24話「剣一本で」
ニールは背後に浮かべた剣の方向を変え、切先の全てをイネスへ向ける。
都市の各所から集めたそれらは、数千を優に超える数になっていた。
「超域魔法を使うのか!?いいや、俺の想像を絶するような手立てがあるんだろう!!さぁ!さぁっ!!」
ニールは興奮し、熱い眼差しをイネスに向ける。
それに対し、イネスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「フォールティア、出番だよ」
彼女がそう呟くと、それに呼応する形で、刀身が砕け散った。
飛び散った刀身は宙を舞い、砂状となってイネスの周囲を漂い始めた。
『イネス、久しぶり。魔法は使えそう?』
砂が振動し、物腰柔らかな女性の声を発する。
「ごめん、まだ出来ない」
『ならStage2で行こう、作戦は私が演算する』
「分かった、信じるよ」
イネスが剣を強く握り締めると、砂が元の位置へと戻り、以前よりも長い刀身を形成し始め、細身の剣へと形を変えた。
そして、半分ほど余った砂はイネスの左手へと収束し、もう一対の剣を形作った。
「おぉ!複製出来るのか、それ!!」
ニールは興奮気味に一斉に剣を射出した。
さながら集中豪雨のような規模で注いだそれは、イネスから回避の選択肢を完璧に奪っていた。
剣が地面に着弾し、凄まじい量の土煙が巻き上がる。無数の剣が質量弾となってイネスが居た場所を破砕し続ける。
街の各所から補充され続ける剣によって、決して攻撃が途切れる事は無かった。
間違いなく、最初の数秒で即死しても何ら不思議ではない破壊規模だった。しかし、ニールはその事実を微塵も考慮していなかった。
「生きてるんだろ?さぁっ!コイツはどうするよ!!」
ニールの周囲に浮かぶ四つの光輪、それぞれの中心部に剣が装填され、イネスが居るであろう場所を捉える。
そして次の瞬間、光輪から凄まじい量の電流が発せられ、四つの剣が射出された。
同様に射出されていた剣の雨を、発射時の余波だけで吹き飛ばし、四つの剣はオレンジ色に赤熱化しながら地面に着弾した。
大地が揺れ、無数の瓦礫がニールの居る場所にまで飛び散った。
そして、飛散した瓦礫すらも速度を得て、イネスに向かって降り注ぐ。
「隠れてないで出てこいよ!この調子じゃ、皇都を更地にしてしまう!!」
口ではそう言いながらも、ニールは攻撃を緩める事は無かった。
しかし、暴風雨にも等しい剣の嵐が降り注ぐ中、イネスは飛び散った瓦礫の中から飛び出した。
一発一発が彼女の命を奪うことの出来る嵐の渦中で、彼女は美しく無駄のない剣捌きでそれら全てをいなしていた。
瓦礫を踏み、剣を避け、弾き落とす。
最早剣を発射しているニールですら、何処に飛んでいるか分からない程に膨大な数となったそれら全てを読み切り、精密に、確実に処理していた。
「なんて……美しいんだ」
イネスが見せる舞にも似た所作に、ニールは目を奪われる。
彼の心は躍り、それに応じて剣の密度は更に増す。
しかし、彼女は猛攻をものともせず、飛来する全ての剣を弾き落としながら、落とした剣を足場にして空を舞う。
__あんなに、身体は無駄なく動けるのか!
ニールの心は、御伽噺を読んでいた少年時代に帰っていた。
__どうして剣を落とさない!?どうして疲れて倒れない!?どうして……諦めないんだ!!?
しかし、ニールの疑問はすぐに晴れた。
今相対しているのは、伝説だ。
語られる逸話に嘘は無かった。否、脚色がまるで足りていない。
かつて、戦争で荒んだ心を癒してくれた英雄が、今、目の前に居るのだ。
「そうだ、あんたは勇者なんだ!!」
ニールは、我慢できなかった。
剣の射出量を減らし、自身の周りに剣を随伴させながらイネスに向かって突撃した。
剣を交え、心を交わしたい。
伝説の一端を味わいたい。
彼女の強敵でありたい。
彼の心中は、燃えるような想いで溢れていた。
「……っ!?」
イネスは、ニールが距離を詰めて来たことに困惑しつつも、身体の動きを更に早め、飛来していた剣を一気に落とし、迫るニールを迎撃する。
