鼓動とことば
『最初に違和感を覚えたのは、"言葉"だった』
ゼラフィナには、生まれたときから前世の記憶があった。
とは言え、生まれてすぐは、当然、躰は赤子なので、一日の大半を寝ているか、泣いているか、おっぱいを飲んでいるか。
夢現の中で、『赤ん坊になった夢。ひどくリアルで、気持ち悪いくらい』と、ぼんやりと考えていたのを覚えている。
夢だと思った理由は、記憶。
三十代独身女性。会社では平凡な事務員。プライベートはそれなりのオタクでゲーマー。それら、自分に対する明確な認識が、ゼラフィナの中にはあったからだ。
新生児らしく、まだ目がよく見えてないため、薄ぼんやりとしか分からない世界の中で、聞こえるのは、西欧風の名で呼び合いながら、日本語を話している人々の声。
そして、どうやら自分が発してるらしい泣き声や、思い通りに動かない躰。
自分の肉体的な状況は、夢だとしても、ここまでリアルに作り込まれるものなのかと思う反面、記憶や思考に結びついた言葉は、自分が分かる日本語なのは、ご都合主義だなと可笑しかった。
おむつを替えられているときに、『フロイトの夢診断なら、排泄はどう云う意味付けをされてたっけ?』と、大学時代の一般教養でかじった講義内容を、ふんわりと思い浮かべた次の瞬間には、寝落ちていた。
突拍子もない周囲の会話も、夢だと思えば納得もする。
いい歳の女として、授乳や沐浴やおむつ替えの羞恥心も、夢なら平気だった。
とは言え、あまりにも長い夢だとも思っていた。
いくら夢の中では、時間感覚が狂うと思っていても、少なくとも、生まれて以降の沐浴の回数だけでも、既に十回以上、
「ライラックの皇女殿下、沐浴の準備が整いましたよ。温まりましょうね」
優しげな声の主は、周りから「マルタさん」と呼ばれているようだった。
マルタは、どうやら、おっぱいを飲ませてくれるから、知識としてはもっている、所謂、"乳母"なのだろうと推測していた。
なにしろ、"こうじょでんか"などと呼ばれている赤子なのだから、何故か詳細に設定が作られている夢ならば、そのような役割の人もいるんだろうな、くらいの感覚だった。
他にも、頻繁に聞く名前は、侍女とか、側仕えとか、そう云う人たちなんだろうと推測。
幼い声の「イングリット」と呼ばれる女の子は、配属されたばかりなのか、色々な作業の説明を受けているようだった。その説明をしているのは、落ち着いた声の「グレーテル」と云う名前の女性。同じように、指示を与えている「ハルトマン様」「執事さん」と呼ばれる男性。
また、「騎士様」と呼ばれている人たちは、時間交代制なのか、何人かいるようで、名前も複数聞こえてきていた。
自分自身は、"ライラックの皇女殿下"と呼ばれるが、名前らしきモノを呼ばれないので、自分も西洋風の名前なのか、それとも、本当の自分の名前……日本人の名前なのかも、分からないまま。
そもそも、"ライラック"って何?と思っていた。
花の名前なのは分かっているけど、何故、花の名前に準えられてるのかが不明。
とは言え、辻褄の合わなさは、夢だからと、夢現の中で納得してはいた。
今思えば、逃避だったのかもしれない。
八回目の沐浴を済ませて以降、おそらく日に一度、マルタに抱かれ、足音からは数人を引き連れて、別の部屋へ連れていかれていた。足音の中には金属音もあったので……と云うよりも、剣の音なんだろうと推測できたから、騎士も一緒だったと思う。
多分、五〜六分は歩いただろう距離。
建物の中、それも、縦移動、つまり階段を上り下りしてる感覚はなかったから、単なる平行移動で五〜六分は、かなり大きな建物。
『"皇女殿下"ってくらいだから、宮殿なんだろうな』と、初めての日はぼんやり思っていた。
知らない男性の声で訪れを告げられ、扉の開かれる音。
また別の誰か知らない女の人が、「お待ちしておりました」と言ったのが聞こえた。
目は明るさぐらいしか分からなくても、耳は声の聞き分けくらいはできたのだ。
その部屋で、"ゼフィリーヌ第二皇妃殿下"と呼ばれる女性に、自分はゆっくりと手渡され、大切に抱かれる。
