き、離れた場所の家屋に激突した。


取り残されたクリフは、足を震わせながら立ち上がり、ソフィヤの元へと近付く。


「逃げて……お願い……逃げて……構わないでっ……!!」


悲痛な叫びを漏らす彼女を前に、クリフは僅かに足を止めてしまった。

次の瞬間、銃声が鳴り響き、クリフはその場で膝を付く。

その左足には銃創による血が服に染み付いていた。


「ソルクスを一騎討ちで倒した時はどうしようかと思ったけれど……まさか弱くなるなんて」


バベルは、硝煙の上がる拳銃を降ろし、クリフに向かって歩く。


「誰だよ……てめぇ……っ!!?」


再び銃声が響き、鉛玉がクリフの左手を粉砕した。

体感したことのない痛みが彼を襲い、その場で悶える。


「言葉遣いが汚いよ。あのお方と同じ魂を持つというのに、酷い有様だ」


バベルは嫌悪感を露わにし、今度は彼の内腿に向けて発砲した。

クリフは大粒の汗を流し、歯を食いしばった。


「うるせぇ……エルウェクトと俺を一緒にするんじゃねぇ」


「聞くに耐えないな……黙ってくれよ」


男は拳銃を二度弾き、クリフの胸に穴を開けた。

肺を含めた内臓が破損し、彼は喋ることもままならず、血を吐いて倒れた。


「僕は、君という存在が許せない。彼女が僕達を滅ぼしたからじゃない。ただ、僕達が愛し、敬った女神を塗り潰して生まれたのが君だと考えると……虫唾が走るんだ」


バベルがそう言って拳銃の弾倉を落とし、再装填すると、彼の周囲に、鎧を着込んだ騎士が何人も現れ、ミスティリウムが彼の隣に降り立った。


「さようなら、偽物」


バベルが引き金を引いた瞬間、彼の手首が滑り、地面に落ちた。


「……え?」


ミスティリウムが臨戦態勢を取り、遅れて周囲の騎士達も腰に差した剣を引き抜いた。

その場に居た誰もが、直前まで彼を認識出来ていなかった。


「ケルス……イヴィズアールン」


狼の頭を持ち、コートを見に纏った獣人が、バベルの目の前に立っていた。


狼の頭であるが故にその表情を窺う事はできなかったが、血走った瞳と刃物のように流れる魔力が、彼の心情を表していた。


「警告通り、この国を均すとしよう」


彼は短く呟くと、その背後から無数の狼が出現した。

瓦礫の上に立つ彼らは、雪玉のように愛らしい姿こそしていたものの、彼らから滲み出す銀色の魔力が、泥のように地面に流れ落ちていた。


空に巨大な狼の影が現れ、昇っていた太陽を飲み込んでしまった。

再び夜が訪れ、日食にも似た紅い円環が星空に浮かんだ。


「殺せ、ペルギニル」


ケルスが指差す。


「待ってたよー」


ペルギニル達は一斉に姿を消し、次の瞬間にはバベルの背後に居た騎士達に噛み付き、頭を吹き飛ばしていた。


それぞれの個体が身体から触手を伸ばし、騎士達の手足を引きちぎって分解し、生きたまま貪り食っていた。


「っ……マスター!!」


ミスティリウムが叫び、腰部から緑の炎を噴出させた。

炎は、形を成して六枚の羽を形成する。

その姿は、アウレアの聖堂に描かれる天使の姿に酷似していた。


「ミスティー!!」


彼女の背後にヴィリングの鮮やかな民族衣装を纏った少女が降り立った。


「ヴィー!?」


ミスティリウムは少女の姿に驚き、思わず振り向く。そして次の瞬間、ケルスの足元から飛び出した緑色の鎖がミスティリウムに巻き付き、自由を奪った。


彼女は咄嗟に翼の炎でケルスの鎖を焼く。

しかし、僅かな焼け跡すらも付けられなかった。


「よっ、おひさー。元気してた?」


ヴィーと呼ばれた少女は腰に提げた角笛を取り出し、ミスティリウムの耳元で思い切り吹き鳴らした。


その直後、ミスティリウムの瞳から光が消え失せ、糸が切れたようにその場から崩れ落ち、両膝をついた。


「お姉ちゃーん……文明が退化したからって、ハッキング対策を怠っちゃダメだよ」


ヴィーは紫色の瞳でミスティリウムを見下ろし、笑った。


「Seraph-09 ヴィールデイ!何故お前が神の側に着いている!?」


バベルは目を見開き、歯軋りをして怒りを露わにして叫んだ。


「まだ気付いていなかったの?」


ヴィールデイの両足が銀色の炎に包まれ、ミスティリウムと同質の翼を六枚展開する。


