表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名もなき悪役皇女その②に転生しましたが、どうやら、ゼラフィナと云う名前があったようです -- 転生皇女の公平で公正な一生 --  作者: 露無
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/24

鼓動とことば

『最初に違和感を覚えたのは、"言葉"だった』


 ゼラフィナには、生まれたときから前世の記憶があった。

 とは言え、生まれてすぐは、当然、躰は赤子なので、一日の大半を寝ているか、泣いているか、おっぱいを飲んでいるか。

 夢現(ゆめうつつ)の中で、『赤ん坊になった夢。ひどくリアルで、気持ち悪いくらい』と、ぼんやりと考えていたのを覚えている。


 夢だと思った理由は、記憶。

 三十代独身女性。会社では平凡な事務員。プライベートはそれなりのオタクでゲーマー。それら、自分に対する明確な認識が、ゼラフィナの中にはあったからだ。


 新生児らしく、まだ目がよく見えてないため、薄ぼんやりとしか分からない世界の中で、聞こえるのは、西欧風の名で呼び合いながら、日本語を話している人々の声。

 そして、どうやら自分が発してるらしい泣き声や、思い通りに動かない躰。

 自分の肉体的な状況は、夢だとしても、ここまでリアルに作り込まれるものなのかと思う反面、記憶や思考に結びついた言葉は、自分が分かる日本語なのは、ご都合主義だなと可笑しかった。


 おむつを替えられているときに、『フロイトの夢診断なら、排泄はどう云う意味付けをされてたっけ?』と、大学時代の一般教養でかじった講義内容を、ふんわりと思い浮かべた次の瞬間には、寝落ちていた。


 突拍子もない周囲の会話も、夢だと思えば納得もする。

 いい歳の女として、授乳や沐浴やおむつ替えの羞恥心も、夢なら平気だった。


 とは言え、あまりにも長い夢だとも思っていた。


 いくら夢の中では、時間感覚が狂うと思っていても、少なくとも、生まれて以降の沐浴の回数だけでも、既に十回以上、


「ライラックの皇女殿下、沐浴の準備が整いましたよ。温まりましょうね」


 優しげな声の主は、周りから「マルタさん」と呼ばれているようだった。

 マルタは、どうやら、おっぱいを飲ませてくれるから、知識としてはもっている、所謂(いわゆる)、"乳母"なのだろうと推測していた。

 なにしろ、"こうじょでんか"などと呼ばれている赤子なのだから、何故か詳細に設定が作られている夢ならば、そのような役割の人もいるんだろうな、くらいの感覚だった。


 他にも、頻繁に聞く名前は、侍女とか、側仕えとか、そう云う人たちなんだろうと推測。

 幼い声の「イングリット」と呼ばれる女の子は、配属されたばかりなのか、色々な作業の説明を受けているようだった。その説明をしているのは、落ち着いた声の「グレーテル」と云う名前の女性。同じように、指示を与えている「ハルトマン様」「執事さん」と呼ばれる男性。

 また、「騎士様」と呼ばれている人たちは、時間交代制なのか、何人かいるようで、名前も複数聞こえてきていた。


 自分自身は、"ライラックの皇女殿下"と呼ばれるが、名前らしきモノを呼ばれないので、自分も西洋風の名前なのか、それとも、本当の自分の名前……日本人の名前なのかも、分からないまま。

 そもそも、"ライラック"って何?と思っていた。

 花の名前なのは分かっているけど、何故、花の名前に(なぞら)えられてるのかが不明。


 とは言え、辻褄の合わなさは、夢だからと、夢現(ゆめうつつ)の中で納得してはいた。

 今思えば、逃避だったのかもしれない。


 八回目の沐浴を済ませて以降、おそらく日に一度、マルタに抱かれ、足音からは数人を引き連れて、別の部屋へ連れていかれていた。足音の中には金属音もあったので……と云うよりも、剣の音なんだろうと推測できたから、騎士も一緒だったと思う。

