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第3話「Fランク冒険者、街と拠点を手に入れる」

「へぇ、獣人やエルフもいるのか……ドラゴンまで? 嘘みたいな話ばっかだな」


現実離れした話ばかりだ。

獣人、エルフ、ドラゴン……ゲームや漫画の中でしか見たことのない存在たち。


正直、頭では「そんなわけない」と否定したくなる。けれど——


あの灰色だった日々とはまったく違う、この非現実の連なり。

嘘みたいな話なのに、胸が妙に熱くなる。


荷馬車の軋む音に揺られながら、漣は隣に座る商人——ベラムの話に耳を傾けていた。


「ホッホッ、信じられんかもしれませんがそれが現実なのですぞ! 北の平原ではSランク冒険者がドラゴンの首を持ち帰ったとか。いやはや、まったくとんでもない連中ですな!」


白く豊かな髭が揺れ、笑い声は荷馬車の揺れとともに軽やかに風に溶けていった。


異世界であることを告げるその話は、どれも信じがたかった。

けれど、漣は否応なくそれを受け入れ始めていた。


(この世界で、俺は——やっと“始まる”んだ)


やがて、緩やかな丘を越えると、視界の近くに灰色の石で組まれた巨大な城壁が姿を現した。


近づくにつれ、その城壁の高さが際立ち、まるで山のように圧倒的な存在感を放っているのがわかる。

一つ一つの石が丁寧に積み上げられており、年季の入った堅牢な造りが、この街の歴史と誇りを物語っていた。


「……でけぇ……」


思わずそんな言葉が漏れる。

現実感のない光景。けれど、確かに“本物”の異世界が、そこにある。

胸が高鳴るのを、どうしても抑えきれなかった。


「おや、そろそろ到着ですな。……そういえば漣殿、身分証はお持ちで?」


「……持ってないです……」


一瞬、ベラムの目元がわずかに鋭くなる。

(……やばい、身分証がないってまずいことだったのか?

 せっかく少し打ち解けられたのに、こんなことで気まずくなったら……嫌だな)


不安と焦りが同時に押し寄せてくる。

漣の脳裏に、ここまでの会話や笑顔が一瞬で崩れてしまう光景がよぎった。


「ふむ、まあ旅人にはよくあることですな」


すぐにいつもの笑顔を取り戻したベラムは、胸を張る。

「身分証が無くとも私の《交渉術》があれば、門番など赤子の手をひねるようなものですぞ!」


威勢よく胸を張り、鼻先でずり落ちた眼鏡を指で押し戻すベラム。

くたびれた上着の袖口を払うその動作も、どこか誇らしげに見えた。


その様子に、漣は肩の力が抜けるのを感じた。


(よかった……いつもの調子だ)


さっきまでの不安が嘘のように消え、小さく安堵の息をついた。


* * *


城壁の前には、街の門をくぐるための長い行列ができていた。

人間の親子連れが荷車を引き、背の高いエルフが周囲を警戒しながら立ち、 そのすぐ隣には、鱗に覆われたリザードマンの傭兵たちが無言で槍を支えて並んでいた。


種族も服装も、言葉すら異なる人々が一列に連なっている様子は、まるで絵巻物の一場面のようだった。


それぞれがこの世界で生きる者としての“現実”を持っており、まるでファンタジー図鑑の中を歩いているような錯覚すら覚える光景だった。


その中で、漣は異質な気配に目を引かれた。

荷台の後方、重々しい鉄の檻に閉じ込められているのは、数人の獣人たち。

鎖で繋がれたその姿は、まるで物のように扱われていた。


「漣殿、目を合わせぬ方が良い。あの者たちは奴隷商人。表向きには適切な契約を交わした合法的な取引とされていますが、実際には裏で強制契約や詐欺まがいの手口もまかり通っているとよく耳にします」


ベラムの声は小さいが、その分、どこか重みがあった。

「法の目をかいくぐる連中も多いときいています……関わりすぎると、こちらが“契約違反”などと濡れ衣を着せられることも...だからこそ、目を合わせぬに越したことはありませんぞ」


