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憑きづきし  作者: 金子よしふみ
第五章
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幽体

 あおゆきの薙ぎ払う剣をことごとくかわす、羽多の肉体を飛び出した幽体はゆらゆらと施設の天井を漂う。

「あおゆきさん」

「思ったより手こずる」

 不安げな志喜に

「大丈夫。それでも私がなんとかする」

「あれはそんなに強いの?」

「いや、念の集積の上に、彼女から出た想念の影響で手強いというより自在に動けるようになっている。あの面の残留情念と、集まった邪気はあれを動かす、いわばエンジンになっているようだ」

「だとしたら、そのエンジンを使いきるまで泳がせるのは?」

「どこまでが尽きなのかが分からんから、こちらが先に消耗するかもしれん」

「攻撃あるのみってわけか」

 言っている矢先に、幽体からの反撃。天井から飛来してくる。

「都筑君、避けて」

 あおゆきから言われ、とっさに身を横に飛ばすものの、その飛来スピードが速く、わずかに腕が触れ、それだけで倒されてしまった。しかも、手首にしていた茅のミサンガは、切られ、香袋もかっさらわれてしまった。

「都筑君」

 あおゆきに心配かけまいと、志喜はすぐに立ち上がった。が、強烈なめまいが襲ってきた。前に倒れ込み、両手で身体を支え、四つ這いになった。

「都筑君!」

 ――なんだ? この身が凍ってしまうような感じは……

 感覚とはうらはらに脂汗が額に滲んでいる。

 志喜の背に、あおゆきは思わず手をかける。

 そこに流れ込んできた想念があった。

 ――都筑君、そんな子と仲良くしないで

 羽多優の声だった。

 あおゆきは幽体を見追った。天井で再び旋回している。

 それから地に伏したままの羽多を見た。チコと茅野が傍らで術を執り行っている。

「ゴミシンケ、早く何とかならんか? その子が安定すれば、あやつの動きも鈍くなるだろうに」

「なんとかって、そうなるように今してんだろうが」

 茅野の前には幽体が出た後の、羽多優の肉体があった。血の気の失せた顔面は蒼白になっている。これ以上の負の想念による肉体の損傷を回避することと、生霊化するまでになった精神の安定化をせねばならなかった。

「大丈夫。この子の精神や魂が傷ついているわけではないみたい」

 チコにも診たてを頼んだ。自信がない訳ではなかったが、チコのこれまでの処方を目の当たりにして来ている茅野にとっては、この小さい妖怪の言うことにも聞く耳を持つに値するものだった。

「よし、じゃあ、始めるぞ」

 茅野の声にチコは首肯する。

「おい、お前が調伏したら、こいつの精神も傷つくんじゃなかろうな?」

 でかい声を張り上げて、今度はあおゆきに問う。

「貴様は聞こえんかったのか。私がそんなヘマなことをすることはあるまい。その人間を傷つけることはせん」

「絶対」

「何だ?」

「絶対、上手くやれよ……」

 ――そして、キセツを守ってやってくれ

 その茅野の声に出さない、口の動きにあおゆきは、少し笑んで、

「言われるまでもない」

 と答えた。

 胸のつかえが取り去られたかの表情になり、茅野は注連縄を取出し、羽多の身体一周するように取り巻いた。

「ちびっこ」

「ちっちゃくないよ!」

 地団太を踏むチコを完全スルーしたまま、茅野は

「私ができるのは、この子に障っている霊を清めること。だから、お前にはこの子の身体の安定を頼みたい。時間をかけて順番になら私にもできんことはないが、今は非常時だ。同時に行いたい。できるか?」

 手順を確認する。

「もちろん!」

「いいお返事だ」

 チコの元気のいい返事に対して、まるで幼稚園児のような扱いをする。

 チコと茅野が、羽多の身体を挟んで向かい合いに座る。

 チコは早速両の掌を羽多の胸にかざす。そして、文言を唱え始めた。

 茅野は九字を宙に切り、両手で印を幾つか組んだ後、祝詞をあげてから、読経を始めた。

 二人による羽多回復術が始まった。


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