10話「チペワチペワ」
半年前、クリフは夜な夜な自宅で魔法の練習をしていた。
蝋燭の灯るリビングで、クリフは瞑目し、皇都で繰り出した魔法を再現しようとしていた。
「……安定しないな」
黒い光の粒、魔力が彼の手元で滲み出る。
しかし、それらに指向性はなく、ただ垂れ流されているだけだった。
「だって、あたしの権能だからね」
突然、姉の幻影が暗闇から現れる。
「あの金ピカに光るアレもか?」
クリフは眉を顰める。黄金の魔力の由来に、心当たりが無かったからだ。
「アレはクリフの力だよ。産まれてすぐに、あたしが隠したの」
「どうしてだ」
思わず力が入る。
あの力さえあれば、両親を守れたからだ。
「力を発露して、勇者として戦場に立ちたかった?」
ルナブラムはテーブルの木目をなぞりながら呟く。
縦に割れた蛇の瞳孔が、クリフを覗いていた。
「あたしの過去を見たでしょ?世界の趨勢に興味なんて無いからさ。だから、さっさと死んで、クリフのアシスタントをしてるの」
「……だから両親を見殺しにしたのか?」
クリフの目が据わる。微かな殺気を抱いていた。
「……魔法の解説をしに来たんだけど?」
ルナブラムは不機嫌そうに答え、目を逸らす。
これ以上追求すると、彼女は居なくなる。
そんな気がしたクリフは、椅子にもたれ、天井を見上げた。
「分かったよ、追求しない。解説してくれ」
「あらゆる事象の停滞……雑に言えば魔法をかき消して、相手の動きを鈍らせるって考えたら良いよ」
ルナブラムは漆黒の光を拳に滲ませる。
「ただし、クリフの持ってる力と共生出来ないし、とっても燃費悪いから気を付けてね」
ルナブラムは、クリフの頬に触れる。
その手に熱はなく、まるで霧がかかったようだった。
「気をつけるよ」
クリフはその手を除けようとするも、寸でで踏みとどまってしまう。
姉との思い出が、彼女を異物として排除させるのを躊躇わらせた。
「力の利用は計画的に。じゃないと呑まれるよ」
ルナブラムはそう告げると、光の粒となって霧散した。
◆
雪原が弾ける。
捲れ上がった地面が雪を巻き込み、土砂を含んだ吹雪が吹き荒れる。
「剣じゃ何も効かないか!!」
土砂を蹴りながら、濁流のように迫るチペワを切り刻む。
しかし、斬り飛ばし破壊した側から結合し、再生し続けていた。
「いたい」
「やめて」
「チペワになろうよ」
斬り飛ばした破片が次々に喋る。
「ということは……アレか?」
チペワの破片が変形し、無数の棘となって飛来する。
「緩い洗礼だな」
クリフは軽く剣を振り、風圧だけで棘を弾き返す。
「クリフぅぅ!!」
背後から巨大なチペワが地面を突き破り、拳を振り下ろしていた。
「名乗ったか!!?」
クリフは剣の背で拳を殴打し、押し返す。
そして、確信する。
__間違いない。コイツに急所はない
チペワはスライムのように核を持つ生物では無いと。
むしろその逆、全てが同じ意識を共有する単体。在り方で言えば、カビやキノコに近いものだと。
__全てが本体か!!
クリフは瞬時に勝ち筋を見極める。
この不死身の怪物たちを殺すには、一つの手しか無いと。
「姉さん、残りの魔力を数え続けてくれ」
ルナブラムの幻影が現れ、嬉しげに笑う。
「えー、面倒だなぁ……でも良いよ」
ルナブラムの身体が黒い霧となってクリフの肩に纏わりつく。
「ああ、頼んだ」
クリフは心臓の鼓動を速め、際限なしに魔力を絞り出す。
既に雪原は赤く染まり、肉の海へと変貌していた。
犬、人、鳥。多様な姿をしたチペワがその上を走り、巨人が両拳を振り上げる。
「計測開始だ」
クリフは防寒用のコートを空高く脱ぎ捨てる。次の瞬間、雪原に黄金の軌跡が幾重にも奔る。
音速すら振り切る速度でクリフは駆け抜け、チペワ達をサイコロ状に切り刻む。
「62%」
ルナブラムが、抑揚のない声で呟く。
刻まれたチペワ達が再結合を試みるも、高速で走破するクリフの周囲には、大規模な衝撃波が巻き起こっていた。
「チペワをいじめないで!!」
巨人が叫び、両拳を振り下ろす。
しかし、その両腕はまるですりおろされるように刻まれ、地面に着く前に分解された。
「お前と話す気は無い、害獣め」
クリフは跳躍し、巨人の頭部に飛び掛かる。
