山頂の社にて
山頂の社は無人だった。とはいえ、御守りやお札の各種がお賽銭箱のすぐ後ろの三方に並べられていた。
拝殿の中に入り、あおゆきのマントの上に志喜は横にされた。チコによる治療が始まった。志喜の傷口に手をかざし、文言を唱え続けた。出血が止まり、見る見ると傷口が塞がれていく。
その様子を一歩下がったところで、あおゆきと茅野が見ていた。
「私は……最低だ」
臍を噛むように声を絞り出すあおゆきに、
「ちょっといいか」
茅野は拝殿からあおゆきを連れ出した。
拝殿前の二人に満月がスポットライトを当てる。
「普通は大丈夫なんだろ?」
夜の天空を指さして茅野が訊きたいことは、あおゆきには十分察せられていた。
「ああ、これがあるからな」
服に忍ばせていた黒い小石を首元から現す。黒曜石だという。
「まさか、オオカミとは」
「都筑君に言えるわけがないだろ。自分がオオカミだなんて」
「妖怪のな。ま、それはもうこの際どっちでもいいんだけどな、いや、これは私がじゃなくてキセツがそう言うと思ってな」
「良いことはない」
「満月でオオカミになるってのを、実際に目撃するとはな」
「あの姿は野生そのものなのだ。私が姫様の護衛をしているのは、この攻撃性がある故だ。見境もなくな。けれど、人間の姿になるということは、理智的に叡智を保持した状態でいられるということ。剣を振るったとしてもな。あやかしと言えども、生きる工夫をしなければならんのだ。人と同じようにな」
「その石はパワーストーンてことか。石が野性的妖力の制御で、それがなくなれば、野性的妖力が解放され、誰からかまわずボコるってわけか」
「なんだかんだ言ってもゴミシンケだな。理解が早い。口は悪いがな」
「ま、それは性分だからな」
「それなのに……」
「あ?」
「それなのに、どうして私を責めない?」
「何言ってんだ、お前?」
「私は都筑君を傷つけた。姫様を寛容に受け入れてくれた人をだ。貴様だって私たちあやかしを目の敵にしているのであろう。今こそ私を撃つこともできるのだぞ」
「さすがはキセツが見込んだってとこか……」
「何を……」
「堅物だって言ってんだよ。キセツ見てりゃ分かるだろ。あんな優男の性格の一つだ。自分の意見を、じゃない、意思を曲げない」
「なぜ、今そんなこと」
「お前もそうだって言ってんだよ。堅物オオカミ」
「……」
「ゴミシンケの私は、祓うものは祓う。けれど、茅野ほのか個人は違う。あー、違うな。キセツのバカに感化された茅野ほのかは違うだな」
「だから、何を……」
「憎めないからに決まってるじゃんかよ」
そう言って、茅野は一つのエピソードをあおゆきに話した。




