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11「うん」「そう」

 校内で、黒田は東海林を探していた。馬宮に突き飛ばされた後、脳震盪を起こした黒田だったが、特に大きな怪我もなくすぐに快復した。


 馬宮は普段つるんでいる中高生の学園の子どもと結託して「また家出をしようとしていた黒田を止めようとして争いになった」という風に職員に説明した。新堀は否定したが、人数の利もあり事実はねじまげられた。3PSの件も伝えようとしたが、黒田がそれを止めた。東海林に「3PSは家出のときにも使えるから、ばれないように」と言われたためだった。非常口の扉が開いていたことについては「そこまではわからない」と馬宮はごまかした。実際は非常口の予備の鍵を馬宮がくすねて、たまり場として使っていたというわけだったが、新堀が伝えて職員が馬宮の部屋を探しても何も見つからなかった。


 今回の件を経て、黒田への学園や学校の監視はより厳しいものになった。通学するのにも二人の職員がつくようになった。担任以外の教員が教室に入ってきて様子を見ていることが増えた。どこに行っても誰かに見られているような気がした。


 なので、東海林と話をするのも一苦労だった。六年生の教室へ行くことさえも不審に思われそうだったが、どうしても早く伝えたかった。早くしないと、東海林が心変わりしてしまうかもしれない。

 

 音楽の授業で、音楽室に移動する際に東海林の姿が目に入ったので耳元で黒田はささやいた。東海林はこくりと頷いた。その後の昼休みの時間、二人は五年生教室前の男子トイレで落ち合った。


「お前から口を開くなんで珍しい。どうしたんだよ」


東海林がまっすぐと黒田の目を見て言った。


「俺、早く、学園を出たい」


黒田ははっきりとそう言った。


「そうか、前の家出はさ。練習というか、遊び半分もあったけど、本気で出ていってもう帰らないと、そういうことでいいんだよな」


黒田は黙って頷いた。東海林が続けた。


「わかった。でも、黒田は学園出てどうするんだ?俺は母親に文句言って、俺が父親代わりにしっかりして、兄弟におもちゃ買ってやって、ちゃんとした家で暮らしたいと思ってる。あの家族の中で一番まともなのが俺だからな。俺がしっかりしなくちゃいけないから」


言葉は頼もしかったが、東海林の目線は次第に下を向いていった。そして俺がしっかりしなくちゃいけないんだ」と自分に言い聞かせるようにぼそっと繰り返した。


「俺は、母さんに会いたい」


黒田が力強く言い放った。


「俺は、気付いたら、ずっと、耳の中で煩い音がするようになった。だから、ヘッドフォンで耳を、塞いでた。きっと、母さんに対して、俺がしつこくて、それで突き放されて、その罰なんだって、思ってる。人の声も周りの音も耳障りで、うまく話せなくて、できるだけ本を読んで静かに過ごしてた。でも、最近になって、少し、話せるようになって、話したいと思うようにもなって、それは亜香里と話すようになってからで、母さんに会ってもどうせ話せないと思って、またうまく伝えられなくてしつこくなって突き放されると思ってたけど、今なら話せる気がして、そうすれば、落ち着ければ耳障りな音も聞こえなくなるんじゃないかって」


言葉が溢れる。その最中、トイレの個室から水を流す音が聞こえた。五年生男子が気まずそうに個室から出てきた。東海林がその様子を鼻で笑ってから言った。


「おかまいなく。大事な話を止めたことについては」


「水に流そう。出したものと一緒に」



 明るいライトグリーンのTシャツの色とは裏腹に、亜香里は沈んでいた。特に行きたくもない遊園地にこれから向かうことに。亜香里のことを心配して、亜香里のために母が考えた休日のリフレッシュ企画に対して「行きたくない」と言えなかったことに。父は土日も歯科医院の仕事で忙しいため不慣れな母の運転で三十分以上車に乗ることに対して嫌気がさしていた。そして今まさに車に乗って出発しようとしている時に車の目の前に藤澤が立っていることに、母と藤澤が鉢合わせてしまったことが更に気分を暗くさせた。


「ずっと、こっちを見てるけど亜香里のお友達?」


 亜香里の母は得体の知れないものを見ているかのように不安な様子で言った。

 

 藤澤はまっすぐに目を逸らさず亜香里を見ている。にらみつけているとも言えるその様子にもちろん亜香里も何をしようとしているのか、何を考えているのかさっぱりわからなかった。「話してきたら」と言われしぶしぶ亜香里は車のドアを開けた。


「あの、藤澤さん」


「ひめか」


「え?」


「あたしの下の名前、ひめかっていうの」


 なぜにらみつけたまま急に自己紹介を始めたのだろう。恐らく、下の名前で呼べということだろうと亜香里は気付いた。「女の子は名前で呼ぶ」と前に藤澤が言っていたことを思い出した。


「ひめかちゃん、どうしたのこんなところで」


「学園で、職員と子どもとで買い物に行くところだったんだけど、亜香里が見えたから来た」


 特に目的はないのだろうか、ならなぜこんなににらみつけてくるんだろう。気の弱い動物ならすぐに駆け出していってしまいそうだと亜香里は思った。「学園」という言葉を聞いて母親も気付いたのか、面倒なことにならないよう配慮した穏やかな言い方で


「職員さんが心配しているだろうから、戻った方がいいんじゃないかしら」


と言った。


「亜香里、どこに行くの」


と藤澤は亜香里の母の言葉を無視して言った。


「プレジャーランド。遊園地の。もう行かなきゃいけないんだ」


「そう」


そして藤澤は黙って去っていった。


「あの子、友達?」


と亜香里の母が怪訝そうな顔で亜香里に尋ねた。亜香里は一呼吸分間を空けてしまったが、はっきりと


「うん」と答えた。「そう」とだけ言って亜香里の母は車のエンジンをかけた。


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