だが、漣は目を逸らすことができなかった。


その時だった。


檻の隅に、ひとりの少女が膝を抱えてうずくまっていた。

まだ若い。年齢は漣と同じか、あるいはもっと幼いかもしれない。


猫耳のような柔らかい毛並みの耳が、俯いた顔の横でぴくりと動いた。

次の瞬間、少女はゆっくりと顔を上げ、漣と目が合った。


その瞳は、炎のように揺れていた。怒り、悲しみ、諦め、そして……微かな、希望の光。


瞬間、漣の心が強く揺さぶられた。

まるで、その感情がそのまま胸の奥に流れ込んできたような衝撃だった。


助けたい。そう思った。だが、すぐに頭の中でブレーキがかかる。

自分に何ができる? 戦う力も、人脈も、地位もない。ただの冒険者見習いでしかない。

無力な自分が関わったところで、余計に少女を危険にさらすだけではないか。


心が二つに裂けそうだった。

正しさと現実の間で引き裂かれ、ただ胸が苦しくなる。


(助けたい……けど、今の俺には……何もできない)


視線を外すことができないまま、唇を噛みしめる。

悔しさがじんわりと、確かな痛みとなって胸に沈んでいった。


やがて順番が巡り、ベラムは門番に声をかけた。

「おはようございます、今日もご苦労さまですな。我が同伴者を通す許可をいただければ!」


その口調はいつもと変わらず穏やかで、自然な笑顔とともに、軽い会釈が添えられていた。

「……ベラム殿。ああ、そちら様なら問題ありませんな。通ってよし!」


それだけのやり取りで、漣は何も聞かれず、何も見られず、すんなりと門を通された。

目の前の出来事が現実なのか、思わず立ち止まりそうになる。


「……すげぇ……」


その一言に、心からの驚きと感嘆が滲む。

威圧や押しつけではなく、自然な態度と物腰で相手の心を動かす。

言葉に重ねられた信用と経験が、確かな説得力を生み出していた。


(これが……“交渉術”ってやつか)


力でも魔法でもない、けれど確実に人を動かす“技術”——それに、漣は心底感銘を受けていた。


「ホッホッ、まあこれは《交渉術》というより、私がこの街で何年もかけて積み重ねてきた信用と実績の賜物といったところですかな。日々の取引や信頼の積み重ねが、今こうして目に見える“力”となって現れているのです。スキルはあくまで補助、真価は人の在り方にこそ宿る……というわけですな!」


漣の心は隣に立つベラムの言葉に打たれていた。


長い時間をかけて積み上げた信頼こそが、魔法にも勝る力になる。

スキルに依存せず、人としての生き方で価値を築いてきたその姿勢は、まさに自分が憧れていた“本物の努力”の形だった。


(俺も……あんなふうになりたい)


漣の胸の奥に、静かで熱い決意が芽生えていた。

門をくぐった瞬間、漣の目の前に広がったのは、まさに異世界の都市だった。


石畳の道が夕陽に照らされて金色に輝き、赤レンガの屋根がいくつも連なって遠くの丘まで続いている。風に乗って漂ってくるのは、香辛料や果物の濃厚な香り。それは鼻をくすぐる異国の空気そのものだった。


市場では喧騒が渦を巻き、道ばたでは吟遊詩人が竪琴をつまびき、軽やかな音色が通りに溶けていた。


そのすべてが、これまでゲームや本の中でしか知らなかった“異世界”の現実として、今まさに目の前に存在している。


漣の胸は高鳴り、鼓動が速くなるのを感じた。

あの灰色だった日々が嘘のように思えるほど、すべてが鮮やかで力強かった。


(ここが……俺の、もう一つの世界……!)


