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憑きづきし  作者: 金子よしふみ
第四章

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素性を尋ねる

「さて、じっくりと話しましょうか」

 志喜、チコ、あおゆき、茅野、そして小清水は小学校からほどなくにある公園の東屋にいた。そこはテニスコートが二面と、屋根のあるイベント用ステージと観客席が設けられている広い敷地の脇にあった。自動販売機で温かい飲み物を揃えた。

 志喜の言い出しは小清水に向けられていた。無理はない。彼女はチコがお使いであることも知っていた。「祖父が」とも言っていた。ということは彼女がどういうものであるか知らないのは志喜や茅野であった。そのはずだった。はず、というのはチコはあくまでお使いをしただけなので、小清水の素性を詳細に知ってはおらず、あおゆきは

「私の使命は姫様の護衛ですので」

 と答える始末。というわけで、小清水に自己紹介をしてもらうしかなかった。

「ボクはキツネと人間のクォーターさ」

 それが簡潔にまとまった小清水の返答であった。

「クォーター? キツネと? 何で? いや、あやかしでないなら何でこのこと?」

 茅野には疑問満載であり、言葉にはしないものの志喜も同様であった。

「この島にキツネがいないって聞いたことない?」

 小清水は面倒そうに聞いた。二人は首を横に振る。

「ったくそこからか……」

 と言って、一つの話しを語り出した。

 昔、島にいたムジナの中で、日本各地をことあるごとに旅する者がいた。

 ある時、本州から帰郷の船に乗り込もうとしていると、一匹のキツネに会った。

 キツネは同行して島を見たいと言った。聞けば島には妖術の鍛錬になる場所がたくさんあるとか。そこで学び、妖力を高めたいとそのキツネは思っていたのだ。ムジナは首肯して船にともに乗り込んだ。航行の途中でキツネは船に酔ってしまって、そうしたらムジナがキツネに変身するように言った。ここから島へまで堪えるよりも、本州へ戻った方が早い。藁の草履になれば、漂えるし、泳ぐのが楽だろうし、上手くいけば、物珍しいと思った漁師が拾ってくれるかもしれないと。キツネは船酔いをどうしても堪えきれず、そうすることにしたが、ぜひとも島へ行きたいとムジナに言った。すると、ムジナは

「五百年経てば、その頃にはもう船は人の手によって改められているだろう。そしたら来るとよい。そなたが堪えられないほどの船酔いを催す前に着くだろうからな。だから五百年後のこの日島に来るとよい。案内しよう」

 と言った。そして、キツネは化けて海に飛び込み、すぐに漁師に拾われて本州に戻った。

「それが島にキツネがいない理由だ」

 それは志喜にも茅野にも初耳であった。何度も島に足を運んでいたにもかかわらずだ。

「だろうね。この手の話しは改変され民話になって伝えられる。実際、民話ではムジナが草履に化けたキツネを海に投げ捨てたとか、大名行列の前で化け比べをして、だまして侍に切られたとかになっているし」

「それでその日が今日なわけだ。え? てことは、君は五百歳超えてるってこと?」

「そんなわけないだろ、その子と祖父と言ったろ。私のじい様なんだ。去年亡くなってな。それでボクが代役ってわけさ。そういう意味ではその子と同じだな」

「それでなぜクォーターとかって話になるの?」

「君たち、島の人間じゃないだろ? なら分かるはずだ。本州の都市化の景観を。五百年前でさえ、『妖力が』何て言ってたくらいだ。それが明治維新や産業革命、そして経済成長でどんどん山も川も削られていった。妖怪の居場所の喪失さ。妖力もね。けれども種の保存はこの地球上にいる生命にとっては共通なこと。だから、その都市化の中でキツネという種を残すために選んだ方法の一つが、人間に化けて人間と婚姻を結び、子を宿し、子孫を残すことだったってわけ。だから、ボクは彼女らみたいに動物耳が生えたりもしないし、変身もできない。ただ身体能力がずば抜けている。特に戦いみたいな場で集中した時にはね。けれど、その能力は妖怪であれば普通だけど、人間の身体には負荷になる。だからはっちゃけすぎると、さっきみたいに倒れたりするんだけどね。そっちの人はハンパなく強いからたったあれだけでへばっちゃったし」

