変態じゃない!
視点:冬夜
そこは、運動場の一角にある部室棟のようだった。
二階建てで、一階と二階にそれぞれ四つ扉があって、一見するとアパートのように見える。
「おっそーい!」
おいていったくせに、ミツクが部室棟の前で待ち構えて難癖をつけてくる。
「そっちが早いんだろ。で、そのもう一人の天使はどの部屋に住んでるんだ?」
トウコの姿がない。この扉のどこかに入っているのだろうか。
「一階にいるわ」
「一階のどこ?」
「改装したから一階のフロア丸々が彼女の部屋なの。どこのドアを開けてもいいわ」
そう言いながら、ミツクが手近なドアを開けて「入るわよ」と中に入っていく。冬夜もそれに続き、
「お邪魔しまーす」
恐る恐る部屋に入っていく。
まず思ったのは暗いということだった。天井には照明装置があるのに、部屋の中の光源はモニターの光だけだった。一階のすべてをぶち抜いているので、それなりに広い。だからモニターの光だけでは部屋のすべてを照らせない。だけどトウコの部屋とは比べ物にならないぐらいの物が置いてあるのはわかる。本棚に入った書籍やゲームのパッケージのようなものが見える。しかも本棚の上には、アニメのキャラのフィギュアなんかも置いてあった。この世界には、ずいぶんとサブカルチャーが根付いているのかもしれない。それに読みかけの本が、読んだページのところで開いて地面に置かれている。変な型がつくので、貸した本がその状態で相手に放置されたところを見たら絶縁されることもあるという地雷だ。
「ねえ」
影が足下から這い上がってきた。
なんだ、と思ってのけぞるが、その正体が女の子であることがわかった。
まず目に入ったのは髪の毛だ。ウェーブのかかった黒髪のロングは、触るとふわふわだろうなと思った。そして、明らかに部屋着のような緩い服装は、肌着の上にもこもこの上着を羽織って下はハーフパンツという必要最低限のものだった。
彼女がもう一人の天使かと推測する。
「君が異世界から来た人間なんだろう。あ、」
彼女はなにかに気づいたように身を引いた。
なんだろう。
「変態……なんだよね」
「違う!」
この部屋の光源になっているパソコンのモニターの前に座っている、トウコがこちらを見てニヤニヤしている。虚偽の情報を流しているのは彼女なのだろう。
「聞いてくれ。誤解なんだ。俺は初対面のトウコに勢いよく抱き着いて濡れた顔を拭こうしただけなんだ」
後ろからそんなことしてたの、この変態! みたいな声が聞こえる。ミツクだろうな。
「め、だよ」
下から引っ張られて、無理やり座らされる。彼女のうずまきみたいな瞳が真正面にある。
「最初の三秒で人の第一印象は決まっちゃうの。あなたの見た目の印象はそんなに悪くないはずなのに、おかしな行動をしたら印象が悪く固定されちゃうよ。ずっと変態って思われたら嫌だよね」
「まあ、そうだな」
部屋着の人に第一印象の大事さを説かれている。それにミツクから人見知りだと聞いた気もするが、そんなこともなさそうだ。それとも、わざと普段とは違う振る舞いをして、第一印象を操作されているのかもしれない。
「そうだよね。嫌だよね。だから、悪くなったあなたの印象を変える方法があるの。聞きたい?」
「ん、なに?」
「君のいた世界の話をしてほしいんだ」
「なんで?」
話を聞き逃したのかと思う。
「私たちは君のことをまったく知らない。君がどんな世界にいて、どうやって過ごしてきたのかを知れれば君のことを深く知れる。過去を知れば印象も変わる。どう、どう?」
彼女の目は好奇心で満ちている。最初から目的はこれだったのか。なんとなく彼女がどんな人物か分かった気がする。
あんな世界のことを知ったところで面白くないと思う。
だが、目の前の好奇心旺盛な瞳から逃げることもできない。それに、これからはここで暮らしていくのだから、いつかは話すことにもなる。それが早いか遅いかの違いだ。
「じゃあ話すけど、どこから話そうか。俺は日本っていう国にいて、両親と妹の四人で暮らしていた」
幼稚園に通い、小学校に通っていた。習い事もしてたし、放課後には友達と遊んでいた。休日には家族と出かけたりもした。
話していると、記憶が手繰り寄せられていく。自然と言葉が紡がれていく。
「だけど俺が十二歳になって少し経った頃、すべては、あの白い巨人が現れて崩れた」