第1話:貼り紙と瞬殺の謎
1. 転生後の初勝利と食堂の貼り紙
カイルは目を覚ました瞬間、異世界の空気が肺に流れ込むのを感じた。転生者としての初クエスト――「ゴブリンの群れを退治せよ」を無事にクリアし、報酬の金貨を握りしめ、町の中心にある食堂「鉄の胃袋亭」に足を踏み入れた。
「ふぅ、まずは腹ごしらえだ! 転生者たるもの、豪快に飲んで食べてやるぜ!」
カイルは意気揚々と店内を見渡す。木のテーブルには冒険者たちが肩を並べ、ビールのジョッキを掲げて妙に静かに飲んでいる。壁には獣の角や古びた剣が飾られ、店の雰囲気を盛り上げていた。しかし、カイルの視線はカウンターの上の貼り紙に釘付けになった。
『しゃべるな 殺すぞ』
「は? 何だこの物騒な貼り紙!?」
カイルは思わず笑いそうになった。この世界の食堂って、こんな冗談が流行るのか? それとも店主がただの変わり者? いずれにせよ、転生者として「客は神様」精神を叩き込んでやるぜ、とカイルはニヤリと笑った。
「オイ、店主! 牛ステーキとエール一 pint! それとよ、あの貼り紙、ちょっと傲慢すぎねえか? 客商売なら笑顔でサービスしろよな!」
カイルの声は店内に響き、冒険者たちが一瞬止まった。皆が一斉にカイルをちらりと見て、すぐに目を逸らす。妙な緊張感が漂った。
カウンターの奥から、店主らしき男が姿を現した。背が高く、肩幅が広く、顔には無数の傷跡。目はまるで獲物を値踏みする狼のようだ。男は無言でカイルを見据え、ゆっくりとカウンターに肘をついた。
「傲慢、だと?」
店主の声は低く、まるで地響きのように響いた。カイルは一瞬たじろいだが、転生者としての自信が彼を突き動かした。
「そうだよ! 客に『殺すぞ』なんて、冗談でもダメだろ! 俺は今日、ゴブリンを10匹もぶっ倒してきた英雄だぞ。もっと丁重に扱えよな!」
次の瞬間、カイルの視界が真っ白になった。
2. 女神の前で二度目の死
「ん……? ここ、どこだ?」
カイルが目を開けると、そこは見覚えのある空間だった。星屑が漂う無限の闇、そして目の前には優雅に微笑む白銀の髪の女神が浮かんでいた。
「やあ、カイル。また会ったね」
女神の声は軽やかで、どこか楽しげだった。
「え? 女神様? ってことは……俺、また死んだ!?」
カイルは慌てて自分の体を確かめる。傷一つない。だが、確かにさっきまで食堂にいたはずだ。
「うん、店主に瞬殺されましたね」
女神はクスクスと笑いながら、宙に浮かぶ水晶玉に手を翳した。そこには、カイルが店主に一言放った直後、店主の指が軽く動いた瞬間、カイルが地面に崩れ落ちる映像が映し出された。
「え、なにこれ!? どうやって!? 剣も魔法も使ってないのに!?」
カイルは目を丸くして叫んだ。店主の動きはあまりにも速く、映像でも何が起こったか分からない。
「ふふ、彼はね、この世界でも指折りの強者なの。あなた、運が悪かったわね。あの食堂『鉄の胃袋亭』の店主、ガルドに喧嘩を売っちゃったんだから」
「ガルド? ただの食堂の店主だろ!?」
女神は首を振って微笑んだ。
「ただの店主じゃないわ。ガルドはかつて魔王軍の襲撃を1人で退けた伝説の戦士。引退して食堂を開いたけど、彼のルールは絶対。『しゃべるな 殺すぞ』は、彼の過去を知る者なら誰もが守る鉄の掟なのよ」
カイルは絶句した。転生初日に、ただの食堂でそんな化け物に絡んでしまったなんて。
