終わりまで
昨日から千空からの返信がない。既読もついていない。
どうしたんだろう。家に行ってみても返事はなかったし、大丈夫かな。
苦しい、苦しい。最近ずっと抜けない希死念慮に囚われ続けている。携帯の通知がなっている。きっと夏鈴からだろう。でも携帯までも手が伸ばせない。学校のことや昔のことを思い出してなかなか寝付けない。
「楽になりたい」
何も考えたくない、明日のことなんて考えたくない。
最近明日を生きている想像ができない。したいことがないせいなのか、生きる意味を見い出せないのか。
怖い怖い、不安でたまらない。どこからか理由もなく湧いてくる不安に急かされて心拍数も上がっていく。
「はあっ、はあ、はあ、はっ、は」
苦しい息ができない怖い怖い怖い。息ができない息の仕方がわからない。
しにそうだ、このまましぬのか?怖い。し、ねるのか。このまま死ねるのか?
「過呼吸・パニックになっても死ぬことはないです。落ち着いて深呼吸を心がけてくださいね」
病院の先生の声が聞こえてくる。そうか、しねないのか。
段々と落ち着いてきた。喉が痛い。暑い、汗が止まらない。一階から怒鳴り声と自分を呼ぶ声が聞こえてくる。うるさいうるさい
「消えたい」
怖い、こわい、寂しい、誰か抱きしめてほしい、許してほしい。生きててもいいと誰か教えてほしい。立ち上がるための手を貸してほしい。
「夏鈴…」
「ううっ」
気持ち悪い。ストレスでお腹が気持ち悪い。吐きそうだ。苦しい。
「もう嫌だ…」
こんな自分嫌だ。苦しい思いしたくない、楽になりたい。何も考えたくないよ…
「んん、まだ既読つかないな。心配やな」
苦しい思いしてないといいけど、私の手の届かない所で苦しんでいるのは嫌だ。
「どうしたの夏鈴?暗い顔して」
「えっ、お母さん。ああー、うんん!何にもないよ!!」
大丈夫かな、夜ご飯食べたらまた連絡入れてみよう。
今日はあんまりご飯はいらなかったな。大丈夫かな。早く連絡しよう。
[返信遅くなってごめん。もう大丈夫だよ]
自室に戻ると千空から連絡が来ていた。いつもと調子が違うように感じて怖くなった。
[大丈夫?ちゃんと休めてる?]
あの家で休めるわけもないのだが、今の私にはこうすることしかできなかった。
[うん、大丈夫]
これ以上深追いしてもだめなので一旦他のことをすることにした。
[私そろそろ寝るね。おやすみ]
[おやすみ]
連絡を入れたのは23時頃。既読はついて直ぐに返信は返って来た。
それから少し不安になりながらも眠かったのですぐに眠りについた。
それからどれぐらいだろう。携帯の通知音で目が覚めて画面を見ると千空から連絡が来ていた。それと同時に時刻は3時と示されていた。
[俺楽しかったよ。ありがとう]
[え?どうしたの]
元気なわけないよ、大丈夫なわけないよ。苦しいつらい。現実が痛い痛い痛い。
寝れない寝れない。
ああ、もう、全部どうでもいいな。諦めたいな。もう楽になりたい。何も考えたくないよ
時刻は1時、眠いはずなのに寝付けない。涙が止まらない、頭が痛い。息がしづらい。
それから何時間も泣いて、悩んで苦しんで。ふと、
「ああ、今なら何でもできそうだな」
気が楽になった。とても気分がいい。今なら何でもできそうな。空でも飛べそうな気持ち。
「いまなら、死ねるのかもしれない」
今まで死ぬのが怖くて一歩が踏み出せなかった自分。今なら死ねる気がする。今なら空を飛べる。
時刻は3時。これでも世話になった事、助かっていたことはたくさんある。夏鈴に「ありがとう」と連絡をいれる。そうして風呂に入り服を着替え、髪を整える。いつもより綺麗に整える。