 多分、五〜六分は歩いただろう距離。

 建物の中、それも、縦移動、つまり階段を上り下りしてる感覚はなかったから、単なる平行移動で五〜六分は、かなり大きな建物。


『"皇女殿下"ってくらいだから、宮殿なんだろうな』と、初めての日はぼんやり思っていた。


 知らない男性の声で訪れを告げられ、扉の開かれる音。

 また別の誰か知らない女の人が、「お待ちしておりました」と言ったのが聞こえた。

 目は明るさぐらいしか分からなくても、耳は声の聞き分けくらいはできたのだ。

 その部屋で、"ゼフィリーヌ第二皇妃殿下"と呼ばれる女性に、自分はゆっくりと手渡され、大切に抱かれる。


「ママ!」


 反射的に、そう口にしていた。

 赤子なので、当然「ママ」と聞こえる音な訳もなく、「う」とか「あ」とかの音だったが。

 そして、秒の早さで『いやいやいや、待って待って自分! 『ママ』って何、『ママ』って?!』と、思わずセルフ突っ込みをしていた。

 少なくとも、三十年ほどの自分の記憶の中で、母親を『ママ』と呼んだことはない。『お母さん』、幼い頃は『おかあしゃん』だった筈だった。

 それでも、言葉を覚えたての、記憶にもないほど小さかった頃は『ママ』呼びをしていた可能性はあるかも知れないが、憶えていないので知らない。

 なのに、なんの前兆もなく咄嗟に出てきたのが『ママ』だと云うことに、戸惑いしかなかった。


 けれど、マルタに抱かれ、授乳されるときも安心感と幸せを感じていたが、ゼフィリーヌ第二皇妃殿下に抱かれた時は、なんとも言えない安らぎがあり、コレは自分ではなく、この赤子の反応なのだと感じる。


 ひどく優しく感じる、自分を「私の可愛い()」と呼ぶ声。

 包まれるような甘い匂いには癒やされる。

 そしてなにより、抱かれているおかげで心臓の鼓動が伝わるのだが、あまりに懐かしく安らぐ心持ち。

 躰全体で感じる鼓動は、三十代女性の感覚と、赤子の感覚の狭間で揺れている。その境界が混じり合っていくのか、いかないのか……明確な言葉で言い表せる気は……しなかった。


 けれど、それでも、『ママ』と反射的に呼び掛けたこの女性が、赤子の母親なのだろうと察していた。


 三十代独身女性としての意識とは違う、説明の付かない感覚。

 認めたくないと思いつつも、現実としての赤子の感覚。


 衝撃だった。


   ◇◇◇


 寝てるか、泣いてるか、おっぱいを飲んでいるか、色々お世話をされているか……から、少しずつ起きているけど何もしていない時間が増えてきた。


 ゼフィリーヌのおそらく私室、それも寝室に会いに行くのは続いていて、時々、どうやら父親らしい「ルキアヌス陛下」とゼフィリーヌに呼ばれる男の人も、部屋にいることがあった。

 優しい声だった。

 多分、自分はその声を知っていると感じて、おそらくは、お腹の中にいたときの記憶だろうとも思っていた。


『父親ってことは、"皇帝"ってこと……だよね? "陛下"って呼ばれてるし。なんだろう、自分には全然関係ない人って気がするのに、すごく『パパ』って思ってたりもする。なんだか、自分の頭の中がバラバラで、モヤモヤする』


 三十代女性としては、実感はない。父親のことを「パパ」なんて呼んだこともない。

 けれど、赤子としては、実感がある。「パパ」は呼び掛けとして、あまりに自然に感じる。

 乖離した二つの感覚。


 自分なのに自分ではない、だけどやはり自分自身と云う不可思議な感覚……。


 そんなことを考えている日々は、それでも容赦なく、現実の日々だった。

 無意識に手足を動かしていたり、その手が自分の顔に当たって愕いて泣いたり、明るさは分かるからそちらに顔を向けたり。

 目が覚めている時間も、少し長くなってきていたし、まだよく見えない視界以外の感覚は、これがリアルだと主張しているよう。


 三十数年生きてきて、子育てをしたこともない、新生児を間近で見たこともない自分が、こんなにも赤子の動きをトレースできることの違和感の方が大きくなってきていた。

 ゼフィリーヌに抱かれたときの、記憶に左右されない不可思議な感覚も、赤子の身体のリアルな感覚も、コレが今の自分だと、消極的に肯定するしかなくなってしまっていた。


 心の中で深く嘆息し、『これが所謂(いわゆる)、ラノベで云うところの"転生"ってモノなのかしらね?』と、受け入れる気持ち……には、やっぱり抵抗感もあり、なれはしなかった。だが、現実は見つめることにするしかなかった。


 三十代の女性としての羞恥心も、当然、ない訳ではなかったが、授乳も、沐浴も、更にはおむつ替えすら、いつの間にか、自分の日常の中の当たり前になっているのも、ある意味、現実ではあったのだ。


 バラバラでモヤモヤする何かは、うまく適応することができないと思っていたけれど、徐々に混じり合っていくようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