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40代後半の統合失調症と通話依存の女の人と病気の母と電話の男の人

                         

                    

                                              

 気がついたら、私は精神病院の病室にいた。気がついたらなんていいかたは使い古されているが本当にそんな感じだった。看護師さんの女の人が母からの差し入れだ、賞味期限がきれてしまう前に食べないかと病室にヨーグルトを持ってきてくれて、それを私は食べるといって看護師の横で食べた。その時ようやく意識をとりもどした感じがした。そのうち私は母が毎日のように見舞いに来てくれてることに気がついた。

 そして、私は医師から統合失調症と診断されてることを知った。        

 十代の頃に発症して二十代の頃に通院服薬を開始したものの勝手にやめていた。三十三歳の時の再発だった。その時私は多弁症と診断されたことを母からきいて知った。                  

 次に入院したのは四十歳の時だった。その日は前と違ってかすかに記憶があった。当時旭川市に母と二人で住んでいた。兄が札幌市から来ているときいてじゃあ大丈夫かとなんとなく思い、再び意識を失った。

それをきっかけに兄が札幌市に来ないかといった。兄は妻と娘と札幌市に住んでいた。母は自分が建てた家と私が十代の頃に亡くなった父が建てた人に貸してた家を両方引き払った。               

 私と母は四棟のアパートで札幌市で暮らしはじめた。

                          

 最初の何年かはなにごともなかった。  

 母は元保険の外交員で勤続四十年以上で車の運転はベテランだった。何回も旭川市に連れていってくれた。

 ある日の晩、母を頭痛をうったえた。私はかかりつけの病院のこんな時は救急車を呼んでくださいとあるポスターを思い出した。救急車の音が多いのがわかった。あのポスターだ。と思った。にも関わらず私は睡眠剤を飲んで寝てしまった。切れた血管はつなぎなおされるという妙な妄想をした。母も睡眠剤を飲んで寝た。

 次の日、母は回覧板が読めない変だ変だといった。近所の家の人に聞きにいった。近所の民生委員もしているおばさんの佐藤さんは、はすぐに兄を呼ぶようにいった。私は兄に電話して家に来てもらって、日曜日だったので、母は兄に連れられて救急当番病院の脳外科に行った。

 母の血管は本当に切れていた。      

 母は脳出血と診断された。        

 週に一回兄か義姉が病院に車で乗せて行ってくれて、母の見舞いに行った。帰りがけに母は窓から駐車場に向かって手を振ったりした。こっちも手を振り返した。    

 退院してから母は介護保険を使うことになり、ケア・マネージャーという人がついた。母は失語症とも診断されていた。言葉がうまく出てこなかったり、字の読み書きができなかったり、こよみや数のイメージをつかめなかったりする脳出血の後遺症のひとつだ。母はケア・マネージャーの菅原さんという女の人と相談して言葉のリハビリができる言語聴覚師のいるデイサービスに行くことになった。          

 ある日、母は首ににしこりがあることに気がついた。血圧などで診てもらっている病院に母は私に電話かけさせて頼みこんだが、次の予約の日時が決まってるからと診てもらえなかった。            

 日曜日、テレビで映画を見ている時に「どうしてこんなことしてるの?」と母はパニックになった。近所の耳鼻科に平日に行ってすぐ大きな病院で診てもらってといわれた。                 

 PET検査受けることになった。

 兄は「作業所に行くんだろ。」自分のことしっかりするようにというようなことを私にいった。その頃私は作業所の見学をすることになっていた。            

 検査の結果を母のかかりつけの病院に決まってた予約の日時に聞く日、母と兄と義姉と私でいった。私は病室で待っていた。兄が戻ってきて母は胃がんだと私に知らせた。ステージ4でリンパ節に転移していて手術もできないという。           

 後で聞いたところによると、義姉とめいはその日泣いたという。            

 そこの病院では治療できなかった。

 母はセカンド・オピニオンの病院のがんセンターに行ってそこで通院する事になった。母は、治験という治療を受けることになった。母は昔乳がんで右胸とリンパをとっていたので、血圧測定や点滴、注射はすべて左でしていた母は血管が細く注射や点滴の針が入りずらくCVポートというものを胸のところに設置することになった。

 母は入院した。            

 セカンド・オピニオンに選んだその病院は家から遠くたまに母や兄やとなりまちから来てくれた従姉が車で乗せて行ってくれた。いつもというわけにもいかないので、タクシーでも行った。母は私が行ったとき、リハビリに行っていることが多かった。売店に行って食べものや飲み物など買うようだった。従姉が行き方を調べてくれてバスや地下鉄でも行った。        

