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第8話「託された願い、離れた絆の先で」

——赤い月が空に浮かぶ。

濃密な瘴気が夜を満たし、血に濡れた石畳の上で少女が蹲っていた。


白いドレスは泥と血で汚れ、手足は鎖で縛られている。


「た、す……けて……」


震える声が闇の中に沈む。


その少女が顔を上げた。


——顔に見覚えがあった。


(……どこかで会った……?)


薄汚れたその頬。泣き腫らした瞳。それでも、漣の記憶に焼き付いて離れない笑顔があった。


“ごめんなさい。落としちゃったでしょ?”


——数週間前。人混みの市場で小さな果物を拾ってくれたあの少女。


まさか、あの子か……。


そう呟いた瞬間、黒衣の男が背後に現れる。


マーグと同じ、いやそれ以上の気配。


振り下ろされた拳が光を裂いた——


「漣様っ……!」


エリシアの声が、夢を切り裂くように響く。


景色が崩れ、黒い闇の中で少女の姿が遠ざかっていった。


* * *


目を覚ますと天井が見えた。

薬草の香り、清潔なシーツ、微かな木の軋み。あたたかい手の感触が右手に伝わってくる。

視線を下ろすと、その手を握っているのはエリシアだった。


「……漣様……」


彼女の声は震えていた。 顔には涙の跡が付いている。けれど、それ以上に今目の前にいることが信じられないという感情が溢れていた。

漣は微かに息を吸い、掠れた声で言う。


「……エリシア……」


その言葉を聞いた瞬間、彼女はぎゅっと漣の手を握りしめ、涙を堪えるように目を伏せた。


「本当に……良かった……」


その声は、心の底からの安堵と張り詰めていた糸が切れたような弱さを含んでいた。


「漣……!」


ミミの顔が見える。

少し涙目になりながらも明るく笑おうとするその表情には張り詰めた心配が滲んでいた。


「ほんと、びっくりしたんだから……っ」


「ごめん……心配、かけたな……」


漣の声にミミが小さく首を横に振った。

その奥。

窓際に立つエリザが視界に入る。


壁にもたれ腕を組んでいる。表情は硬く目の奥で何かを測るように漣を見ていた。

けれど、ほんのわずかに安堵の色がその目に浮かんでいた。


「……ここは?」


「教会の孤児院。君をここまで運んできた」


エリザは淡々と言ったがその声には微かに力が抜けていた。


漣はゆっくりと体を起こす。腹部と肩に鈍い痛みが走るが動けないほどではない。


「ここまで運んでくれて……本当にありがとう」


漣がそう言うと、エリザはほんの一瞬だけ視線をそらした。


「礼を言うのは、まだ早いかもしれない」


「君の戦いぶり……奴も言っていたが君のスキルは"コピー"なのか?」


話題が変わる。エリザの問いに漣は頷いた。


「《努力模倣イミテート》……他人の“努力”の記憶を読み取り、スキルを再現する。エリザの《多元思考》も…コピーした」


「なるほど。……あの時の君の動き、あれは私をも上回っていた」


エリザは自身のスキルがコピーされたことに対し複雑な表情をしている。

俺はその表情を見て言う。


「けど……模倣には限界がある。借り物の力だけじゃなく俺自身の成長が必要だと感じたよ」


エリザがその言葉に小さく息を吐き、安心したように微笑んだ。

エリシアは黙ったまま、漣の手を握り彼の顔を見つめていた。


そのとき——


「漣。君に依頼がある」


エリザが一歩踏み出し、空気が張り詰めた。


「アスヴェル商会に“ノエル”という少女が囚われている。来月の競売で目玉として売られる」


ノエル——その名前が出た瞬間、漣の意識に夢の少女の姿が重なる。


(やっぱりあれは……)


「……ノエルちゃん……?」


エリシアが青ざめ膝をついた。


「嘘……嘘よ……なんで……ノエルちゃんが……っ」


「ノエルは私とエリシアの幼馴染だった。貴族の家だったが財政難で没落しかけていたが、最近持ち直したと思った矢先当主が交代して……」


「……売られたの……?」


エリシアの声は震えていた。


「“不要なもの”として処分された。競売の情報は確か筋からのものだ」


ミミがそっとエリシアの背に手を添え、何も言わず寄り添った。


漣はその名を噛み締める。


夢で見た少女。その声。その姿。


あの時——市場で自分が落とした果物を拾ってくれたあの優しい少女。


(助けなきゃいけない。絶対に)


「……その依頼、俺が受ける」


エリザが目を細め頷いた。 だが、次の瞬間表情が厳しくなる。


「”解き放つ者”としての君は必要だが、今の力では奴らに太刀打ちできないだろう。君はスキルに頼りすぎている。身体、技術、判断どれもスキルがなければ未熟だ。だから、次の競売までの一ヶ月間、君を鍛える。」


ピリッとした空気が走る。


「待って!」


ミミが思わず声を張った。


「漣は……肩も怪我しているしまだ回復してないの! さっきまで、ずっと苦しそうに眠ってて……!もう、あんな顔……見たくない……っ」


その声には、ずっと抑えていた感情が滲んでいた。


エリザは黙ってそれを受け止め、しばらくしてから静かに言う。


「だが彼は、もう一度戦おうとしている。ならば、中途半端に立たせるわけにはいかない」


そのとき、漣がふたりの間に歩み出た。


「大丈夫だ。俺はやる」


「借り物の他人の努力だけじゃじゃない、俺自身の努力でノエルを助ける」


ミミは唇を噛み、そしてそっと頷いた。


エリザが木刀を手にする。


「ならば——見せてみろ」


* * *


教会裏庭。月光の下、夜風が吹き抜ける。


エリザが木刀を構えた。 漣も両足を開き息を整える。


その瞬間、踏み込みと共に木刀がうなりを上げて飛んできた。


「っ……!」


エリザの動きは見えていてもスキルを使わなければ脳・体が追い付かず、どのように受けるべきか、いなすべきか判断がつかない。


肩に一撃が入り痛みから膝が沈む。だが、漣はすぐに立ち上がった。


「……まだいける……っ」


エリザは微かに口元を緩めた。


「よろしい。ならばその意志、努力を形にしろ」


* * *


その夜、漣は中庭に寝そべりながら星を見上げていた。


昼間の修行でできた擦り傷や打ち身が、服の下でじんわりと痛む。


そんな彼の隣にそっと腰を下ろしたのはミミだった。


「ほら、じっとして……ちょっと沁みるよ?」


そう言って取り出した薬草の軟膏を、指先で丁寧に漣の腕に塗っていく。


「ありがと……助かる」


「ふふ、大丈夫。……漣は、無茶しすぎなんだから」


月明かりに照らされたミミの表情は、心配そうで、それでもどこか優しい。


漣は目を閉じた。

痛みも、風の音も、今は少し心地よかった。


そのとき、エリザの影が近づく。


「明日から地獄だ。後悔はするな」


その言葉に、静かに頷いた。

名前:霧島(きりしま) (れん)

種族:人間

職業:模倣者(イミテーター)

レベル:4

HP:58/58

MP:28/28


■ 保有スキル

努力模倣(イミテート)

 └ 触れた対象の“努力”に応じてスキルをコピー(最大6つ)

 └ 模倣したスキルを固定化(模倣枠を使用せず永続的に使用できるようになるが、努力値の更新が不可能になる)

 └他者のレベルを感知することができる。


 【模倣済みスキル】

  ・《神速》

  ・《多元思考》

  ・《ウィンドカッター》

  ・《交渉術》

  ・《価格看破》

  ・《契約紋章管理》

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