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1話「この世界は」

「美味しいね」


少女は屈託のない笑みを浮かべ、俺の作った不味いスープを飲み干した。


「本当に言ってるのか?」


作った側が聞く台詞ではない。

固い獣肉と多めの塩で作ったそれは、笑顔で飲むものではなかった。


「うん……!2日も食べてなくて……」


「美味い筈だよ……」


満足げに答えた彼女に対し、俺は瓶詰めのキャンディを手に取り、口に放り込んだ。


「……この国の教えはクソだ」


「そうなの?」


少女は不思議そうに首を傾げた。


「亜人は殺せ。我らヒューマンこそ至高だ」


「……そう、なんだ」


少女は落ち込み、服の(すそ)を握り締めていた。


「クソだろ?まあ広めた神サマはお前の神がぶっ殺したから無問題だ、いいザマだよ」


おそらく、ここに敬虔な信者が居れば殺し合いになるだろう。

それだけのことを言った。


「あなたは違うの?」


「戦争で大勢殺したからな。あいつらにも家族が居た、生きようとしていた」


俺の中で嫌な記憶が蘇ろうとしていた。


「ごめん……」


「喋ったのは俺だ。気にするなよ」


「これからどうするの?」


「家族はない、記憶はない、気が付けばこの村に居た……だったか?」


「うん……ごめんなさい」


俺が再確認すると少女は落ち込み、尻尾が床にぺたんと落ちていた。


__助けるんじゃなかった。


と、かすかに後悔したが、後の祭りだった。


「そうだな。村人達にバレる前に、ここを__」


「おいクリフ!」


ドアをノックする音が、俺の言葉を遮った。

恐らく、デニスだ。


「寝室に隠れてろ」


「うんっ」


声量を殺して指示すると、彼女は頷いて部屋の奥に向かった。


「どうするつもり?多分だけど血が流れるよ?」


再び姉の幻影が視界に現れた。


「……あいつら次第だ。俺が決める事じゃない」


剣の柄頭に手を掛け、扉を開いた。


「よう、夜分にどうした」


開くと、デニスが4人の農夫を連れて来ていた。

松明と農具を手にしており、血走った目からは、かなりの″やる気″があるようだった。


「亜人を匿ってるだろ……出せよ」


殺気を放つ彼に対し、言い訳はもう考えていた。


「竜神の手先だぞ?皇帝陛下の望まれる情報を確実に持ってる。俺には、あのガキを皇都に連れてく義務がある……退役軍人としてな」


次の瞬間デニスはフォークのような鋤を、地面に突き立て、威嚇した。


「言い訳はいらねぇ、出せってんだ!!」


俺は剣を引き抜くと、鋤の柄を切り飛ばした。

デニス達の顔は青くなり、刺すような視線が集まる。


「脅しか?」


木目模様の刀身を持つ剣が、鈍く輝く。


そんな時、後ろからやって来た1人の巨漢がデニスを押し除けた。


「もう良い、俺が始末を付けよう」


重厚な鎧に身を包んだその男は、肉厚で大振りの剣を引き抜く。

その装いからして、傭兵だった。


「下がれよクリフ。この人はな、軍の特務部隊に居た、すげぇ人なんだぞ」


特務部隊に居た、その単語を聞いて少し警戒が緩む。

それが真っ赤な嘘だと瞬時に分かったからだ。


「俺にやる報酬で雇った訳だ」


「そうとも、お前に勝ち目はない」


傭兵の男は自信に満ち溢れた面持ちで、俺を見下ろした。


「いいか、俺はお前ら人間の中でも更に希少で力強い、ハイヒューマンの戦士だ。お前の首など枝のように__」


そう言い切る前に、男が不意を突く形で剣を振り抜いた。

瞬間、俺は剣を構えて一撃を防ぐ。


「隊長やマイルズは元気か?」


優しい笑顔を浮かべて尋ねる。しかし、傭兵の男は首を傾げた。


「何言ってんだお前__」


言葉を遮る形で、彼の首を切り飛ばした。

傭兵の身体が勢い良く倒れ、背後に居た農夫達がどよめく。


「ハイヒューマンは産まれてからすぐに兵役が義務付けられ、生涯その役目を終えることはない」


俺は傭兵の亡骸を踏み越え、デニスの前に立つ。


「言ってなかったな、俺が特務部隊から特例で退役したことを」


デニスは後退り、怯えた顔でクリフを見上げる。


「クリフ、まさかお前本当に__」


デニスが言葉を言い切る前に、剣を心臓に突き立てた。


「傭兵雇って、ガキを殺すんだろ?」


クリフは剣を引き抜き、血を払った。


「なら、俺がてめぇらを殺す理由もハッキリしてる」


農夫達の隣に姉が現れ、片目を閉じて微笑んだ。


「やっちゃいなよ」


「ああ……そのつもりだ」


俺が一歩を踏み出した時、二人の農夫が及び腰で鋤を突き出した。


「クリフっ!何やってるお前ぇっ!!」


ほぼ同時に突き出されたそれは、単純ながら良い作戦だった。

だが、それは一般人に対してだ。


「見れば分かるだろうが」


俺は持ち前の力で扉を引きちぎると、そのまま二人に向けて投擲した。

厚い木扉は鋤を跳ね飛ばし、二人に直撃する。


そしてそのまま、木扉ごと二人を切り裂いた。


「亜人の肩をっ……持つのかっ!!?」


残された農夫の一人が叫ぶ。


「てめぇらよりはマシだからな」


そう答えると、二人のうち一人が背を向けて逃げた。


「おいチャーリー!!」


残された農夫が振り向く。

が、それが致命的だった。


「ああそうか、チャーリー。思い出したよ」