ベラムがふと足を止め、指で街の中心を指し示した。


「この街、レグランツには冒険者ギルドがございます。あちらの広場の向こうにある建物がそうですな。ギルドに登録すれば登録票が身分証の代わりにもなりますゆえ、漣殿のように身分のない旅人にはまさにうってつけでしょうな」


冒険者ギルド——それはゲームの中でしか見たことのない、空想の施設。


「冒険者……」


呟いたその言葉は、自分でも思っていた以上に心に響いていた。


「行ってみたい。俺、冒険者になってみたいです!」


* * *


冒険者ギルドは、中央広場の一角に堂々と構えていた。

二階建ての石造りの建物で、正面にはギルドの象徴と思われる獅子の紋章が掲げられている。


その重厚な扉の奥からは、人々の話し声や金属のぶつかる音が絶え間なく響いてきていた。

中へ一歩足を踏み入れると、天井の高い空間に温かな光が満ちていた。


木の梁が縦横に走り、壁には無数の依頼票が張り出されている。

中央には巨大な掲示板が立ち、その前には冒険者らしき男たちが群がっている。


剣を背負った獣人や、ローブを羽織った魔法使い風の人物など、多種多様な姿が目に入る。

そのどれもが“冒険”に生きる存在だった。


ベラムは一歩進み出て、カウンターの女性と親しげに言葉を交わす。

そのやりとりは短くも的確で、すぐに漣は案内されることになった。


「べラム様から伺っております。冒険者登録をご希望とのことですね。ようこそレグランツへ」


受付嬢はにこやかにそう言って、漣の目の前に用紙を差し出した。

「まずはこちらの用紙にお名前をお願いします」


日本語がこの世界でも通じるか分からず、漣は受付嬢に代筆を頼んだ。

異世界の文字で《霧島漣》という名前が登録用紙に刻まれる。

文字の読み書きは当面の課題だ。


「それでは、こちらの水晶に手を乗せてください」


恐らくこれはステータスを測るアイテムだろう。

だが、もしここで“他人のスキルを模倣する能力”がバレたらどうなる?

ギルドから怪しまれるだけならまだいい。問題は——べラムだ。


べラム相手に不信感を抱かれるような真似はしたくない。

漣は唇を噛みしめながら、無意識に拳を握りしめていた。


平行思考を発動。《交渉術》、《価格看破》を一時的にスキルスロットから削除する。

息を整え、水晶の上にそっと手を乗せた。


漣が水晶に触れると、淡い光がほわりと広がった。

光は静かに脈打ち、まるで彼の内側を探るかのように柔らかく瞬いた。


受付嬢はしばらく水晶の光を見つめたあと、手元の記録用紙に何かを書き込み、ふと目を上げた。


「……レベル2。HP、MPは標準値……ですが」


その声音が微かに変わる。受付嬢の眉が、ほんのわずかに動いた。


「スキル構成が……非常に整っていますね。攻撃、防御、知略——まるで、初期段階から将来的な成長までを見越して選び抜かれたような……。こういったバランスは、経験豊富なベテランでもなかなか持ち得ません。……本当に、冒険未経験者なんですか?」


漣は少し気まずそうに頬をかきながら、目を逸らして苦笑した。


「まあ……色々、あって」


(《努力模倣》は水晶じゃ映らないのか。チートかどうかはバレずに済んだ……のか?)


なぜ水晶に《努力模倣》の情報が表示されなかったのか、その仕組みは漣にも分からなかった。

もしかしたら、女神から授けられたこのスキルだけが、何らかの特別なルールで守られているのか。

いずれにせよ、今のところは“隠す努力”をせずとも、秘密は守られている。

——この不確かな仕様が、果たして自分にとって幸運となるのか、それとも災いを招くのか。


受付嬢は丁寧に一枚の紙片を取り出し、それを漣の前に差し出した。


「登録、完了いたしました。こちらが冒険者登録票です。現在はFランクとなりますが、今後の活動次第でランクアップしていく形となります。こちらは身分証としても使用できますので、常に身につけておいてくださいね」