少しウキウキしながら準備を進めているときだった。
ピコン
携帯の通知が鳴った。夏鈴からだった。こんな時間に、まさか起きてるとは
[え?どうしたの]
[起きてたんだね。電話、しようよ]
私の返信にすぐに既読がつき、電話をしようと連絡が来た。電話はすぐにかかってきて出ると、いつもより元気そうな千空の声が聞こえてきた。
「ち、千秋?大丈夫?どうしt」
「死のうと思うんだ」
「え」
「急にごめんね。でももう諦めたくなったんだ。それに今なら楽になれる気がするんだ」
「え、いや、意味が」
「ありがとうって思ってるよ。すごく楽しかったし生きてて楽しいって思ったよ」
何を言っているのかいまいち私にはわからなかった。初めてする千空との電話。その先で聞こえる、元気な声で死ぬ。と言っている千空の声。
「優しくしてくれてありがとう。こんな俺の側にいてくれてありがとう」
ここまで聞きたくない「ありがとう」があるというのか。
私は意識もしないまま急いで家を出て千空の方へ向かった。電話の向こうからの音で察するについさっき家を出たばかりだろう。口の中が苦くなっていく、鉄の味がする。
「はあっ、はあ、はあ」
「夏鈴、走ってるの?もしかしてこっちに来てるのかな。でもそんなこt」
「はあ、は、はあ」
坂の上には元気そうな、好きな服を着た千空が立っていた。
「夏鈴」
千空の優しい声が聞こえると通話が切れる音がした。
千空は坂を下ってきて私の眼の前までやってきた。
「ちょっと歩こうよ」
いつもならない、千空から始まる会話。新鮮味と嬉しさを少し感じながらも心拍数は上がっていく。緊張する。これから死ぬ?何を言ってるの?
「楽しかったんだ。夏鈴とたくさん遊んで話をして、もう学校にも家にもどこにも居場所も楽しい思い出もないけれど、夏鈴と一緒にいる時間は、一緒に行く場所は、とても楽しくて、生きててよかったって、俺、夏鈴と出会えて良かったって思ってるんだよ」
そう言うと優しく微笑む千空。
もうここ数年、千空が純粋に笑っているところを見ていなかった。嬉しかった。笑ってくれて嬉しかった。でも、でもしぬって、
次第に涙が込み上げてきた。抑えきれなかった。息がしづらくなった。
「ごめんね、夏鈴。おれ、もう少し夏鈴と生きてたかった。色んなところに行って、色んなものを食べたかった。食べさせてもあげたかった」
「それなら、それならっ」
「でもね、疲れちゃったよ。もう、少し休みたくなった。夏鈴と一緒にいるときはとても楽しくて心も休まって居心地が良かった。でも家に帰れば休むことも寝ることも難しかった。それにね、このままずっと夏鈴に甘えてばっかはダメだなって思ったんだ。」
「そんなの…」
「うん、私はそんなの思ってない。って顔してるね。でも違うんだよ、夏鈴をこれ以上苦しめたくないんだよ。もう、好きに生きてほしいんだ」
「そんな、苦しんでないし、私は好きで千空と生きてるっ」
「夏鈴は優しいから、きっともっと良い人がいる。もう、夏鈴の重荷になりたくないんだよ」
一方的に言われる。わたしは、私はそんな事思ってないのに。千空と、一緒にいたいのに、好きに生きろって、なんなの、わたしは、私は
「私は千空が好きなんだよ…」
「うん、ありがとう。俺も好きだよ、夏鈴。大好きだ。愛してる。だからこそ俺は夏鈴から離れる」
「しぬまでしなくても…」
「おれ、夏鈴に甘えすぎたよ。夏鈴が遊びに誘ってくれるから明日も生きてこうと思えたんだ。でも最近はなかなかそれも難しくなった。このままじゃ、大切な人を苦しめて傷つけるだけだ」
「そんな…」
「夏鈴を苦しめながら生きていくのはもう嫌だよ」
どうしたらいい?どうしたらいいの?