 公園でトイレを借りた。

 電話番号の載ってる張り紙を見つけた。

 札幌心のセンターとあった。   

 がんセンターから家に帰ってきた私は、泣いた。大声を出して泣いた。      

 私はその番号に電話をかけた。回線が混みあってるとかでつながらなかった。

 ある日、兄が家にやってきて母を老人ホームに入れること考えてると私に説明した。                  

 私はその時はうなずいたけれど、後になってから兄に電話した。何でいきなり家に手すりもないじゃんとかそんな話しをした。                  

 義理の姉の奈緒ちゃんは介護保険の申請をしなおして級をかえるように兄に言っておいたと家に来てくれた時私に言った。

 ケア・マネージャーも菅原さんから保坂さんという人にかわった。保坂さんも女の人だ。                    

 家の茶の間に介護用ベッドとトイレと玄関に手すりが置かれることになった。   

 その際、在宅クリニック、訪問看護ステーションも頼んだ。兄が手配してくれた。

 兄は母の状態を私の主治医にも説明した。                   

 母は通院での治療と訪問看護訪問診療の治療を組み合わせることになった。      

 帰ってきた母は私が泣きわめくことにびっくりした。               

 私は三度目の今度は任意でかかりつけの精神科の開放病棟に入院した。       

 私が入院したのは四人部屋だった。    

 カードを売店で買って病院の公衆電話から、母や従姉に電話しまくった。従姉のきよみちゃんにきよみちゃんの声ずっときいていたいといった。そういうわけにはいかないよねとさとされた。         

 1日に何度も母に電話をかけた。母はコーヒーを安く飲めるところを教えてきて気分てんかんするよう私にすすめた。散歩できることになっていたのでその時間でコーヒーを飲みにいったり公園に出かけた。 

 共同住宅に住んでいる人が入院してくると同室の人がうわさしていた。その人は入り口の入院患者の名前をメモったりしていた。日記とかつける人?ときいたらするどいとかいわれた。すぐに個室に移っていったけどホールに出て顔を合わせるたびあいさつするようになった。         

 自分から入院したがってたくせに私は退院したがっていた。           

 主治医の診察がある時その人に手をにぎってもらった。私は相手が泣いてることにびっくりして、どうして、あなたが泣くの?泣いてるの私だよといった。        

 三週間で私は退院することになった。

 その間母は従姉に連れて来てもらったりタクシーで見舞いに来てくれた。タクシーで来てくれた時は義姉の奈緒ちゃんも後から来てお義母さんも来てくれてるとは思わなかったととても驚いていた。       

 兄も何回か様子見に来た。入院の際は一緒に来てくれたけど、退院の際はシフトの都合で来られなかった。母が迎えに来てくれて、タクシーで一緒に帰った。     

 退院の際に個室に移って行った人はあいさつに来てくれた。連絡先こうかんしようかと私から言って電話番号をこうかんした。                  

 最初どちらからかけたかは覚えていなかった。よく電話するようになった。りかさんと私は友達になった。

                          

 退院してから、携帯電話を買いに行った。入院前から、その時は「兄に間に合わなかったね。」といわれた、兄が一緒に行ってくれることになっていた。それまでは母のガラケーや家の固定電話でかけていた。最初は専門店に行って三十分待ちといわれてできなかった。日を改めて今度は販売専門店に行った。マイナンバーカードを申請してあったけど、写真の不備で、手続きしなおしていて間に合わなかったので、身分証明書は障害者手帳を使った。更新切れになったままになっていたとき兄が用意するようにいったので、手続きしてあった。二級と記さいされている。      

 ガラケーは在庫がなかった。

 私はスマートフォンのかんたんなものを購入することになった。         

 母のガラケーや家の電話で、すでに電話相談の機関にはよく電話するようになっていた。つながると母ががんだとか私が統合失調症で不安でわけのわからない怖さがあるとうったえた。母はどうして知らない人に母さんの病気のこと話すの?といやがった。それでもやめられなかった。いのちの電話にもよく電話した。日本いのちの電話にも電話した。有料だった。いつもかけているところも土日祝日夜は有料だった。 

 珍しく電話がよくつながる日があった。

 かけてもかけても話しても話しても気がおさまらなかった。となりまちの従姉のきよみちゃんに電話して助けてといった。具体的なことでないとわからないといわれた。電話依存症になったといった。自分でわかっているなら治せるよねといわれた。

