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天使の住む世界へようこそ  作者: 仲島 鏡也
第1節 ボーイミーツエンジェル
8/74

冬夜の世界

視点:冬夜

「でっかい白い巨人が世界の各所に突然現れたんだ。下半身は確認できるけど、上半身があるのかもわからない。そんな巨大な物体が雲を突き破って、大気圏をも突き破ってまったく身じろぎもせずに立っている。動けばそれはそれで被害はあるんだろうけど、こいつが厄介なのはその表皮が剥がれて、雪のように降ってくるところだ。それを吸い込むと、体の内側から体が塩になっていく」


 暗い空間で、四人の天使が三角座りでこちらの話を聞いている。


「それを防ぐために防護服が政府から支給された。今着ているレインコートだな。それが支給される前に、母さんは塩になって死んだ。その後もまあ色々あった。地下のシェルターも食料もこの防護服も政府が定期的に支給してくれたが、その政府が、お前らが生きてるのは俺たちのおかげだろと増長して一般人を虐げ始めた。そして支配者を気取った彼らは巨人に核爆弾を投下し、その爆風で世界の塩の降っていなかった地域まで汚染された。俺の父さんは、政府に追い詰められて、逆らったら殺された。そこからは、妹と二人で政府の庇護から離れて暮らし始めた。妹を守るために必死に生きてきたけど、妹も塩になって死んで、適当な家に籠ってアニメとか漫画とか見ながら過ごしてたらこの世界に来てた。そんな感じだ」


 終わり? という顔と、冬夜の話を聞いて深刻に受け止めている表情がある。

 それこそ詳細を述べてしまえば、何時間も話をしなければならない。それを語る気力もなければそれを思い出す精神力もない。


「正直、これから適当に無気力に生きていくしかないんだと思ってたんだ。だからこの世界に来たことが今でも夢みたいだと思ってる。人生のボーナスステージみたいなやつだ。あの世界よりも、こうやって話がまともにできる相手がいるだけで、この世界はずっとましな世界だと思うし。それなら俺はこの世界で生きたい」


 冬夜が話していると、外から声が聞こえた。


 おぼえてろよ‼


 みたいなことを言っていた。負け犬の遠吠えのようだが、リトマスマトリックスが意識を取り戻して自分たちの領域に帰っていたのだろう。あれだけの重傷を負っていたのに、本当に数時間ほどで動けるまで回復したというのか。体の作りが人間たちとは本当に違うみたいだ。


「そっか。君はそういう世界から来たんだね」


 ふわふわな黒髪の天使が言った。

 興味深そうに話すその姿に、違和感を覚える。


「俺以外にも人間はいるんだろ? そんな珍しい話じゃないと思ってたけど」


「いや、人間も色んな世界から来ているんだ。文化は大きく変わらないみたいだけど、それがどんな時世なのかはちょっと違うみたいでね、君のは、他の人間よりもだいぶヘビーな感じだね」


「え、そうなの? みんなこんな感じだと思ってた」


 世界の外れくじを引いていたのか。だったらあの白い巨人がいない世界もあったのか。


「……幸せな世界もあるのか。そっか。へえ」


 そんな世界に生まれていたら、母さんは死なず、父さんも死なず、妹だって死ななかったのかもしれない。自分の未来はどうだ。普通に中学校に通い、高校に進学し、大学に通ってキャンパスライフを満喫していたのかもしれない。それが当たり前だと思っていた時期もあったはずなのに、そんな決められたレールを辿る人生に嫌気がさしていた時期もあったはずなのに、いつのまにかそれが夢物語になってしまった。


「えっと、なんていうかさ」


 リナがこちらの心境を察したのか、しかし、かける言葉が見つからずに視線を右往左往させていた。

 ツンデレで皮肉屋であるはずのミツクも、なにか言葉をかけようとしているが、言葉につまって——


「——そんなの気にしてんじゃないわよ馬鹿!」


 若干の追い打ちをかけてきた。

 だけどミツクの言葉もその通りだと思った。


「まあそれもそうだよな。過ぎたことはしょうがない。それよりもさあ」


「切り替えがすごいね」


「こうやって異世界に来たんだからさ、なにか能力と得られてないの俺? そういうのは鉄板では?」


 黒髪の少女があっけらかんと言う。


「ないよ」


 ないの?


「でも俺以外にも人間はいるんだろ。天使たちが人間よりも身体能力も高くて、しかも権能とかいう特殊能力も持ってる。俺たちにもなにかもらえるべきでは?」


「なにもないよ」


 なにもないの?