俺は残された農夫の胸に剣を突き刺すと、剣を手放し、彼の鋤を奪い取った。


「お前には幼い娘が居た筈だ」


逃げる農夫、チャーリーに向けて鋤を投擲した。


「それでよくも、子供を手にかけようと思ったな」


空気を切りながら飛翔した鋤は、彼の頭に直撃し、力なく倒れた。


「……他には、居ないな」


その様を見て頭が冷え、我に帰る。


「……やっちまった」


俺は溜め息を吐く。

晴れて俺は犯罪者で、少女を連れて地の果てまで逃げる事になった。


「殺したの……?生きてたのに」


少女が、寝室から出て来ていた。

その言葉が(かん)に障り、彼女の胸ぐらを掴む。


「……言葉で解決できなくなったからこうなったんだろうが!」


俺は深く息を吐く。


「いいか、この世界はお前が思う程平和でもなければ__」


怒りがピークに達する前に、冷静になる。


「クソ、悪かった。忘れてくれ」


手を離された少女は、呆然としていた。


「俺がさっさとお前と逃げていれば、こうならなかった。悪いのは俺だ、気にするな」


「……でも、ありがとう」


彼女はへたり込み、震える声で答えた。


「ああ」


理想論に厭戦(えんせん)主義は嫌いではない。

しかしそれを貫くには、この世界はあまりにも残酷過ぎた。


__そう、間違ってるのは俺だ。


そんな時、


「どうして、助けてくれたの?」


少し間を置き、溜息を吐いた。


「……なんの罪もない子供が、酷い死にざまを迎えるのが耐えられなかった。じゃ陳腐か?」


「……ううん」


彼女は首を振った。


「お前を守ってやるよ。絶対にだ」


俺は彼女に手を差し伸べる。


「ありがとう」


彼女は微笑み、手を取る。


「ああ、呪いを解かなきゃ」


姉が再び出現し、繋いだ手に触れた。

その瞬間黒い光が弾け、破裂音が室内に響き渡った。


「魔法っ……!?」


静電気にしては大き過ぎる音だった。反射的にその場から飛び退き、少女を凝視する。


「痛ぁ……あっ、えっ、私何もしてないよ!?」


彼女も想定外だったようで、慌てて弁明していた。


「違う……俺の方が原因だ」


″再び″姉が干渉して来た。

今度は明確に。やはり彼女は、ただの幻影や俺の精神疾患ではないようだ。


「何だったんだ」


「分からない……」


再び少女の手を取って一緒に立ち上がる。

そしてデニスの死体をまたいで外に出た。


「逃げるぞ。この国から」


「……うん」


井戸水を汲み、血を洗い流す。

そして家に戻って狩りの道具に保存食、野営用の道具を袋に詰めた。

部屋の隅のドアを開けると、拡張した馬小屋と繋がっていた。


「……?」


中では、芦毛の雌馬が先程の騒ぎなど知らないと言わんばかりに眠っていた。


名をシルフ。義父が現役時代から使い込んでいる老馬だ。

並の馬と比べても持久力がずば抜けて良く、遠出の際には使っている。


「起きろ、シルフ」


呼びかけると彼女は気怠げな鳴き声をあげ、身体を起こした。


「よしよし」


馬の鼻下に手を伸ばし、匂いを嗅がせてから声を掛け、ゆっくりと撫でる。

壁に掛けてある鞍を被せ、先程用意した鞍袋をそこに取り付けた。


「わぁ……!」


少女はシルフに歩み寄り、頭を撫でていた。

彼女は賢い。少女が多少撫でたくらいでは噛む事は無いだろう。


支度を終え、二人を外に出した。

そして農夫が持っていた松明を点火させ、家のベッドに放り投げる。

それらは瞬く間に大きな炎となり、音を立てて燃え上がった。


「ここともお別れか」


リビングには、殺した農夫の遺体を転がしておいた。これで捜査をかき乱せるだろう。

家を出ると、裏庭にある小さな墓の前で屈んだ。


「悪いなオヤジ。最高の家だったよ、先に地獄で待っててくれ」


家を譲ってくれた義父への謝罪と感謝を呟く。


「……母さんに伝わってくれると良いんだが」


そして一本のナイフを取り出し、墓石の裏に文字を刻んで、二人の元に向かった。


シルフに乗り上がり、少女に手を差し伸べる。


「大丈夫だよ」


だが、彼女は軽やかな身のこなしで飛び乗り、目の前に座った。


「そうだな、お前は竜人だった」


苦笑しつつ、シルフに合図を送って走らせた。ふと空を見上げると、満天の星空が輝いていた。


「皮肉だな、こんな日に限って綺麗だ」


「それでも、綺麗な空だよ」


「そうか……?ああ、そうだな月明かりのお陰で周りもよく見える」


暫くの沈黙が続いた後、はっとする。

彼女には記憶がない。当然、呼ぶべき名前すらも無かった。


ゆっくりとシルフを走らせながら、空を眺めて名前を考える。

だが俺に立派な語彙はない。ありふれた名だ。そうして無い頭を捻ってようやく三つに絞れた。


「なあ、ずっと呼び名が無いのも不便だと思わないか?」


「うん」


「思い付いたのは三つだ。テレシア、ヴィオラ、シルヴィア、どれが良い?」


少女は考えるそぶりをして、悩む。

センスが無く、何の変哲も無い名だが、自分にはこれが手一杯だった。


「えっと、シルヴィアが良い!」


少女改めシルヴィアは、出会ってから一番の笑みを浮かべた。

そんな姿につられて、柔らかな笑みがこぼれた。


「よろしくな、シルヴィア」


月明かりに映るシルエットは、まるで親子のようだった。

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