「やめて!!」
無数の赤い鳥がクリフに群がる。
しかし、瞬きの間にそれらは切り刻まれる。
「48%」
ルナブラムの計測は続く。
クリフは、そのまま降下しながら巨人の全身を切り刻む。
「まだだ」
砦が組める程の肉片が崩れ落ちる。
しかし、肉の海はまだ半分残っていた。
「32%」
魔力残量は無常にも減り続ける。
「とめないと」
「チペワが殺されちゃう」
チペワの津波がクリフに迫る。
対するクリフは真正面から突撃し、赤の津波に激突した。
次の瞬間、雪原を呑まんばかりの赤に、幾重もの剣の軌跡が生じる。
「20%」
クリフが剣を収めた直後、全てのチペワが爆散する。
しかし彼らは、数センチ角に刻まれてなお、全ての個体が再結合を試みていた。
剣では殺せない。
無論、それはクリフが1番分かっていた。
「ジャストだ」
クリフは落ちて来た防寒着を掴み、右手に漆黒の光を纏わせる。
「無制限でやる」
クリフは漆黒の球体を手のひらに出現させ、地面に叩きつけ、押し潰した。
次の瞬間、クリフの髪は黒に戻り、地面から漆黒の波動が生じる。
〈__黒減〉
漆黒の波動が、爆散したチペワ達を包み込む。
次の瞬間、チペワの肉片が茶色に変色する。
生物的、魔法的な生命維持活動が阻害され、チペワ達はただの肉片として地面に落ちる。
「0%……流石はあたしの弟だよ」
ルナブラムは満足げに呟くと、そのまま霧散した。
「どういたしまして。さて、迎えに行くか」
クリフは防寒着を羽織り、雪原を歩く。
しかし次の瞬間、背後で爆発音が響いた。
「アキムぅっっっ!!!」
雪を突き破る形で巨大なチペワが再び現れる。
「土地ごと侵食してるのか!!」
クリフは躊躇いなく走り、逃走する。
魔力は既に無く、抗する手立てはなかった。
「よくも、チペワを、チペワを!!」
チペワは怒りのまま巨拳を振り下ろす。
「クソ……」
クリフは軽く跳躍し、拳から逃れる。
背後で轟音が響き渡り、頭に雪が掛かる。
「不味い不味いマズい……!!」
クリフは全力で走り続ける。
しかし、降り積もった深雪は、彼の足を絡め取り続けた。
チペワとクリフの距離はみるみる内に縮まり、赤い指先がクリフの背に触れようとしていた。
「……!!」
馬のいななきが響き渡り、芦毛の馬がクリフの側を並走していた。
「シルフ……!?」
アウレアで倒れた筈の相棒が現れた事に目を疑う。
しかし、クリフに考える間は無かった。
馬具に手を掛け、彼女に飛び乗る。
次の瞬間、シルフは深雪に脚を取られる事なく軽快に走り始めた。
瞬く間にチペワを振り切り、シルヴィア達の背が見える。
彼女は何故かその場に留まり、狼狽えていた。
「クリフっ!?」
音に振り向いた彼女は、馬に乗ったクリフにたじろぐ。
「乗れ!!」
クリフは馬上から手を伸ばし、シルヴィアの手を取ると、走りながら二人を引き上げた。
シルフは、三人を乗せても怯むことなく、最高速を維持し続けた。
「クリフっ!アキムが!!」
シルヴィアが叫ぶ。
抱えたままのアキムの皮膚が、真っ赤に染まっていた。
腰のあたりが直角にへし折れており、顔に生気が無かった。
「チペワにやられたのか」
「違うっ、あたし達は襲われてない」
シルヴィアは慌てて首を振る。
「なら、会う前か……悪い」
クリフは僅かに躊躇いながらもアキムを馬上から振り落とそうと手を伸ばす。
次の瞬間、アキムの肌が元の色に戻り、折れた腰が伸び、僅かに身体を震わせる。
「……ごめん、気絶してた。」
アキムは突然そう呟くと、迷いなく馬上から飛び降りる。
「アキム!!」
クリフは咄嗟に振り返るも、アキムは既に、チペワ達の前に立ち塞がっていた。
「母さんの仇だ!!」
アキムは絞り出すように叫ぶと、右腕が赤く染まった。
次の瞬間、アキムの拳が膨張し、球状に膨らむ。
「味わえ」
アキムは全力で腕を振る。
球状に膨らんだ拳が千切れ、緩やかな軌道を描いて、チペワの群れへと飛来する。
次の瞬間拳が輝き、爆弾のように血液と骨を撒き散らした。
追っていたチペワ達は吹き飛ばされ、アキムは数度跳躍してシルフの側を並走した。
「ごめんクリフ。俺もチペワにされてたみたいだ」
彼は無理をした笑顔で、そう告げた。