 あおゆきとの一戦後、ふらついた理由は体力の消耗であり、それもチコの術によってジャケットの修繕と同じときに、回復させたということだった。

 小清水の話を聞いて、志喜は来島した初日のことを思い出していた。一年ぶりの島の様子。更地に建つ全国チェーン店・フランチャイズ店。島にも都市化が訪れている。もしかしたら、チコやあおゆきの耳が、人間の姿になってもあるのは、そうした妖力云々が関連しているのではないかと推し量った。それを思うと、小清水の言葉がずっしりと感じられた。が、そのことを掘り下げるのは今ではない気がした。だから、

「チコ、おじいさんから託された手紙……葉っぱにはなんて書いてあったんだ?」

 志喜は今回の業務の内容に話題を向けた。

「私は見ません。おじい様と先方様とのやりとりですから」

「確かに」

 チコの言うことも、もっともである。

「ああ、それなら。『私も老齢な身故に参上することができない。代わりに孫を遣わす。事情は聞き及んでおる。まことに持って残念至極である。もしよければ、島を巡られよ。必要であれば、孫とともにいる諸氏に言ってみるとよい』とあったよ」

「いや、そんな丸投げされても」

「で、そのお供の者を見たら人間二人と、ボクには分からないナニガシかさんがいたわけ」

「あやかしの末裔なら、あやかしだと分かるのでは?」

 小清水と志喜の会話に、茅野はゴミシンケらしい疑問を抱く。

「都市に住んでて、しかもクォーターのボクにはそれくらいしか分からないわけさ。そしてちらと見たら、それがね」

 あおゆきの首元を指さす。小石を下げた首輪の紐が見え隠れする。

「気になったものでね。それで使わせてもらったってわけ」

 取り出したのはあの手裏剣だった。

「竹でできてるんだ。竹は霊力の高い植物でね。清めに使えるんだ。何を相手にしてるか分からなかったから、試さしてもらったってわけ。そしたら、ボクもビックリさ。まさかオオカミだなんてね」

 軽妙な小清水に

「笑い事ではない。ここでやはり……」

 戦闘フォームになろうとするあおゆきを志喜は留める。

「それにしても君は変わった奴だな。ムジナが憑くのを許可してるなんて」

「だろ。あんたからも言ってやってくれよ」

 同意を得られた、ここぞとばかりに茅野が嘆いた風にして聞かせた。

「そうだな。人間には負荷だよ、それは。それに……」

「いいんだよ。チコが僕に憑いたから今こうしてみんなと話ができているんだから」

「怪我をしてもか?」

 小清水の言葉に、あおゆきの顔が曇る。

「もちろんさ。普通に過ごしていても怪我はするし、痛いことはあるし、嫌なことはあるし、苦しいこともある。だから、チコがいるから僕の体調が悪くなるとか、あおゆきさんがオオカミになってしまうとあっても、僕はそれが妖怪だからっていう風に言いたくはない」

 あおゆきの顔が明るくなった。しかし彼女は同時に思った。それを慰めに、労いに、自己弁護にしてはいけないと。志喜の良心がそう言ってくれているのだと。自分が我を忘れて彼に牙を立てたことに変わりはないのだと。

「何となく、その子の祖父様が言いたいことが分かった気がする。そして、そっちの人が選ばれた理由もね」

 小清水の視線があおゆきに向かった。

「理由? それは私の攻撃性が……」

「それもあるだろうけど、多分私に会うから、私に伝えようとしたことがあったんだろう。そのメッセージはまだ分からないけれどね」

「貴様の発言は要領を得ないな」

 釈然としないあおゆきの気を逸らすように、志喜が別の話題に変えた。

「その髪って」

「そうキツネの名残。そしてそっちの人と戦った時みたいに興奮状態になると目の色も変わる」

「それ、けっこう周りからやっかみ、言われるでしょ」

 赤色の髪の茅野にはそれが痛いほどに分かった。

「そりゃね。けど染めたりしない。クォーターとはいえ、ボクもキツネの末裔だからね。だから、ボクはその誇りを捨てない。たとえ、都市の中でも妖怪がその姿で暮らせないとしてもボクの中に流れる血まで、そしてボクのこの思いは自由さ」

 その言葉の中に、彼女が言った誇り、プライドの他に都市で生きると言うあがきのようなものが含まれていた。

 各々が飲み物に口を付けると流れる沈黙。それを消したのは再びな志喜の話題転換だった。

「この際だから今まで聞きそびれていたことがあるんだけど。まるっきり話が変わってもいいかな。あおゆきさんてなんで右腰に刀差してるの? お侍さんて左に刀差してるってのを時代劇とかで見たことあるんだけど」

「これには理由があります」


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