漣は慎重にその紙片を受け取り、目を落とした。


分厚い羊皮紙のような質感に漣の名前と“冒険者ギルド・レグランツ支部”の印章が記されている。

自分の名前が異世界で正式に刻まれている——それだけで、不思議と胸が熱くなった。


受付嬢はにこやかな笑みを浮かべたまま、さらに説明を続ける。


「冒険者のランクはFから始まり、依頼の達成数や内容、評価によってE、D、Cと段階的に昇格していきます。AやSまで到達すれば、国家級の案件や王族からの指名依頼も舞い込んできますよ」


受付嬢の説明に、漣はしっかりとうなずいた。

まだ見ぬ依頼の数々や、成長の過程を想像する。


(最初はFランクか……でも、ここから始まるんだ。努力を重ねて、少しずつでも前に進めば——)


そんな思いを胸に、漣は登録票を大切に懐へしまった。


その時、後ろから気配を感じて振り返ると、べラムが笑顔で手招きしていた。

ギルドを出た直後、赤く染まる夕空を見上げる。


「さあ、漣殿。すっかり日も傾いてまいりましたな。まずは宿の心配をせねば」

目尻に刻まれた皺が柔らかく緩み、どこか気遣うような口調だった。


漣はハッとし、慌てて返す。

「えっと……実は、宿とか、全然考えてなくて……」


言葉を選びながらも、内心では焦りが募っていた。

初めての街、頼るあてもない。無計画すぎたかもしれない。


そんな漣の戸惑いを察したのか、ベラムはふっと微笑むと、鼻先でずり落ちた金縁眼鏡をくいと持ち上げた。


「では、拙商会の物件をお使いください。町外れではありますが、一軒家がひとつ空いております」


「え、本当にいいんですか……?」


漣の問いに、ベラムはいつもの落ち着いた調子で頷いた。


「ええ、命を救っていただいた礼も兼ねて。まあ滅多に貸し出す機会もありませんしな」


その表情には、感謝と信頼が滲んでいた。漣は思わず胸が熱くなり、静かに頭を下げた。


べラムが紹介してくれた一軒家は、街はずれのにぽつんと建っていた。

石壁には蔦が這い、扉は錆びた蝶番が悲鳴を上げるように軋んだ。

中は埃まみれで、家具は倒れたまま。

けれど、隙間風は無く建付けは悪くない。


べラムと共に内見をしたのち、別れ際に固い握手を交わす。

それと同時に《交渉術》(努力値:51)、《価格看破》(努力値:49)を再度模倣しておいた。


漣はひとり静かにその家の扉を閉めた。これからは、この場所が自分の“拠点”になる。


薄暗い室内は、まだ人の気配が薄いままだった。

埃が積もった床を雑巾で拭き、倒れていた椅子を元に戻しながら、漣は無心に体を動かした。


慣れない手つきながらもなんとか簡易な寝床を整えると、ふと脳裏に今朝見たあの少女の姿がよぎる。

鉄の檻の中、猫耳を震わせながらこちらを見つめていた獣人の少女。あの瞳に宿る、強い感情の揺らぎ。


助けられなかったという後悔と、助けたいという衝動が、胸の奥でじわじわと混ざり合っていく。

漣はひとつ深く息を吐き、天井を見上げた。


(明日は、この街を歩こう。少しでも、この世界を知るために)


そう決意を胸に、漣は灯りを消し、異世界での初めての夜に身を委ねた。

名前:霧島(きりしま) (れん)

種族:人間

職業:模倣者(イミテーター)

レベル:2

HP:32/32

MP:18/18


■ 保有スキル

努力模倣(イミテート)

 └ 触れた対象の“努力”に応じてスキルをコピー(最大5つ)

 └ 模倣したスキルを固定化(模倣枠を使用せず永続的に使用できるようになるが、努力値の更新が不可能になる)


 【模倣済みスキル】

  ・《ウィンドカッター》(努力値:23)

  ・《交渉術》(努力値:51)

  ・《価格看破》(努力値:49)

  ・《並列思考》(努力値5)

  ・《ステップ》(努力値3)

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