「情熱的にやろう!俺の英雄っ!!」
ニールは、棍を両手で握り締め、魔力を一気に流し込む。棍に刻まれた刻印が、普段とは比べ物にならない光量を放つ。
そして、大振りの一撃をフォローする形で、ニールの横から多量の剣が射出された。
「任せてよ」
イネスは、僅かに微笑を浮かべると、二本の剣を振り抜いた。
彼女は、剣をすり抜け、ニールが棍を振り回すよりも先に、彼の背後へと通過した。
「……流石だよ」
ニールが短く呟くと、彼の胸と両脚が真っ二つに分かれ、三等分に分かれて空中から落ちる。
「ありがと……」
イネスは寂しげに呟く。
そして次の瞬間、ニールが操っていた剣と瓦礫が一斉に崩れ落ち、イネスは地面へと落下した。
着地したと同時に、イネスは複数の殺気を感じ取った。
〈__火照薪〉
〈__舞枚一銭〉
イネスの足場が突然崩れ、背後から強烈な炎が迫った。
彼女の武器が再び砂状になり、一瞬で結合し、巨大な盾となった。
『不確定な事象を起こす魔法、指向性のある火炎を起こす魔法の使用者を確認した。不規則な現象に気を付けて』
炎が盾に激突し、拡散する中、イネスの頭にフォールティアの声が響いた。
「レイとマイルズか……アウレアのナンバーツーと連戦なんて……!」
「あの人はっ……俺の憧れだったんだぞ!!」
火が止まると同時に、マイルズが飛び掛かって剣を振り上げる。
イネスはそれを迎撃しようとした瞬間、手が滑って剣を落とした。
「……えっ!?」
動揺するも、すぐに結論は出た。
__レイの魔法の効果か!?
イネスは拳を固め、マイルズの腹部を殴って吹き飛ばした。
そして、フォールティアはひとりでに手元に戻って来た。
『ごめんなさい、現実改変防護に失敗した。次は防いでみせる』
イネスの手元に戻ると同時に、彼女の頭に声が響いた。
「気にしないで、アウレアからの脱出プランは?」
『最短で今から11時間程続けて戦闘を続ける必要がある。いけそう?』
イネスはため息を吐き、剣を構えた。
「分かった、気合いでどうにかする」
『それでこそ私の相棒だ』
レイが右手で銃を構え、左手でコインを跳ねた。そして同時に、受け身を取って着地したマイルズが走り出す。
__どっちに異変が起こる……?
イネスは注意深くコインの挙動を見つめながら、先行するマイルズに剣を振った。
しかし、突然、地面が隆起して二人とイネスを遮った。
「俺の晴れ舞台に……水を差すな……分かったか!!」
ニールが感情を剥き出しにして、怒声を発した。彼は、身体を再び接合して立ち上がっていた。
しかし、心臓ごと寸断された事で、その動きは弱々しく、今にも倒れそうだった。
「まだやれるの……?」
ニールは苦笑する。
「いいや、無理だ」
彼はその場で腰を下ろし、イネスの足元の足場を砕き、浮遊させる。
「っ……何っ!?」
イネスはその場から飛び降りようとするも、ニールの向ける敵意のない眼差しを見て、踏み止まった。
「俺さ……あんたのファンなんだよ」
「痛いくらい分かるよ。もしかして、隠してるつもりだった?」
「まさか。さて、12代目勇者として仕事は納めたさ。それで、俺個人の意向であんたを逃してやりたいんだが……好きな方角はあるか?」
ニールは乾いた笑いを浮かべた後、大きな血の塊を吐いた。
「ニール君っ!?」
イネスは足場から降りようとするも、ニールが手を出して制止した。
「早めで頼む……ぶった斬ったあんたなら分かるだろ?結構無理してるんだ」
「じゃあ、南でお願い」
「ああ……もうすぐ死ぬから着地は荒くなるから、そこは頑張ってくれ……じゃあな、俺の英雄……」
「うん。ありがとう」
ニールは魔法を発動し、イネスを足場ごと遠くへと射出した。
例え自身が死んでも効果が続くよう、かなりの速度をつけていた為、すぐに空の景色に消え、その姿は見えなくなった。
彼女を見送ると同時に、魔法が解け、ニールの身体は再び三つに別れ、地面に転がる。
自分自身の出した血の池に沈みながら、彼は最後に呟いた。
「ああ……家のワイン、全部飲めば良かったな」