「そんなの、そんなのおか、おかしいよ!なんで私と、甘えてくれたっていいよ、なのに」
「うん、ありがとう。その優しさを夏鈴が好きだって、大切にしてくれる人に使ってほしいよ」
「千空に使いたい、のに」
「ありがとうね。俺さ夏鈴が好きだから嫌われないかすごく怖いんだ。甘え上手になれなくてごめんね」
千空はどんどん前へ進んでいく、私は何故か足が動かなくなった。
「まっ、まって…」
聞こえるはずもない。蝉の声で私の声がかき消される。
千空は止まらない、手が、届かない。次第に視界が眩んできた。涙が止まらない。嗚咽が止まらない。喘ぎ喚き、千空を求める。
そこにもう既に千空の姿は見当たらなかった。
ピコン
携帯の通知音が鳴る。画面には千空からのメッセージ
[じゃ、ありがとう。こんな形で終わらせてごめん。先に来世で待ってるよ。次は夏鈴を絶対幸せにするよ]
返信はできなかった。涙で眩む視界、なんとか読めた文字。頭に響く。千空の声が、笑っている顔が、温かい雰囲気が。
それからどうしたのか覚えていない。あまりの衝撃とストレスで記憶がすっぽり抜けてしまっている。目が覚めると自分の布団の上に寝っ転がっていた。遠くから救急車とパトカーのサイレンが聞こえる。
きっと、そうだろう。
泣けない、ここが現実だと思えない。居ない?この世界に千空はもういないのか?
呆気ない、あまりにも淡白すぎる最後だった。
それから数日後、母から千空が死んだとの報告を受けた。飛び降りだったらしく、遺体の損傷が酷いため会いに行くことは出来ないらしい。それでいい。私は数日部屋を出れていない。それに千空に合わせる顔がない。私は、私が千空を追い詰めた。そうじゃない事もわかっていながら、自分を責めてしまう。
千空はもう私の世界には居ない。どこを探しても地球の裏側まで行っても会うことはできない。美味しいご飯を食べることも綺麗な景色を見ることも、ゲームをするのも、もう何も出来ない。
あいたい、あいたい。寂しい。つらい。苦しい。あいたい。あの笑顔に会いたい。優しい声が聞きたい、私の名前を呼んでほしい。一緒に、居たい。
「うっ、おえ…んおえ…」
ストレスのせいだろうか、お腹が気持ち悪い、吐いてしまった。苦しいつらい。
「千空、たすけて…」
なんて言っても、もう千空は居ない。それにきっと、千空のほうが苦しかったはずだ。
昔はよく千空が前に出て私を守ってくれていた。きっと、その時から千空に憧れていたんだと思う。
「うう、あ、あああ、ああ」
涙が止まらない。きえたい、しにたい、何も考えたくない。死ねない。私は死ねない。しにたいのに、きえたい、けど、家族を悲しませたくない。
「千空、さみしいよ、くるしい、よ」
きっと私も、千空と遊ぶことで生きる意味を見出していた部分もあったんだろう。
「ああ、ああああああ、ああ、あもう、いやだ」
どうしたら良かったの、どうしたら、私達、一緒に生きていけたの。会いたい。今すぐ駆け出して、千空の元へ向かいたい。でももう、千空は居ない。
これから、どしよう。
後編「終わりまで」が書けました。気分次第で後日談というかこれからの夏鈴について書くつもりです。
この作品は作者自身の経験・心境を元に作っています。
心療内科系の書きものにもよく載っていることですが、人が死にやすいのは鬱や気分が一番下に下がったときではなく、その山を乗り越えた先「今なら何でもできそう」という気持ちになった時らしいです。普通に笑えて、普通に会話ができて。元気そうに見えるその時が一番危ないらしいです。皆さんも自分自身とよく向き合って、時には誰かに甘えて、生き延びてください。
この作品を書くにあたって、身近な人や自分を想ってくれている人を大切にしようと改めて思いました。
では、読んでくださりありがとうございました。完結でございます。