理由
そうして話したのは、何年も前の話しだった。
あおゆきが小さい頃、山に住んでいてふと人里に下りて畑の脇を通っている時、トラバサミにかかってしまった。獣の姿でいたので右前脚を挟まれてしまったのだ。当時は動物たちが田畑を荒らすということで、農民たちの怒りや苛立ちがピークになっていた。時折しも天候不順で作付が悪かったと言うのもそういう気持ちを助長した。
そんな状況にあって、見ず知らずの人が怪我を治してくれた。誰に治してもらったのかは、痛みで忘れてしまった。が、傷はすぐに治った。しかし、時流がそうだったため、人の動物に対する念が傷跡に紋様として残り、呪詛的な働きをしていた。その念の強さのせいで、右手で剣を持つことができなくなってしまった。
「長年、左手で剣を扱って来たので、もうすっかり慣れてしまったけれどね。それに戦場で左利きで剣を持つ者は少ないから、それが有利になる場合も少なくないのだ」
そう言って腕まくりをした。その腕にはうっすらと三つ巴の紋が浮かんでいた。
「それが紋様?」
「いや、違う。もっと禍々しい形だったのだが、どういうことだ?」
「それならね、たぶん。シキのおかげだと思う」
「は? 僕は何もしてないよ」
「あおゆきがオオカミになってシキに覆いかぶさった時、シキが自分の血の付いた手で、あおゆきの右腕に触れたんだよ。それが今までの呪詛的な効果を失くさせたみたい。試しに剣、右手で持ったごらんよ」
あおゆきは戦闘フォームにチェンジする。左手で抜刀した後、右手にも持ち直す。それは恐る恐るであった。
「持てる……持てるぞ、都筑君、持てるんだ」
うれしそうだ。
「おい、オオカミ。それは誰の何のおかげで持てているんだ?」
茅野の鋭い指摘に、あおゆきはしょんぼりとして戦闘フォームを解除する。
「茅野、言い過ぎだ。あおゆきさん。いいんだよ。君の役に立てたのなら」




