巨大なキツネ
施設の脇にある林の中を駆ける。数十メートル走ると開けたところに出た。あおゆきの背中があった。すでに真紅のマントを翻し、戦闘フォームになっている。
「ちょ、あおゆきさん」
「来てしまいましたか」
あおゆきが対峙しているもの。四足で構える生物。顔かたち、色はキツネのようだが、サイズが五回りほど大きかった。目が光っている。しかも尻尾が二つに分かれていた。
チコが落っこちないように、一度抱え直した。
「キツネ……?」
「そのようです」
「いや、でもキツネは」
この島にはキツネはいないと、小清水が言っていたことを思い出した。しかし、現前にはいるわけで、その話しとの矛盾が焦燥感をかき立てる。そこへ茅野と小清水が駆け付けた。
「あれ、ふじ?」
キツネの名を確認するように言ったのは小清水だった。
「知ってるのか? 暁」
「ああ、志喜たちの街からもそう遠くない山にいるあやかしさ」
その声にふじと呼ばれたあやかしは
「そうか、あいつの孫か。確か暁とか言った」
と答える。ここは見知っている者同士に会話を預けるしかない。
「どうやって、来たんだ?」
「憑いて来た。我はそなたと違うからな。自由に海が渡れん」
「皮肉にも聞こえるけど」
「そうならば、そうなのだろう」
「憑いたって誰に?」
「そなたらのよく知っている人物だ」
「まさかとは思うんだけど」
ふじの話しを受けて、小清水は志喜に視線を送る。「ふじが誰に憑いて来たのか、君も勘付いただろ」という意を込めて。
「え? まさか……」
「我が憑いておったのは、あの娘に危害が加わらんようにするため。しかし、あの娘は敏感なようで島の各所の怨恨を吸収しておる。今日歩んだ道程にもおった霊に忍び込まれたようでな。しかもこの館にもいわくありなものがあるようでな、我は入っておられなかった。早くあの娘に事が起こる前になんとかしてやってくれ。我がどうにかできればいいのだが、妖力が弱くなってしまっておってな。我もどうやら邪気に当てられたようだ。間もなく正気を失い、厄介をかけるであろう。そうしたら、我を清めて欲しい。場合によっては消滅させてくれてかまわん」
ふじの言葉が終わるのが早いか、
「シキ、あの子が……」
チコの言葉が終わらない間に、志喜は
「優タン!」
と一声出し、チコを抱えたまま取って返して館内へ向かった。
「おい、キセツ。待て!」
茅野は志喜の背中を追い駆けた。
自身が言った通り、禍々しい雰囲気を醸し出していくふじに
「さて、それならば私が……」
あおゆきが腰元の柄に手をかけて歩み出そうとする。しかし、
「オオカミ、ここはボクが何とかする。同じキツネの関係者同士、やらねばならないようだしね」
そう言って小清水が制した。
「了解した、と言っていいのか」
「もちろん。志喜を頼んだよ、あおゆき」
「言われるまでもない、暁」
柄から手を離し、そこから一瞬にしてあおゆきは姿を消した。
「さて、とは言ったものの、どうすっかな」
小清水には作戦を練っている場合ではなかったようだ。しかし、思案の場合ではなかった。ふじが彼女に向かって突進して来ていた。