 でもたしかに、飛行機で会った少女もそんなことを言っていた気がする。


「じゃあ他の人間はなにをして生きてるんだ?」


 黒髪の少女があごに指を当てて、実例を思い返している。


「そうだね。裁縫が得意な人はファッションを広めたり、料理が得意な人は料理店を開いたりしてるかな。天使は基本的に戦ってばかりだからそういう生活スキルは貴重だしね。後は経営関係の整理とか、広くなった領域の管理だとかかな。まあみんなこの世界に来る前のスキルを活かしているよ」


 トウコが話に入ってくる。


「噂では天使よりも強い人間がいるらしいよ。本当かは知らないけど」


「俺、そういうのなにもないけど」


 裁縫はできない。料理は得意じゃない。家事だって人並にできるぐらいだ。会社に勤めたような社会経験もないし、もちろん天使より強いわけもない。だってまだ十九歳だし、というのは言い訳にはならないかもしれないが、それでも碌に外にでも出られない上に、塩のせいで人口が十分の一かそれ以上に減少した世界だ。基礎的な勉強は父から習ったけど特別なスキルがなにも伸びてなくたって文句を言われたくない。


「んー?」


 黒髪の少女が小首をかしげている。

 冬夜の声は小声過ぎて誰にも届いていなかった。

 もう一回言う。


「俺、そういうのなにもないっすけど、へへっ、あの、これからおねしゃーす」


「急に卑屈だね!」


 彼女たちが人間である冬夜をここに住まわせる理由は、別の世界でしか得られないスキルが目的なのかもしれない。だけど冬夜にはなにもない。


「だって俺がやれることなんてなにもなくない? 役立たずじゃない?」


「それは答えかねます」


「答えみたいなもんじゃんそれ」


 黒髪の少女とのやり取りに、リナが慌ててフォローに入ってくれる。


「別になにかしてほしいとかそんなんじゃないから。私たちはただ冬夜と仲良くなりたいだけだし、それに冬夜は今まで辛かったんだから、その分、ここで好きに生きたらいいよ。これは事前に話し合って決めていた、ここにいるみんなの意思だよ」


「みんなの?」


 冬夜はミツクを見る。ミツクからは受け入れられているような気配はない。でもツンデレだから、心の中ではデレているのかもしれない。


「あくまでも良いやつだったらって話よ。天使は人間との関わりなんてないから、人間自体が物珍しいの。天使は刺激を求める生き物だから私は多数決に従っただけ。私はまだあなたを見定め中なんだからね」


「ほお」


 ちゃんと考えているんだなと感心した。確かにそうだ。得体の知れない相手に対して、すんなりと受け入れて、そいつが腹に一物を抱えていたら大変だ。いや、例えば冬夜がなにをしようとも腕っぷしでねじ伏せられそうなものだが、しかしその強大な力を言葉巧みに利用しようと考えるかもしれない。


 いや、考えるか?


 彼女たちの力は、あくまでも人間目線で強大なだけだ。この世界では当たり前のものだろう。そんなものが利用できるだろうか。トウコにリナに黒髪の少女も、人間がなにをしたところで最終的には力でどうとでもなると思っているからこそ、冬夜のことを受け入れるのが早いだけのような気がする。

 まあ考えても仕方ない。


「ねえねえ」


 黒髪の少女が袖を引っ張ってくる。


「なに?」


「ゲームって好きかい?」


「ああ、よくやってたなあ。この世界にもあるのか?」


「うん。この世界の物は、色んな人間たちの世界からコピーされたものなんだ。建物も、食べ物も、娯楽物もね。君の世界にあるものなら大体あると思うよ」


 家や学校など、確かに冬夜の世界にあったものと似ている。

 おかしいと思っていたが、トウコの部屋にあった漫画や、この部屋にあるゲーム機などは冬夜の知っているものが含まれている。冬夜の世界ではそういった文化は発展こそしなかったが、数少ない娯楽物として誰もが大切に扱い、時には取引の材料なんかにも使われてきた。ネットの環境も失われたので、ネットワーク環境に依存しないアナログなゲーム機や漫画、DVDとそれを再生するプレイヤーなどが重宝されていた。

 それに冬夜以外の人間の平和な世界では冬夜の世界よりもずっと娯楽文化は発展してきたはずだ。その世界のコピー品があるとすれば、冬夜の知らない楽しいものがたくさんあるはずだ。


「で、好きなジャンルとかある? 一緒にゲームやろうよ」


「好きなジャンルはRPGかな。でも一人用か」


「人がゲームしてるところ見るの私は好きだから大丈夫。いっぱいおすすめがあるよ。このアーリン様が見繕ってあげよう」


 黒髪の少女、改めアーリンと名乗る少女が、棚にあるゲームのパッケージを八つほど抱えて、冬夜の目の前に広げた。そしてそれぞれのゲームの特徴を意気揚々と語り始めた。

 その間に、トウコは部屋の一部の照明を灯して寝転がりながら漫画を読み始めた。リナは部屋を片付けてくると言って部屋を出ていき、ミツクが冬夜の後ろで目を光らせていた。距離が異様に近い。顔を動かしたら頭がぶつかるぐらいに近い。

 冬夜は、後ろの視線が気になりながらもアーリンの話を黙って聞いた。

 彼女は、ゲームのあらすじに留まらずに、物語の根幹部分の話であったり、物語がどのような結末を終えるのか、一から十までを懇切丁寧に教えてくれた。

 一時間ぐらいが経って、アーリンが八つのゲームの紹介を終えた。やり切った顔をして、期待の眼差しを冬夜に向けてくる。


「さあ、どれがいいかな!」


 冬夜は悩むことなく答えた。


「対戦ゲームをしよう!」


 RPGの醍醐味は、そのストーリーを楽しむことにあると思う。

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