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名もなき悪役皇女その②に転生しましたが、どうやら、ゼラフィナと云う名前があったようです -- 転生皇女の公平で公正な一生 --  作者: 露無
第一章

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絵柄の世界

 なんとなくと云う程度ではあるけど、近くのものがハッキリ見えるようになってきたのは、生まれてから三ヶ月くらい経った夏の盛りだったと思う。


 いつもは紗がかかったように見える窓枠が、少しだけくっきり見えたのは、普段は薄いレースのカーテンがひかれているからだと、ゼラフィナは……前世の三十代女性は、当たり前のように理解していた。


 そのカーテンは、外気を入れるためにか、半ばまで寄せられており、窓も片側だけ外に向かって開いていた。室内の温度は魔法で一定に整えられているのに、外から差し込む夏の白い光は、きっぱりとした熱の輪郭を伴って、指の甲に細い縞を落とす。


 窓の外からは、遠く噴水の水音と、庭木の葉擦れがかすかに届く。宮殿の中は涼しく冷やされているけれど、その室内へ、外の音と共に、夏だけが、細い糸のように伸びてくる。夏らしい、熱気を帯びた空気の流れを感じた。


 最初に見えたのは、やはり、ママ。ゼフィリーヌ第二皇妃の顔と髪だった。

 そしてその次が、マルタなのは、必然。マルタの手は、薄い香油と乳の甘さがごく微かに交わり、貴族らしいほっそりとした指先が、触れ方の加減だけで安堵の形を作る。


 もう、その頃には、『ママ』と呼びたいゼラフィナと、『ゼフィリーヌ第二皇妃』と呼びたい前世の三十代女性は、共にあるしかないのだと、諦めに似た思いで、その時々の感情に逆らわないことにしていた。

 不満と云うほどではない、ほんの少しの引っかかりではあったけど。

 だとしても、ママと思う感情は、三十代女性の心に直接揺さぶりをかけてくるかのように、いつの間にか馴染んでしまっているのだ。


 そんな、葛藤とも言えない心の有り様を抱えたまま、それまで、見えてはいたけど、ぼんやりだった視界の中で、焦点が合って、初めて見たこの世界の人間の顔は、どう言い繕っても日本人ではない顔立ちだった。

 頬骨の角度、鼻梁の影、睫毛の影の落ち方までが、教本のように整っている。


 そして、何故か、リアルな人として見えているのに、段々、漫画やアニメ風にデフォルメされた姿が重なってくる。見えているはずのリアルな人が、デフォルメの向こうで霞んでしまった。


 デフォルメ……ゲームの中で動いているキャラクター、3Dモデルと言うのが一番近いのかも知れない。


 デフォルメと言っても、等身が低いわけではない。むしろ高い。男女とも、少しだけリアルに寄せた、少女漫画のキャラクターみたいな印象。


 輪郭は滑らかに磨かれ、眼差しにはハイライトが置かれているのに、絵具の上澄みだけではない硬さ、骨格としての説得力が残っている。

 男性向け作品の女性キャラクターみたいに、躰の一部が豊満に強調されていると云うようなことはなく、けれど、リアルな人間の躰よりは理想的風。

 リアリティに寄せた風に見せているだけの、デフォルメされた姿。——その「絵柄」は、現実の空気の粒子さえ、どこかで整列させてしまう。


 だからこそ、ある意味納得した。


 もし仮に、この世界が、漫画やアニメやゲームの世界なのだとしたら、日本人が作ったモノなのだろう……と。


 スタイリッシュでいて、絶妙に可愛さに寄せて作られたかのような人。


 前世で、それなりにまんべんなく、どんなジャンルでもプレイするゲーマーだったから分かる。

 欧米のリアルでマッチョなキャラクターとは違う、女性でさえムキムキな躰付きが由とされるのとは、一線を画す……と言うよりも、正反対と言ってもいい、日本的なキャラクター造型で形作られた人。


 筋肉が自己主張していないのに、筋肉質だと分かる男性。筋肉などなさそうなのに、(たる)みも、お肉のだらしなさも皆無の女性。ある程度の歳を重ねている年配の人だって、躰にも肌にも張りがあるように見える。皮膚は絹糸で張られたみたいに光を返し、髪は色指定の名を持ち、空気ごと演出に従っている。


 まさか転生した先が、漫画か、アニメか、ゲームの世界のようだなんて、異世界転生モノで読んではいたけど、自分の身に起こるなんて、突拍子もなさ過ぎて、信じられなかった。

