49話「渡津の鬼」
裏ジレーザの北部に位置する防衛庁。
当時の古代人達の技術の殆どを取り入れ、彼らのクローンが勤務するその場所に、バベルは訪れていた。
司令室と呼ばれるそこは、巨大な広間に、複数枚の巨大なスクリーンが並べられ、階段状に連なった複雑な装置を、古代人達が忙しなく操作しており、部屋の外では、危機を知らせるアラートが鳴り響いていた。
「……状況は?」
バベルは広間に置かれたスクリーンの一つを見つめる。
突然現れた光柱から飛び出した飛竜が、ジレーザの人々を襲って連れ去り、光柱へと送り込んでいた。
「はい。ソルクスが顕現してから20分が経過しましたが、この短時間で首都の三割もの人間が死亡したものと思われます」
彼の背後から進み出たミスティリウムが情報を伝える。
バベルは端末を取り出し、それに表示された情報を眺める。
「ソルクスの権能は、活性だったか」
彼は短く呟く。
「はい、ルナブラムとは対になる権能だと言い伝えられています」
「光に連れ去られた人間の数と、飛竜の増加数が比例している。恐らくこのままだと……20分でジレーザは地図から消える」
周囲が僅かに騒めいた後、鎮まり各々が担当している端末に再び集中し始めた。
「マスター、裏ジレーザ全体を異空間に転移させますか?」
「いや、それだけは無いよ」
バベルは即答した。
「相手は神で、明確にこちらを滅ぼそうとしている。幸い、今の彼は本来の肉体を失っている。もし逃げれば、彼は力を取り戻し、僕たちを滅ぼしに来るだろう」
彼は端末を操作し、クレイグに電話を掛けた。
『待ってたぜボス。あと数分遅かったら飛び出すとこだった』
「そっちでも構わなかったけれど……うん。彼を殺して欲しい。あとは推論になるけど、あの飛竜は元人間だ……つまり」
『オーケー、飛竜になる前に殺せって事だな?』
「その通りだ。話が早くて助かるよ。都市の二割が残っていれば上出来だけど、飽くまで理想論だ。それと君のバイタルが飛んだら、首都から5000kmを蒸発させるから、紛らわしい事はしないで欲しい」
『分かったよ』
クレイグは気怠げに答え、通話を切った。
「マスター、良かったんですか?必要なら私が出向きます」
ミスティリウムがバベルの顔を不安げに伺う。
「君を低く評価してる訳じゃない。けど……クレイグを、渡津海狩狗という男を安く見積もり過ぎだ。間違いなく彼は、この星に存在する生命の中で一番強いんだからね」
バベルはそう言うと、その場で踵を返して司令室の扉を開けた。
「どこに行くんですか?」
ミスティリウムが尋ねると同時に、開いた扉から、一匹のオオトカゲが顔を見せた。
「ぶみ」
バベルは自虐的に苦笑した。
「急患が入ってね。久しぶりに手術して来るよ」
そう言って彼は部屋を出て扉を閉めた。
◆
クレイグは、展望台から燃え上がるジレーザの街を見下ろしながら、酒壺の紐を持ち上げ、一気に飲み干した。
「あぁ……美味い……!!」
口元を拭い、酒壺を投げ捨てた。
「好きね、戦う前に飲むの」
クレイグの背後に、白い髪の女性が現れる。
肌は病的なまでに白く、黒いドレスと赤い瞳を持っていた。
「祝い酒だ。お前らだって大好きだろ?」
「私の夫たちや子供は勝ってからやるものと言っていたわ」
クレイグはため息を吐く。
「お前は、大して楽しく無い時に酒を飲むのか?」
「クレイグ!あなた天才ね!?あなたを吸血鬼にして良かったわ!!」
彼女は手を叩く。
「そうよ、楽しい時にこそお酒を飲むべきよ!!」