「でも、ご安心を。あなたは転生者なので何度でも生き返れるから、こうやってここに来たの。さあ、もう一度町に戻って、頑張ってね!」
女神が手を振ると、カイルの体は再び光に包まれた。
3. 再挑戦と町の噂
カイルが目を覚ましたのは、町の広場だった。噴水の水音と、行き交う人々の喧騒が耳に届く。まだ正午前で、太陽が高く輝いている。
「くそっ、なんてこった……あの店主、ただ者じゃねえってことか」
カイルは頭をかきながら、町の様子を観察した。石畳の通りには露店が並び、冒険者や商人、子供たちが忙しなく動き回っている。だが、カイルの頭はあの店主――ガルドのことしか考えられなかった。
「あの貼り紙、なんだったんだよ……本当に殺しやがって……
カイルは食堂に戻るべきか迷ったが、まずは情報収集が必要だと考え、広場の酒場へ向かった。
酒場「月影の休息所」は、昼間でも冒険者たちで賑わっていた。カイルはカウンターでエールを注文し、隣に座る髭面の剣士に話しかけた。
「なあ、鉄の胃袋亭の店主って、どんな奴なんだ? なんか貼り紙が物騒でさ」
剣士はエールを吹きそうになり、慌てて飲み込んだ。
「お前、ガルドさんに絡んだのか!? 生きてるのが奇跡だぞ!」
剣士は声を潜め、周囲を気にした。
「ガルドさんはな、20年前に魔王の軍勢をたった一人で壊滅させた英雄だ。剣も魔法も使わず、素手でな。今は静かに暮らしたいって食堂を開いたけど、あの貼り紙は本気だ。無駄口を叩く奴は、即座に『あの世行き』だぞ」
カイルは背筋が冷たくなった。転生特典の復活がなければ、今頃本当に死んでいたのだ。
「でも、なんでそんな強者が食堂なんかやってるんだ?」
剣士は肩をすくめた。
「さあな。噂じゃ、戦いに疲れたとか、料理が好きだからとか。とにかく、ガルドさんに逆らう奴は町にいねえよ」
4. 再び食堂へ
カイルは決意を固めた。
「ただの店主にビビってられるか。俺は転生者だ。魔王を倒す運命の男なんだぞ!」
再び「鉄の胃袋亭」の扉をくぐる。店内は先ほどと同じく静かだ。カイルが現れると、客たちの視線が一斉に集まった。
「よ、店主! さっきは悪かったな。けど、俺もただの客じゃねえ。ちゃんと話せば分かるだろ? ステーキとエール、頼むぜ!」
カイルは慎重に言葉を選んだつもりだった。だが、ガルドがカウンターから顔を上げた瞬間、その目が再びカイルを射抜いた。
「お前、さっきの奴だな。生きてるってことは、転生者だな』
ガルドの声には、どこか楽しげな響きがあった。
「まあ、せっかく復活したんだ。今回は殺さねえ。だが、ルールは守れ。無駄口は禁止だ」
カイルはゴクリと唾を飲み込んだ。
「分かったよ……じゃあ、静かに食うから、ステーキを」
ガルドは無言で頷き、厨房へ消えた。カイルはほっと息をつき、テーブルに座った。
5. バトルの始まり
ステーキが運ばれてきた。香ばしい匂いと、ジューシーな肉汁がカイルの空腹を刺激する。だが、ガルドが皿を置いた瞬間、低い声でこう言った。
「明日、店の裏で待ってる。準備してこい」
カイルは目を丸くした。
「は? 何だよそれ!?」
ガルドはニヤリと笑い、カウンターに戻った。
カイルはステーキを頬張りながら思った。
「魔王退治より先に、こいつとのバトルっぽいな…転生者としての俺の試練、始まったな!」
町の喧騒の中、カイルの新たな戦いが幕を開けた。




