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56話「偽りの自信」

瀕死のイネスは、フォールティアから興奮剤を注入して貰っていた。

結果、かつての魔法を一時的に扱う事に成功する。


名を__夢想戦兵(インモルタリース)


自身を最強と信じる事で、フォールティアの殺人的な魔力供給に耐える魔法である。

ただし一度でも疑えば、魔法の維持は困難となる、諸刃の剣でもあった。


「ははっ。顔を出すべきじゃ無かったな、アドリやウァサゴをせめて連れて来るべきだった!」


都市の一角からアルバが飛び出し、枝の翼で空を駆ける。


「だが、君を殺すチャンスでもある訳だ!」


青い閃光と共にイネスが迫る。


「やってみなよぉっ!!!」


互いの剣が交差する。

大気が震え、円盤状に拡散した魔力が空を震わせた。


圧倒的な膂力差に、アルバは地面へと叩き落とされ、爆散する。

そして、身体を再生させると同時に、肉体を作り替えた。


「本気で行くよ、ムカつくけどね」


樹木の翼を生やした漆黒の騎士が立ち上がる。(くちばし)のように尖った兜のスリットから、無数の眼球が覗き、彼女を凝視する。


「父親そっくり」


イネスは上空から彼を見下ろす。

そして剣に光を纏わせ、振り上げた。


「ああ、これが僕の、もう一つの姿だよ」


彼の指先から、黄金色の雫が滴る。

次の瞬間、無数の植物が彼の足元から一斉に芽生え、急成長を遂げる。


「起きろ、生命よ」


城のように巨大な花が咲き、花弁から光を放つ。


〈__森象(フェルティリタス)