小躍りしながらその場を回った。クレイグは腰を上げて彼女の手を取る。
「俺達は結果なんて求めちゃいねえ……戦う時が、その過程が何よりの生き甲斐だ」
クレイグは手を離し、展望台の端に立つ。
空では無数の飛竜が飛び交っており、殺した人々を連れ去っていた。
「超域魔法切開」
クレイグの右手に赤い魔力が集約し、赤い短刀が出現する。
「さあ行くぜカーミラ!!今世紀一番の祭りが始まってやがる!!」
クレイグは短刀を腹部に突き刺し、勢い良く切り開いた。
溢れ出した血が展望台から流れ落ち、クレイグもまた、そこから転落した。
彼は血溜まりに落ちる。
しかし、鈍い音が響くことはなく、深さを無視してその中に沈み込んだ。
次の瞬間、血溜まりから凄まじい量の血が噴出し、巨大な津波となって街を押し流す。
波立つ水面から、クレイグが浮き上がった。
「会いたかったぜソルクス」
ソルクスの光柱、その近辺の都市区画が海に沈み、赤い満月が空に浮かぶ。
〈__血界大海原〉
彼は、綺麗な所作で太刀に手を掛けた。
太刀を抜刀すると、血が刀身から一直線に吹き出し、擬似的に巨大な刃を作った。
振り払われた刃は光柱を切断し、物理法則を無視してへし折った。
「渡津の嫡男、大うつけの狩狗が100年来の雪辱を果たしに参ったぞ!いざいざいざっ!!……殺し合おうぜっ!!」
クレイグが名乗りを上げると、折れた光柱からソルクスが飛び出し、血の海に着地する。
「君は……本当にどこまでも不愉快だ」
空間が歪むほどの神気を漂わせ、彼は水面を歩く。
「じゃあ殺すしかねぇだろ?」
クレイグは嬉しげに笑った。
「言わなくても殺すさ、神の肉体を喪おうと、君如きには負けない」
〈__白加〉
ソルクスの身体が淡く光り始める。
それと同時に海面が揺らぎ、無数の血の斬撃が波と共にソルクスを囲んだ。
しかし、彼はその場から消失し、クレイグの背後に瞬間移動してみせた。
クレイグは即座に反応し、刀を振り抜く。
だが、刀は空を切り、ソルクスは再び背後を取っていた。
「遅いよ」
ソルクスは右腕に白色の魔力を纏わせ、振り抜く。
しかし次の瞬間、彼の腹部が両断された。
クレイグは振り返り、嗤う。
「遅ぇよ!!」
直後、海面から飛び出した飛沫が彼の体を細切れに切り裂いた。
断面からは赤く毒々しい蒸気が噴出しており、再生の妨害も抜かりは無かった。
しかし、ソルクスは光に包まれ、一瞬で傷を癒して見せた。
「ほぉ、活性の力はそういう事も出来るのか」
クレイグのそれは、明らかに相手を見下した発言だった。だがソルクスは、その程度で怒るような人物ではなく、最も温厚な神として知られていた。
「……殺す」
だが今は違った。
ソルクスは眉間に皺を寄せ、怒りの形相を浮かべる。
そして上空を飛翔し、右手を空に掲げた。
〈__白加〉
彼の右腕が白く瞬くと、星空が凄まじい勢いで巡り始めた。
「オレの権限を以て星の運命を早めよう……」
空に浮かぶ星が激流のように流れていたのも束の間、突然それらが停止した。
そして、一筋の流星が空を掛ける。
流星はその速度を緩め、段々と光を増した。
「おいおいマジかよ!!」
クレイグは、その光景に歓喜の表情を浮かべた。
「狂人が……」
ソルクスは嫌悪感を露わにしながら、より一層高く飛翔した。
流星の光がピークを迎えた瞬間、それは明確な輪郭を持って空に映し出された。
空から、山よりも遥かに巨大な石塊が、隕石が落ちようとしていた。
「神罰と知れ……」
ソルクスが掲げた手を振り下ろす、隕石は降下速度を早め、ジレーザの都市に赤い光を放った。