 でも、リアルに見える人の姿は、意識してその姿を見ていないと、まるで認識阻害の魔法でもかけられているかのように、キャラクターのような姿に置き換わってしまう。


 それ故に……と言うのは、無理があるかもしれないが、キャラクターが日本語を話しているのも、当然だと思えた。台詞の末尾が、紙の上に置かれた句読点の位置で息を継ぐ。


 ゼラフィナは、ゼフィリーヌの頬に手を伸ばし、その白い肌に、自身のぷっくりとしてピンクがかった指を当てた。まだ、器用に動かせないから、それが精一杯。

 指先の腹に、ほんのり体温が移る。香の甘さが薄く漂い、耳のすぐ下で薄絹が擦れ合う音が小さく生まれる。


 そして、近距離にあるゼフィリーヌの眸の色は、蜂蜜琥珀と言うのか、淡い金色。髪色はラベンダーベージュと呼ぶらしい。

 ゼフィリーヌが侍女と話していたときに、『殿下のラベンダーベージュの髪には、こちらの髪飾りが映えます』——そんなことを言っていた気がするので、ゼラフィナはそれで知った。

 髪飾りの台座は金、花弁は薄紫の絹。

 ゼラフィナには、色の取り合わせにまで、“絵柄”の規則が見えるような気がした。


 ゼフィリーヌの髪色は、漫画やアニメやゲームの中では、それ程珍しくはない色合いと言えるし、オタクだった自分には縁のない髪色だったけど、大学時代の友人には奇抜な髪色にしていた子もいたから、愕いたりはしなかった。


 しかし、ゼフィリーヌは、眉毛も睫毛も髪色より少しだけ濃い色の同じ色合いで、つまり、地毛がラベンダーベージュだなんて、やっぱり少し戸惑う。


 染めていた友人の眉毛や睫毛は、黒や濃い茶色で、日本人らしい色だったなと、改めて思った。


 とは言え、マルタは胡桃色の眸にアッシュブラウン……灰褐色の髪色で、その外見にはそんなに違和感はなかった。眸の周りは、笑みの名残でやわらぎ、安心の印みたいに見えていた。


 他に、ごく近い距離になるのは、パパ。ルキアヌス陛下。

 皇帝らしく整った顔立ち、アッシュシルバーの髪。眉毛や睫毛も同じ色。眸は鋼青(こうせい)色。理知的に見えるのは、銀の外環のせいだろうと思わなくもなかった。声は低く、部屋の角で柔らかく反響して、寝入りばなの耳に心地よい重みを残す。



 沐浴の時、それまでは、ぼやけて見えなかった鏡に映る自分が見えるようになったのもこの頃。

 銀の縁取りの楕円鏡は、表面に水蒸気の霞を薄く抱き、拭い取られた箇所から、白い湯気越しに赤子の頬が覗いた。


 他の人たちがそうなのだから、ゼラフィナ自身も同じように、赤子のキャラクター風の姿が重なっていた。


『可愛い!』


 自分の姿なのに、ゼラフィナは思わず、心の中でそう感嘆の声を上げていた。


 薔薇色と形容するのが、一番似つかわしいプニプニした頬。小さな薄紅の口。


 赤子なのに、彫りの深い人種をベースモデルにしてるからなのか、日本人の赤子と違い、くっきり、ハッキリしていた。


 まだ、それほど伸びていない髪は、紫がかった銀髪で、ラベンダーシルバーと言うらしい。

 父親のアッシュシルバーと、母親のラベンダーベージュが混ざると、この髪色になるのかと、ゼラフィナは感心したが、よくよく考えてみると、これが、漫画やアニメやゲームの世界での色指定なら、遺伝子などはあまり関係ないのかもしれないなと、思い直したりもした。


 それに、クリッとした大きな眸は、どちらの特徴も引いていない。

 瞳孔は黒葡萄色、それを取り巻くようにアッシュがかった薄紫。虹彩は誕生花のライラックによく似た紫で、内側が若干薄く、外に向かって濃くなっていく、一番外の外環は瞳孔とよく似た黒葡萄色。けれど、虹彩の筋は薄藤。ところどころに苔色の島影。


 ただ、光の当たり具合によって、苔色から緑が浮き上がる。


『まるで、アースアイみたい』


 その眸を取り巻く、ラベンダーシルバーの睫毛、そして小さな眉毛も、可愛さに拍車をかけている。


 睫毛の先に湯気の水滴が一つ乗り、震えてから、静かに消えた。


 現実感のない自分の姿は、ゼラフィナには、それこそ何かの登場人物、キャラクター、そう云うモノのように見えてしまっていた。

 鏡の枠の装飾——蔦と小花——すら、設定画のマージンに描かれた注釈のようだ。


 ただ、この、リアルな姿に重なるキャラクター造型……敢えてキャラクターと言うけれど、明らかに既視感があった。


 前世の三十代女性が楽しんでいたゲームやアニメには、よく似たキャラクター造型は沢山あったが、幾つかの候補は挙げられても、そのものズバリの作品名は、その時のゼラフィナには思い出せなかった。


 手掛かりと言えるのは、ゼラフィナ自身の名前、それも、名ではなく、何故か聞き覚えのある姓の方だけだったが、そこから連想ゲームのように……とは、いかないのがもどかしい。


 音の並び、綴りの雰囲気、どれも心のどこかを叩くのに、決定的な一枚のジャケットが出てこない——そんなもどかしさだけが、湯面に浮いた小さな泡のように、ぷつり、ぷつりと弾けていく。

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