「ケルス君は私のマスターの子供だよ」


ヴィールデイは翼をはためかせ、彼の左腕を蒸発させた。


バベルは右手に魔力を収束させ、転移の魔法を試みるも不発した。


「無駄かなー、対策済みだよ」


ヴィールデイは薄く微笑み、彼に歩み寄る。

そして、バベルが行動を起こすよりも先に、彼女の翼がはためき、彼の右腕を蒸発させた。

勢いよく血を吹き出し、彼は苦痛に顔を歪め、膝を付いた。

その光景にヴィールデイは頷き、ケルスに笑顔を向けた。


「良くやった、後は任せてくれ」


「仰せのままに」


ヴィールディは腰を折って一礼すると、その場から飛び立った。


ケルスはバベルを見下ろす。


「染まったな……バベル。今の人間に」


ケルスはバベルの腹部を蹴った。

破城槌が激突したような音が鳴り、彼は血を吐いて倒れる。


「お前は人間を学び過ぎた。母上や俺の妻が持っていた清純さとは程遠い。腐ったんだ、お前は」


「っ……黙れ!!」


顔を上げ、怒りに任せて叫ぶバベルの頭を、ケルスは思い切り踏み付けた。


「お前の代償は払いきれないな。なら、この国に払ってもらうとしよう」


ケルスが空を見上げると、空全体を覆う程の巨大な亀裂が出来上がった。


「お祖父様は肉体を喪失し、多数の魂に分裂した事で酷く消耗していた。その上でこの結果だ。ならば……万全の神に来てもらおうか」


空に浮かぶ亀裂が広がり、雲の上にまで広がった。

そして、それと同時に強烈な熱波がジレーザの全体を包み、地域全体の雪を一斉に溶かし、屋根の表面が溶解し始めた。

亀裂の向こうでは、炎が燃え盛っていた。

そして、雲よりも高い位置から巨大な燃える手が、亀裂から飛び出した。

続いて、巨大な脚が現れ、霊山に連なる山々を踏み潰した。


次の瞬間、大地が裂ける程の地震が巻き起こる。


「魔神……第5席……」


バベルは震える声で呟く。


「お祖母様の座を引き継いだ炎の魔神、アーシェルトだ」


ケルスが続けると、亀裂からその巨躯が完全に飛び出した。

雲を突き抜け、世界最高峰のエラレルトが真横にあるにも関わらず、彼の太腿部程しか映らなかった。


炎を纏った巨人は、大陸すら断てるであろう巨剣を握り締め、雲の遥か上から恐ろしい形相でバベルを見下ろしていた。

太陽の如きその剣が落ちれば、ジレーザは地図から消え、地下深くに存在する裏ジレーザですら、容易く消し飛ばせる事だろう。


「ぶみっ」


そんな状況の中、ケルスの前に一匹の大トカゲが割り込んで来た。

彼女の到来に、ケルスとペルギニル、アーシェルトは動きを止めた。


大トカゲが光に包まれると、一人の竜人がそこから姿を現す。

淡い金髪に緑眼。上半身に衣服は纏っていないものの、胸部には岩の鱗が覆っていた。


彼女は気怠げに息を吐き、手を叩いた。


「こやつがどうなろうと興味は無いがのぉ、妾の庭を壊すと言うなら黙っておれんな」


彼女は、微かに怒っていた。

アーシェルトが破壊した大地が再び揺れながら元あった位置へと戻り始める。


「アーシェルト、辞めだ。面子で身内と戦争は出来ない」


ケルスがひと声掛けると、アーシェルトはその場から消滅し、代わりに身の丈よりも巨大な大剣を携えた赤髪の少女が降り立った。


「分かりました……ケルスさま」


彼女は淑やかに答えると、その場から数歩下がった。


「それで……彼の裁量について案は?」


「面白い案がある」


ティロソレアは深く笑みを浮かべながらしゃがみ、バベルの耳元で何かを囁いた。


「っ__!!?」


すると、それを聞いた彼は目を見開き、上半身を暴れる蛇のように動かし、のたうち回った。


その内容を聞いていたケルスは、失笑し、バベルに憐れみのこもった眼差しを向けた。


「良かったな、無罪放免だ」


そんな内容に相反して、バベルの目は血走り、言葉にならない罵声を吐いた。

しかし、ケルスは再び彼の頭を踏み付け、深い眠りへと送り届けた。


「全く、とんだ茶番じゃの」


ティロソレアは苦笑した。

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