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憑きづきし  作者: 金子よしふみ
第四章

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変化

 プチ。

 何かが切れる音がした。あおゆきの首元に切れ端が浮かび上がった。ジャケットの君はそれを目ざとく見つけ、指先をクイっとひねった。すると先程飛んで行った物がブーメランのように戻ってきて、あおゆきの首元の紐状を掬い上げ上空に舞った。投げ放ったものがジャケットの君の手元に戻る。それは鉤型をした手裏剣であった。

 そして、あおゆきの首元から現れ、月光に照らされ、志喜たちに見えたのは、漆黒の小石だった。露頭から切り出しただけの磨かれていない角ばった小石。それなのに月光がそれをほの明るく輝かせる。

 あおゆきにしてみれば、かわしたはずの攻撃から一転、身につけていた装飾具が飛んで行ったわけである。自然、条件反射的にそれを目で追った。彼女の大きな瞳には自身の石と、天を背にして貼り付けられた満月が輝いていた。

「しまった」

 思わず、あおゆきは震えるような声を漏らした。黒い小石が地表に落ちた。

 志喜は、なぜその言葉をあおゆきが漏らしたのか理由よりも、彼女がそれまで見せたことのない動揺に心配が生まれた。だから、そんな言葉の後で蹲るあおゆきに、その名を呼んだものの、差し出した手を彼女に触れていいものかためらった。ただ身体を彼女の傍で縮ませただけだった。

「つ、都筑君、逃げろ、早く。私から。姫様を、連れて、早く!」

 あおゆきが、苦しみでもがく声を必死に紡いで懇願する。志喜はあおゆきの傍から離れてはいけないと思った。けれども、

「キセツ、逃げるぞ!」

 茅野が叫んだ。

「そいつからあやかしの気がどんどん膨らんでいくのを感じる! そいつの言う通り早く逃げた方がいい!」

「あおゆきさんを放っておけないだろ!」

「今はヤバいんだ!」

 茅野が志喜の腕をつかみ、立ち上がれと促す。

 あおゆきは震える手で茅野の腕を掴んだ。

「早く! つ、都筑君と、姫様を。早く!」

 茅野は志喜を強引に引っ張った。志喜にしがみついていたチコも同時にダッシュする格好となった。

「離せよ。あおゆきさんを残していけない!」

「じゃあ、お前に何ができるんだよ!」

 様子の一変したあおゆき。そのあおゆきが逃げろと再三にわたり懇願していた。茅野が尋常なことではないと言い、あれほどいがみ合っていたにもかかわらず、あおゆきから茅野へ依頼をした。これをルーティーンな風景と見逃す志喜ではなかった。だからこそ、茅野の言葉は痛烈に彼に響いた。

「ほら、来い!」

 再度、腕を引っ張られ、駆け出していた。重い。走っているのに、深い雪道を歩いているような。そんな足取りに志喜は感じられていた。

 その時だった。雄叫びとも慟哭ともつかない絶叫が満月を震わすばかりに轟いた。

「あおゆきさん!」

 立ち止まって振り返ってみる。すると地に這いつくばり身もだえするあおゆきがいた。彼女の名を二度目に読んで、すぐだった。あおゆきは瞳孔を開いた次の瞬間、四つん這いになり唸り出した。そして咆哮を一つ。すると、あおゆきの姿は四足の獣に変化した。

「オオカミだったか」

 ジャケットの君は見届けたとばかりに、志喜たちに片手をひょいとあげて、「では、ここで」と言わんばかりに、瞬間的に消えてしまった。

「あいつ……」

 志喜の言葉が止まる。あおゆきと同じ瑠璃色の体毛をしたオオカミがうなり声を出していた。その眼光が志喜ら一行に向けられた。次の瞬間猛烈な勢いでオオカミが、あおゆきが駆け出して来た。チコと、そして茅野をかばうために志喜は一歩前に出て、飛びかかってくるオオカミの前で大の字に立ちふさがった。

「あおゆきさん!」

 ――止まってくれ!

 祈りを込めた呼称の呼びかけは、しかし、あおゆきに届かなかった。

 オオカミは志喜の右の肩口に、その牙を立てた。

 勢いのまま後方に倒れる志喜の、熱を伴う痛みに苛まれる絶叫がこだました。しかしそれでもあおゆきは牙を抜くことはない。

「シキ!」

「キセツ!」

 戦慄の表情を浮かべながら、志喜を呼ぶ。そこに横眼を向けるオオカミの眼光。それに二人はひるんでしまう。

 オオカミは志喜の肩の肉を噛みちぎった。志喜の絶叫が響き渡る。

再びオオカミは志喜の肩に牙を立てた。痛みは志喜から覚醒状態を薄弱にしていく。

 ――あおゆきさん……僕は、君に何をしてあげられるんだ?

 薄れていく意識の中、志喜は一つのことを思い出した。


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