 りかさんに電話で相談した。真剣に聞いてくれた。一緒に悩んでくれた。病院の看護師さんに相談するようにいわれた。   

 母のケア・マネージャーの保坂さんという女の人は私が訪問看護を頼む際、一緒に病院に行ってくれた。私が開放病棟に入院する前だった。              

 病院には作業療法があって作業療法師の女の人のこざわさんにも相談した。訪問看護師に相談してみようといわれた。    

 それらの人全部に相談して受診して、医師に話したら、漢字の書き取りはどうですかといわれた。              

 してみたもののすぐ電話するということにもどった。              

 薬局の相談ダイヤルにもよく電話した。二十四時間服薬指導ダイヤルという番号があった。薬局の薬剤師の松田さんという男の人が教えてくれた。偶然にも母の薬の配達と集金する人と同じ人だった。薬局からこれから行きますと電話が来たとき、私はそうかなと思ってたけど、はじめて家に来たときの松田さんはとてもびっくりしていた。                   

 今の精神病院は昔と違って患者さんが上手に利用するところだと私が入院する際教えてくれた人もこの人だ。聞きたいことはききつくした後でも「とんぷく薬の飲み方どうしたらいいですか?」ときいた。とんぷく薬は母が病気になったときに私が私の主治医に「不安になったときに飲む薬ありますか。」ときいて処方されたものだ。あるんですねと私はいった。定期的に飲んだほうがいいといわれて、定期薬にもなっていた。                    

 母の元同僚の女の人の貝谷さんが家に遊びに来たことがあって、それらのことを母はその人にいった。電話相談の機関の人は私のことを知らないだろうし、そういう人に相談してもといわれた。貝谷さんは私に電話しなさいといった。           

 貝谷さんにも電話するようになった。   

     

 スマートフォンを利用するようになって、自分にもメールできることに気がついた。つらいとかさみしいとか怖いとか不安だとかお母さんとか送った。検さくでも同じことした。ガールズチャンネルや宛名のメールとか出てきた。宛名のないメールで家族に先立たれた人のこと読んだり、ガールズチャンネルでお母さんへの愛を語るページ、スレというらしい、ずっと読んだりした。                  

 そのうち私は星の王子さまというアプリを見つけた。それはとくめいのいろんな人と文字でやりとりできるアプリだ。      

 通話依存が治るんじゃないかと思った。同時にとくめいであることに恐怖も感じた。                   

 インストールして自分に星の名前つけておはようございますとつぶやいてみた。三人の星さんたちから返信があった。それ以上はその時はしなかった。         

 精神疾患持ちの人とつながりたいとつぶやいている女の人がいた。返信した。私は統合失調症だと送った。その人も私とは違う病気だけど精神疾患を持っていた。     

 私のことを女の人ですかと確認してからラインでつながりませんかといってきた。   

 私は、星の王子さまのあとにアリスと不思議なお手紙という似たアプリも見つけていた。                  

 私はラインをはじめるときなぜかアリスと同じうその名前つけた。

 その時は電話番号でつながり知り合いかもという高校の同級生からラインはじめたの?とメッセージが来た。まだ、使い方がわからないと送るとゆっくりでいいんじゃないと返ってきてそうだねと送った。

 星の王子さまにいた女の人にはじめたもののまだ使い方わかりません、ごめんなさいとあやまると電話番号がわかれば検さくしますよと返ってきた。私は電話番号を教えた。ラインに招待という画面が現れて多分追加というところをタップした。あらためてあいさつしあった。

 このときはじめてラインの検さくというものをされた。

 星の王子さまはフランスの小説にでてくる星の王子さまがそれぞれの星に手紙をとどける設定で、アリスと不思議なお手紙は、小説の不思議の国のアリスのアリスがそれぞれの番地に手紙を届けてくれる設定だ。 

 似たアプリのそれぞれの島にびんを流して手紙を届けるしまぐらしもインストールした。

 その頃、私は作業所を休んでいた。

                          

