最期の爆弾
ジジイは死にかけていた。
九十七歳。末期癌。余命二カ月と言われて七十日目。医者の予想を裏切れなかった人生だ。
ベッドの周りには「家族」が集まっている。
正確には、遺産に集まっている寄生虫だ。
妻のババアは喪服を着ているが、サイズが少し小さい。
葬式より、その後のパーティーを想定して体型管理を怠った結果だ。
(やっと自由に金が使える)
そう思っている。声に出さずとも、ジジイには丸聞こえだった。
長男のバカはスマホを離さない。
株で作った借金の利息が、今この瞬間も増えている。
「早く死ねばいいのに」
その一文が、目に見えない吹き出しで頭上に浮いている。
次男のアホは無職のまま四十六歳。
財布の中身は空、腹も空。
遺産が入る前提で、すでに今日の夕飯を何にするか考えている。
長女のカスはホストの名前を心の中で唱えている。
売掛金は一千万超え。
だが彼女の計算では、遺産は「無限」だ。
ジジイは思う。
――血がつながっているだけで、よくもまあここまで腐れるものだ。
若い頃、ジジイは高利貸しだった。
人の不幸が利息を生み、不幸が続くほど金が増えた。
だからよく分かる。
こいつらは、金の匂いしかしない。
先月、ジジイは全財産を寄付した。
慈善団体。孤児院。
理由は大したことじゃない。
「血のつながらない他人の方が、まだマシに見えた」
それだけだ。
ジジイは掠れた声で言った。
「……弁護士を呼んである」
空気が変わる。
四人とも、急に“家族”の顔になる。
人間は金の前では役者になれる。
弁護士が遺言書を読み始める。
「被相続人の全財産は――」
ババアの手が震える。
バカの喉が鳴る。
アホが前のめりになる。
カスの口角が上がる。
「――生前に全額、慈善団体へ寄付されました。相続財産は、ありません」
一瞬、全員が理解できなかった。
次の瞬間。
「は?」
「……え?」
「ちょっと待て」
「冗談でしょ?」
怒りが爆発するまで、五秒もかからなかった。
「裏切ったのか!」
「私の青春を返しなさいよ!」
「俺の借金どうすんだ!」
「ふざけんなクソジジイ!!」
誰も「ありがとう」とは言わない。
誰も「お疲れ様」とも言わない。
ジジイは、心電図の音を聞きながら思った。
――やっぱり、金でしかつながってなかったな。
ピッ――――
音が止まる。
爆弾は落ちた。
火も煙も出ないが、人生設計という名の建物を跡形もなく吹き飛ばした。
残された家族は、その場で口論を始める。
誰が悪い、誰のせいだ、訴える、殺す。
死体は、もう誰にも興味を持たれない。
ジジイは、死んでなお最後の高利貸しをやり切った。
――利息は、絶望。
回収率100%




