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憑きづきし  作者: 金子よしふみ
第四章
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元に戻る

 ――あおゆきさん

 志喜は、利き手を上げようとした。氷塊になったようで指先さえも動かすことができなかった。痙攣する左手を自身の右肩に噛み付いているオオカミに伸ばした。無意識の動作ではなく、神経に志喜自身が宿り持ち上げているようだった。不確かな手つきながらも、オオカミの身体をなぞってから、それから頭を撫でた。

「怖くない……大丈夫、大丈夫だよ、あおゆきさん」

 オオカミの動きが止まった。オオカミが後退をする。わずかに距離が生まれ、オオカミが頭を下げた。

「よ、良かった。も、元に戻ったんだね、あおゆきさん」

 言って志喜は柔和なまま意識を失った。

 茅野は大人しくなったオオカミの身体を、コートの懐から取り出した注連縄で縛った。

「シキ!」

 チコは傷口を診る。

「どうだ? 妖怪がしでかしたことなら、そちらで応急処置ぐらいはできるんじゃないか?」

「そうだね。早く手当てしないと。あの社に行けないかな?」

 茅野の問いに、チコは小山の山頂の建物を見た。

「私には無理だな。あいつならできるだろう? どうしたら元に戻るんだ?」

 あおゆきの跳躍力をもってすれば、あっという間に行けるのだろうが、その彼女が変容してしまっている。

「さっきの黒い石、探して」

 チコの指示に従うしかなかった。オオカミともあればまたいつ暴れ出すか知れない、そう考えるのだ、人間は。人間の茅野ほのかは。けれども、今はあやかしであれ、志喜に憑いている者にであれ、それに従うしかなかった。志喜を助ける方法があるのなら。

月光が黒い小石のありかをこともなく示してくれた。

「これ、どうすればいい?」

「あおゆきにかけて」

「って言ってもな」 

 切れた紐を結び直し、オオカミの首にかけた。その手は恐怖で震えていた。けれどもそうしなければ先に進めない。志喜を助けられない。

「もう大丈夫だヨ」

 チコが二本の指を立て、文言を唱えた後、その指をあおゆきに向けた。

 すると、オオカミの姿は徐々に溶解していき、人間の姿になった。一糸纏わぬ姿で。

 あおゆきがはっとして辺りを見渡す。地に仰向けになる志喜と、寄り添うチコと、怒りともやるせなさとも言えるが、どうとも言えない表情を浮かべて視線を送る茅野と。

「つ、つづ……」

 立ち上がろうとして裸体であることを知り、黒の小石を握る。マントが宙空から現れ、それを羽織り、裸体を隠した。近づくと志喜の周りには血の海が広がっていた。思わず自分の口元に手を当てる。ぬるっとした、まだかすかに生暖かい感じがした。その手を見た。血だった。右腕にも血が付いていた。彼女は悟った。どうなっているのかを。オオカミとなり、この意識が喪失した状態で恐らく自身が行なったであろうことを。

「あおゆき!」

 チコの呼称は一喝にも聞こえた。

「は、はい」

「シキを運んで。社まで」

「しかし、私は……」

「早く!」

 指先が小石の上で踊った。すると全身をあの戦闘フォームの出で立ちを纏った。彼女は無言のまま志喜を抱え上げると、跳躍して頂の社へ向かった。

「私たちも」

「は?」

 チコから手を繋がれると、茅野は腕がもぎ取られるのではないかと思われるくらいの勢いに襲われた。チコもあおゆきほどではないものの跳躍を開始したのだ。

「あれ? これならあたしらチャリこがなくても、ホント良かったんじゃね?」

 真夜中の冷え冷えとした空気が、先までの惨劇の渦中にはいたとは思えないほど冷静な思考をもたらしていた。


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