花と剣。

互いの武器から極大サイズの光線が放たれ、激突する。


「手は緩めないよ」


侵食した建造物から、次々と草木が芽生える。

無数の蕾が群生し、微かに光を放つ。

そして次の瞬間、蕾から無数の光弾が連射され、イネスに迫る。


「この程度で!?やれる訳ないでしょ!!」


イネスの輪郭が崩れ、数千を超える光弾が全て弾き落とされる。

それと同時に、巨大な花が焼き払われ、アルバの眼前にイネスが現れる。


「ほとほと呆れたよ。あれだけの事をしておいてまだ自分を信じられるなんて!」


アルバの眼前に無数の樹棘が飛び出し、イネスの攻撃を防ぐ。

一瞬でそれらは切り刻まれるも、アルバは剣で鍔迫り合った。


「じゃなきゃ、勇者なんて名乗るわけないでしょ!!!」


イネスは、一瞬で剣を振り抜いた。

次の瞬間にはアルバの指が落ち、両脚が切除される。


「想定内さ」


二人の周囲に無数の樹木がせり上がり、二人を囲う。

そして、指から落ちた黒剣が瞬いた。


「僕は豊穣と、嵐の神の子だ!忘れた訳じゃ無いだろう!?」


次の周囲、熱線の如き落雷が二人に注いだ。

家屋の窓は割れ、囲っていた樹木は灰となり、地面を揺らした。


「その魔法は予想済みだよっ!君のパパをっ、ぶちのめした時にさぁっ!!」


イネスの肌が石のような光沢を放っていた。

これこそがフォールティアの能力。

持ち主を改造し、再構築する。


「終わらせるよ!」


イネスは加速を維持したまま、アルバを貫いた。

彼を引き摺りながら、軸線上にあるもの全てを打ち砕きながら加速した。


「燃やせぇっ!あの日のように!!」


フォールティアの切先が真っ二つに割れ、音叉のような形へと変形した。

断面から光が煌めき、極大サイズの熱線を放つ。


アルバの肉体を蒸発させ、その余波でジレーザの街をパイのように切り分けた。

巨大な熱線は地面へと向けられ、逃げ場を許さないよう、アルバを念入りに焼き払う。


「……私のっ、勝ちだ!!!」


火口の如き破壊痕の中、燃え滓となって尚も再生を続けるアルバに、イネスはトドメを刺すべく剣を振り下ろす。


しかし、再生したアルバの体に皮膚と髪が付いた時、イネスの瞳が揺らぐ。


「……助けて、イネス」


彼の髪は黒く染まり、全身に刺青を入れた、何処か儚げな女性の姿へと変わる。

彼は、弱々しい表情で涙を浮かべていた。


『イネス!早く殺してっ!!』


フォールティアが焦った様子で語り掛けるが、手遅れだった。

アルバは、イネスが剣を握れなくなった出来事を再現していた。

イネスの中でトラウマが蘇り、最強の自分が、友人を庇えなかった役立たずの女へと塗り替えられる。


「あっ……ああ……うわぁぁぁぁあっ!!」


イネスは表情を歪め、大粒の涙を流しながら、剣を振り下ろす。


その瞬間、魔法が切れる。

フォールティアから供給される莫大な魔力に身体が耐えられず、両手が赤い液体となって溶け落ちた。

イネスは体勢を崩し、地面に倒れた。


「屈辱だよ……姉さんの姿に変身しなきゃならないなんて……」


アルバはその姿のまま、再生を終えて立ち上がり、普段着ている神父服を纏ってイネスに近づく。


「まあ、君を始末できて良かったよ」


アルバはうんざりした様子で右手を広げ、魔剣を呼び戻す。

そして、イネスの溶けた手を見つめた。

樹液ではなく、赤々とした血へと変わっていた。


「自分の身体を作り変えたんだ……まあ、人間ではなさそうだけれど」


アルバは剣を振り上げる。


「これで憂いを絶てそう……」


しかし、振り上げた瞬間、彼の横に現れた、白い毛皮の大型犬を見て、攻撃を取りやめた。


「ペルギニル……何をしに来たのかな?」


アルバは剣を下ろし、ペルギニルに近付く。


「ケルスがね、今回だけは見逃してくれるってー!」


すると、崩落した建物から、数十を超える無数のペルギニルが一斉に顔を出した。

それを見た彼は、目を見開き、額に青筋を浮かべていた。


「……分かったよ」


アルバは不機嫌そうに足元に転移門を生じさせ、その場から消え去った。


そして、残された無数のペルギニルが、イネスを囲んだ。


「ねー、ペルちゃんー。この子どうするんだっけー、食べるのー?」


「駄目でしょー、持って帰ってーって、教えられたでしょー!!」


ペルギニルの内一人が、前脚を振り回しながら叱る。


「そうだっけー??」


ペルギニル達は首を傾げる。


「そうだよー!」


ペルギニルの内一人が、突然巨大化し、倒れたイネスを丸呑みにする。


「嫌っ……」


イネスは怯え、無くなった両手を伸ばしてわずかに抵抗するも、そのまま飲み込まれてしまった。


「もぐもぐしちゃ駄目だよー!」


「わかったー」


巨大化したペルギニルは、その場から跳躍し、屋根を踏み越えながら居なくなってしまった。


「じゃあ、おしごとするよー」


「「「はーい!!」」」


「人間以外は殺して良いってー!」


「「「分かったー!!!」」」


無数のペルギニルが一斉に転移門を起動し、その場から消え去った。



ソルクスは光柱の側に浮遊し、ジレーザの市街を見下ろしていた。


「あれっ?」


彼は間の抜けた声を漏らす。

アルバ、イネス、クレイグ、ニールの魔力が消えたからだ。

そんな彼の側に、一羽の飛竜がやって来ては、甲高い声で鳴いた。


「相打ち……?彼らが?そっか……それなら随分と楽が出来る」


ソルクスは全身から魔力を放出し、光柱の規模を更に広げ始める。


「古代人達が持つ戦術爆弾の熱量は……困った、どの時代のものまで復元しているのか検討が付かないな……」


光の柱の表面に、無数の膜が張り始め、周囲を照らす光量が減り始めた。


「取り敢えず何でも耐えられるようにしよう。ペースは落ちるけど、リスクヘッジは欠かさないようにしないと……」


ソルクスがそう呟いた瞬間、光柱の一部が砕け、そこから金色の光が飛び出した。


「やっぱり……来るよなぁ」


彼はうんざりとした声音で呟くと、金色の光が屈折し、彼と同じ高度に辿り着いた。


「想いは変わらないんだろ?クリフ」


金色の光が弾けると、内側からクリフが現れた。

以前は無作為に溢れていた魔力が、今では川の流れのように整い、彼の周囲を巡っていた。


そして、破損が酷かったヴィリング様式の防具は、オムニアントによってその形を変え、白銀と黒鉄によって彩られた甲冑へとその形を変えていた。


「……楽園を作るのなら好きにすれば良い」


クリフは瞑目し、腰に差した剣に手を掛ける。


「お前は神だ、人間を潰さなくたって出来るだろ」


ある種、核心を突いた言葉を前に、ソルクスは目線を逸らし、ため息を吐く。


「あの子達を待たせたくない。それに、あの子達は血を望んでいる」


その言葉を前に、クリフは表情を怒りに歪めた。


「娘を盾にして理由付けてんじゃねえよ、結局は、てめぇが復讐したいだけだろうが!!」


「お前の物差しで俺とあの子達を測るなッ!!」


ソルクスは激怒し、それに呼応するように飛竜達が集まり、檻のように二人を包み込む。


「うるせぇっ!親ならっ、娘を真っ当に導いてやるのが筋だろうが!!」


「人殺しが他人の娘を一年養って親気取りか!!」


ソルクスの右腕が発光し、魔力の塊をクリフへと放つ。

しかし、彼は凄まじい速度で剣を引き抜くと、それを切り払ってみせた。


「気取って何が悪い!!」


クリフは素早い所作で、自身の心臓に剣を突き立てる。


「……超域魔法、開廷」


心臓から金色の魔力が溢れ出し、眩い奔流が飛竜達の作った暗闇を切り裂いた。


そして溢れ出した魔力が、クレイグが染めていた赤い夜空に干渉し始める。


そして次の瞬間、正午が訪れる。

黄金の太陽が夜を裂き、都市全体を眩く照らした。


〈__煌金白々明(フレイリオス)


クリフの身体から黄金の炎が吹き出し、それらが刀身に巻き付く。


炎が彼の周囲を待っていた飛竜に引火し、陽に焼かれた羽虫のように、その身を焼かれながら地へと堕ちて行く。


「……はは、恐れ入ったよアードラクト!まさか息子に自分を取り込ませてたなんて!!」


ソルクスは瞬時に理解する。

それがアードラクトの超域魔法である事を。


「来いよ神サマ。農村上がりの羊飼いが、てめぇをぶっ飛ばしてやる」


黄金の名を冠する国アウレア。


それを象徴するかのようなこの魔法は、一人の大英雄によって編み出され、幾度となく祖国の窮地を救った、史上最強の超域魔法である。

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