「ママ!」
反射的に、そう口にしていた。
赤子なので、当然「ママ」と聞こえる音な訳もなく、「う」とか「あ」とかの音だったが。
そして、秒の早さで『いやいやいや、待って待って自分! 『ママ』って何、『ママ』って?!』と、思わずセルフ突っ込みをしていた。
少なくとも、三十年ほどの自分の記憶の中で、母親を『ママ』と呼んだことはない。『お母さん』、幼い頃は『おかあしゃん』だった筈だった。
それでも、言葉を覚えたての、記憶にもないほど小さかった頃は『ママ』呼びをしていた可能性はあるかも知れないが、憶えていないので知らない。
なのに、なんの前兆もなく咄嗟に出てきたのが『ママ』だと云うことに、戸惑いしかなかった。
けれど、マルタに抱かれ、授乳されるときも安心感と幸せを感じていたが、ゼフィリーヌ第二皇妃殿下に抱かれた時は、なんとも言えない安らぎがあり、コレは自分ではなく、この赤子の反応なのだと感じる。
ひどく優しく感じる、自分を「私の可愛い娘」と呼ぶ声。
包まれるような甘い匂いには癒やされる。
そしてなにより、抱かれているおかげで心臓の鼓動が伝わるのだが、あまりに懐かしく安らぐ心持ち。
躰全体で感じる鼓動は、三十代女性の感覚と、赤子の感覚の狭間で揺れている。その境界が混じり合っていくのか、いかないのか……明確な言葉で言い表せる気は……しなかった。
けれど、それでも、『ママ』と反射的に呼び掛けたこの女性が、赤子の母親なのだろうと察していた。
三十代独身女性としての意識とは違う、説明の付かない感覚。
認めたくないと思いつつも、現実としての赤子の感覚。
衝撃だった。
◇◇◇
寝てるか、泣いてるか、おっぱいを飲んでいるか、色々お世話をされているか……から、少しずつ起きているけど何もしていない時間が増えてきた。
ゼフィリーヌのおそらく私室、それも寝室に会いに行くのは続いていて、時々、どうやら父親らしい「ルキアヌス陛下」とゼフィリーヌに呼ばれる男の人も、部屋にいることがあった。
優しい声だった。
多分、自分はその声を知っていると感じて、おそらくは、お腹の中にいたときの記憶だろうとも思っていた。
『父親ってことは、"皇帝"ってこと……だよね? "陛下"って呼ばれてるし。なんだろう、自分には全然関係ない人って気がするのに、すごく『パパ』って思ってたりもする。なんだか、自分の頭の中がバラバラで、モヤモヤする』
三十代女性としては、実感はない。父親のことを「パパ」なんて呼んだこともない。
けれど、赤子としては、実感がある。「パパ」は呼び掛けとして、あまりに自然に感じる。
乖離した二つの感覚。
自分なのに自分ではない、だけどやはり自分自身と云う不可思議な感覚……。
そんなことを考えている日々は、それでも容赦なく、現実の日々だった。
無意識に手足を動かしていたり、その手が自分の顔に当たって愕いて泣いたり、明るさは分かるからそちらに顔を向けたり。
目が覚めている時間も、少し長くなってきていたし、まだよく見えない視界以外の感覚は、これがリアルだと主張しているよう。
三十数年生きてきて、子育てをしたこともない、新生児を間近で見たこともない自分が、こんなにも赤子の動きをトレースできることの違和感の方が大きくなってきていた。
ゼフィリーヌに抱かれたときの、記憶に左右されない不可思議な感覚も、赤子の身体のリアルな感覚も、コレが今の自分だと、消極的に肯定するしかなくなってしまっていた。
心の中で深く嘆息し、『これが所謂、ラノベで云うところの"転生"ってモノなのかしらね?』と、受け入れる気持ち……には、やっぱり抵抗感もあり、なれはしなかった。だが、現実は見つめることにするしかなかった。
三十代の女性としての羞恥心も、当然、ない訳ではなかったが、授乳も、沐浴も、更にはおむつ替えすら、いつの間にか、自分の日常の中の当たり前になっているのも、ある意味、現実ではあったのだ。
バラバラでモヤモヤする何かは、うまく適応することができないと思っていたけれど、徐々に混じり合っていくようだった。