 アリスと不思議なお手紙で不思議とギャグを連発する男の人がいた。

 いつも不安だった私はそのくだらなさにいやされた。

 いいね、しまくった。見つけるたびにいいねしまくった。

 なぜか外国人に名前をかえたその人にそのほうが呼びやすいですと送った。その前は顔文字を名前にしていた。

 すると本当の名前は虹ですね、作詞家の虹ですと返ってきた。それは冗談?ときくと白い検さく画面のような写真が送られてきた。かすかにレーベル虹と読みとれた。

 便せんが最後なんです。友達になりませんか?一緒に音楽でも聴きませんか?とラインIDが送られてきた。

 私はラインはじめたばかりでよくわかりませんと送ったもののどうにか検さくした。

 すると、虹です、作詞家しています。と文とBGMと虹の写真のプロフィール画面が出てきた。

 このとき、はじめて、私はラインID検さくということをした。

 トークの画面で、虹は四十二歳ですが、私は若いのかときかれ、四十六歳だと本当の年告げた。アリスのプロフィールにはのせてなかった。それから虹はばついちですが結婚してますか?ときかれた。独身で未婚ですとこたえた。仲良くしてくださいねと返ってきた。

 それから虹がボイスメッセージを送信しましたと音声ファイルが送られてきた。曲名も送られてきた。三曲ほど送られてきた。どれも素てきな曲だった。

 聴き終わるころどうですかと送られてきた。音楽をきくということがとりもどせそうですと返した。良かったですと返ってきた。どれが好きかなと?きかれて三曲のうちの一つの題名をあげて、新曲なんだよと返ってきた。

 次の日は二曲送られてきた。ロックだよともあった。

 聴き終わって良かったですと送った。良かったですと返ってきた。

 私は統合失調症ですと入力をはじめていると終わる前に次のラインが送られてきた。

 虹は精神疾患があり同じような境遇の人を励まそうと作詞をはじめたとあった。それから通話は苦手ですか?と来た。いいえと返した。それから、なんとやりとりしたか忘れたけど、電話することになった。

 その人は「福島県に住んでいてあいずなまりで」といった。「気にならないよ」といって、「アリスの名前は本名じゃない。」といって、本名を打ち明けたら向こうも本名を教えてきた。   

「本名、いいあってびっくりした」といって、「私も精神障害があって統合失調症なんだ」と打ち明けた。その人も統合失調症だった。幻聴がきこえていたけど、今は薬で安定しているという。

 どうして離婚したのかきいてみた。相手は子連れの女の人で、娘がいたそうだ。「共依存って知ってる?」ときかれた。それが原因で別れたようなことをいっていた。

 次の日もライン来た。

 何してるの?ときかれてお母さんとごろ寝中と返した。昼間のごろ寝とはいえお母さんと寝てるなんてひかれるかな?と思ったけど、大事にしてねと返ってきた。

 起きて今電話できるよとラインした。何も返ってこなかった。つまらないと思っていたらしばらくして買い出しに行ってた、電話できるの?とライン返ってきた。電話かかってきた。ここ押してごらんと数字も送られてきた。電話番号だったけど、そこ押して、電話番号のこうかんを結果的にした。   

 その日は一日に何度も電話が来た。私は三回目の電話で満足していた。予想に反して四回目の電話が来た。

 一日に何度も電話するのあたりまえのことになった。

 虹が電話をしてこないこともあった。その時は歌詞くれた。虹はパソコンをラインにつないでいるといっていた。

 ラインでビデオ通話しようとした時もあった。その時はギガを使い切り私のスマートフォンの回線が重くなってるとかで一瞬しかうつらなかった。顔写真はすでに交かんしていた。

「彼氏彼女になろうと」いわれて、

「うん、なろう」といった。

「もう、さみしくならなくてもいいんだね。」

ともいった。

「△△はなにしてるのかな?って考えるよ。いつも俺のことで頭いっぱいになりな。」といわれた。

 星の王子さまに頭おかしくなったとつぶやきを流した。

 うつ病のやりとりしたことのある女の人から「大丈夫ですか?」と返信が来たけど、くわしいことは話さなかった。なんとごまかしたのかは覚えていなかった。

「福島県に行きたい」と母に言い兄にいうようにいわれた。兄は私には小五の社会性しかない、小五の児童をSNS でつながった人に会いに行かせるようなものだ、一年くらいやりとりしてるならまだわかる、こつこつお金ためて行くのならまだしも、てもとにあるお金はたまたまそこにあるだけで自分のものではないといわれた。妻の子どもに嫌われて別れたとかやでしょともいわれた。作詞家というと「だめだろ」と虹のほこりをいっしゅうした。母は「私が元気なら一緒に行ってやれるのに」といいかけて「そしたらお母さんもばかだといわれるよ」と兄にいわれていた。だめだろといわれたこと以外虹に全部しゃべった。母は「いわなきゃいいのにと」いった。間違いないこの人とは楽しく過ごせると思ったことがあった。兄は「他の人にも教えているはず、間違いないと」いった。