「ははっ……良いぞ、星を斬るのは初めてだ!ありがとうっ、ソルクス!!!」
クレイグは子供のように笑いながら、刀に血を纏わせる。
先程と規模がまるで違い、血の海の水位が凄まじい勢いで下がり始めていた。
「狩狗の阿呆が星を斬るぞぉっ!!」
クレイグは、自身の数百倍もの体積となった刀を振り抜いた。
赤い刃が燃え盛る隕石に激突し、その刀身を蒸発させながら地表を切り裂く。
濁流のように飛び出た血が、隕石を掘り進み、見事に両断した。
その裏に居たソルクスも縦半分に裂かれ、バランスを崩していた。
「はははっ!やった!!やったぜ!!!」
クレイグはその場から跳躍し、半分に割れた隕石の間を通り抜け、ソルクスの元へと近付く。
その過程で割れた隕石は数万もの破片にまで切り刻まれる。
破片が街に降り注ぎ、各地で爆発が巻き起こる中、クレイグはソルクスの元に辿り着く。
「クレイグっ!!!」
そして、肉体を修復した直後のソルクスが、拳を振るう。
だが、その腕を一瞬で輪切りにされ、頭を掴まれる。
そしてソルクスは、クレイグと共に海面に落ちる。
「血界大海原、異景……!」
血の海が流れを変え、落下予想地点に大きな渦が起こり始める。
〈__悪血鳴門海淵〉
クレイグとソルクスが渦潮に沈み込んだ。
そして海面が蠢き、渦潮に向かって収縮し始め、数キロまで拡大していた波が遂には消滅した。
波が引くと、元あった建造物や生物がすべて蒸発しており、無骨な岩肌だけが残っていた。
その中心地からクレイグが出現し、50センチ大の赤い球体を小脇に抱えていた。
「気に入ったか?今展開してた海面を全部そこに詰めてやった。斬撃と毒、水圧のフルコースを味わえよ」
クレイグはその場で腰を下ろし、球体に話しかける。
「しっかし、弱くなったな」
どこか悲しげに、物思いに耽るように呟いた。
「昔は俺を瞬殺してたってのに」
その様はどこか悔しげだった。
「こんなもんじゃないだろ」
クレイグが指先で触れると、球体は徐々に縮小を始めた。
「おい、出て来いよ……」
球体はついに、彼の手の内に収まるサイズにまで圧縮されてしまった。
「……はぁあ?」
クレイグは声を震わせ、球体を落とした。
「てめえもっと強ぇだろうが……何だよ、下らねぇ……」
彼は落胆し、ひどく沈んだ声音で呟いた。
再び球体へと手を伸ばした瞬間、何かを感じ取り、刀を振り抜いた。
次の瞬間、橙色の飛来物がカタナと接触し、爆発を引き起こす。
「てめぇは……!!」
クレイグは煙を切り裂き、その先に居る人物を見て、歓喜の笑みを浮かべた。
「リベンジマッチ、受けてくれるよな?」
無数の剣を浮遊させたニールが、焦土と化した大地を歩いて来ていた。
全身からは金色の魔力が溢れ出しており、それがクレイグの期待を煽った。
「随分面白そうになって来たじゃねえか!そうだ、ハラの傷は治ったか!?」
クレイグの関心はニールへと移り、ソルクスが詰められた球体から意識が逸れた。
「俺の部下の尽力の甲斐あってな……悪いが場所を変えさせてもらう、奴には予約が入っているんだ」
〈__磁雷駆動〉
ニールの足元が爆発し、彼は凄まじい速度でクレイグに突撃した。
「お望み通りに。お前は失望させてくれるなよ?」
クレイグは両手を広げ、ニールの突進を受け止めた。
二人はそのまま吹き飛び、上空へと飛び出す。
「超域魔法ッ、解放!!」
クレイグの作り出した紅い夜空を、突如として出現した雷雲が覆い尽くした。
そして、巨大な雷柱が二人を飲み込んだ。