 ビデオ通話はのちのちできた。母もあいさつした。私は「写真より人当たり良さそうだね」とはしゃいだ。 

 私が友達でいようといったこともあった。「俺はいいけど、」といわれてほっとしたけど、電話で話してた内容から朝は気がめいるけど気がはれるといいねとラインしたら友達いわれて気がはれるわけないと返ってきた。私もつらかったんだとライン送ったらいいわけはききたくないと返ってきた。りかさんは電話でその人はやさしくないよ、△△ちゃんの話しをきいてくれないよといった。

 最初に電話番号でラインつながりした高校の同級生にはSNSでつながった男の人とこじれたとラインでいった。送信取り消ししたけど相手のは読めるようになっていた。会ったことないならほっとけばと返ってきた。他に個人情報とか教えてないでしょうね!!と怒られた。あとで兄にいったことがあったとき「いい友達だね。」といわれた。

 また、一日中泣いた。 

 次の日、反省したかとラインが来て男の人は優位に立ちたいんだなと思いつつうんと返した。また電話かかって来るようになった。私は「ちゃんをつけられて呼ばれるより呼びすてのほうがいい」といって名前で呼びあうようになっていた。

 虹はチャットアプリのソウルで遊んでいることがあった。私には合わないといってかわりにNOTO15というアプリを教えてきた。写真を選んで文章を投こうできるアプリだ。

 さみしくなったらラインしてというけど、いつもさみしいよ、だってとなりにいないんだものというコーヒーの写真に合わせた最初の私の投こうがヘッダーになった。

 いつも電話くれて、ありがとう、これからもよろしくねとラインしたことがあった。予想外にだめだと返ってきた。私のことめんどくさくなったか?と送った、違うという。私のこと嫌いになったかときくと違うという。どうして?ときくとこの世からいなくなるかもしれないからと来た。誰が?ときくと僕と返された。私泣くよと送った。少し話すかと電話することになった。作詞家としての活動や生活に限界を感じていること、親友を三年続けて亡くしたこと、など、きいた。どれもふしん死で一人は火事で一人は孤独死で一人は水中毒だとのちに知った。

 私は本気で泣き続けた。

 あとになって、あの時は一人称もいつもと違って俺でなくて僕だったしと気の迷いだったんだなと思うことにした。

                     

 私の電話は話し中のとき誰かから電話が来てもわからないようになっていた。いのちの電話に電話してた時、誰と話してたか虹にきかれて、いのちの電話だといって通話いぞんであることしゃべった。「俺に電話しろ。」といわれた。

 休んでいた作業所にまた行きはじめたころ、私はなんとなく虹とのすれ違いを感じていた。何がとも説明できないものだった。

 〇〇、私のの〇〇のことあきらめるよ。通話いぞん症の私にとって〇〇は救世主だった。今までありがとう。

 こんなラインを送った。

 その時は珍しくすぐきどくがついた。わかったと返ってきた。音源全部消してくれとも来た。わかったと返した。

 それでも次の日、私のことめんどくさくなったか?とラインした、あきらめるといわれたから連絡しないだけだけどと返された。あきらめることにしたけど交流は持ちたいと送ったらいやですと返された。

 アリスや星やしまぐらしでいろんな人に話した。   

 気持ちを伝えたらどうですか?とアリスの女の人にいわれたり、星の女の人にあやしいと思うこともあった、その時は、歌詞ラインに送られてきたと話して、他の人がいる人にいぞんしたってつらいだけですよといわれたりした。しまぐらしの外国人の女の人は私をはげましたいと猫の写真を見せてくれた。他の人にもラインブロックされたらわかりますか?ときいたりした。検さくすればわかると返信きて検さくしてみたもののその時はよくわからなかった。

 一週間後私は、作業所から帰ってきて、虹に「やり直したい、やっぱり〇〇がいないといやだ。」とラインした。

 電話かかってきた。「仲良しにもどってくれるか?」ときいた。「もどるよ。」といわれた。「俺がいいの?虹がいいの?」ときかれて「両方だと」いった。「もやもやしているのはこっちだけでいつもとかわらずせっしてくれた」とやりとりしていた星さんの女の人に送った。「大事にね」に、「はいと」返したらいいねが返ってきた。 

                                      

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