飛行少女はいいところを見せたい
視点:トウコ
トウコの行動原理は単純だ。
いいところを見せたい。冬夜は男だ。男であれば、血沸き肉躍る戦いに目を奪われる。その中で敵を次々に倒していくトウコの姿に、冬夜は感涙にむせび泣きながらトウコを褒め称えるに違いない。弟子にしてくださいと地に頭をつけて懇願してくるかもしれない。
そんな光景を思い描いてにやりとトウコが笑う。
叫ぼうとしているジンナの元に移動し、ジンナの首根っこを掴んで上空にぶん投げた。ジンナが雲を突き破った後にとんでもない大声を発するが、距離を離してしまえばただの騒音だ。トウコは跳躍した。空気を裂き、雲を貫き、肺の空気を出し切ったジンナの元まで移動する。声を枯らしたジンナがかすれた声で悪態をついていたが、トウコはそれに構わずに彼女の胸元を掴み、拳を構え、思いっきり地上に向かって殴り飛ばした。
彼女の弱点は、大声を何度も発することができないことだ。自分の発する声の振動に喉がもたない。それでも油断はできない。彼女は声を操る。自らの声に指向性を持たせ、自らの部下たちにしか聞こえないように指示を出すことができる。地上に叩きつけられた彼女に構わず、他の十人の天使がトウコに向かってくる。
前回は七人でトウコの領域に攻めてきた。それに比べると四人も数が増えている。この領域以外を侵犯し、着実に人員を補充している。前回の戦いでそれぞれの権能は理解している。新たに追加された天使の権能には気をつける必要がある。
迫りくる炎の渦、不可視の風の刃の猛襲、身体の伸縮による長距離キック、背後に現れた千手観音の無数の掌底、すべて知っている攻撃だ。トウコは空を自由自在に飛んですべての攻撃を回避する。攻撃をすり抜けるだけに終わらず、そのまま六人にかかと落としを決め、そして肘を打ち付けて打撃を加える。千手観音の腕を払いのけながら突進している最中、突如右側頭部から銃が現れる。
銃の引き金には細い指がかけられている。引き金が引かれる。銃弾がトウコの右側頭部に飛来し、トウコは頭を左に傾ける。
「いったいなあ」
血が頬を伝って、それを拭う。
空間と空間を繋げるような能力だろう。銃を構えて、その銃を相手の近くに空間を繋げて出現させる。不意打ちにはもってこいの権能だが、トウコを戦闘不能にするような攻撃力はない。トウコは逆に銃を掴み、引っ張り、繋がった空間から相手の腕を引きずり出した。そのままさらに力を加えて、無理やり引っ張られた天使は、空間の切れ目に首が引っかかって首の骨を折られた。
その後、玉砕覚悟でこちらに触れようとしてくるやつには家屋の屋根をめくって屋根ごと投げ飛ばして対応し、目線をこちらに合わせようとしてくるやつには目を閉じたままタコ殴りにして意識を飛ばしてやった。
直接戦闘に関係のない動きをする者は、十中八九精神干渉系の権能と見ていい。
精神に干渉する権能は強力だが、それらは相手に対して何かしらのアクションが必要になる。相手に触れる、目を合わせる、声を聞かせる、不審な行動には付き合わず、アクションを起こす前にぶっ倒すのが正解だ。
トウコは、冬夜から距離を離しつつ、あらゆる建造物を巻き込みながら敵の天使を殲滅していく。土煙を巻き込んだ爆発があっちで起きたと思えばそっちで起きて、と思ったらこっちで起きる。打撲に裂傷に流血に骨折に内臓破裂にと、領域を侵犯しにきた天使たちはあらゆる傷を負いながらもトウコに挑み、そして返り討ちに遭う。戦いに巻き込まれた建造物は崩壊寸前から、崩壊へと至る。
気絶した天使たちに囲まれた瓦礫の山の頂点で、トウコはキャップを深く被り直して仁王立ちになる。
完全なる勝利だった。
冬夜は見てくれただろうか。
「ん?」
視線を感じた。戦いに巻き込まれずに無事だった廃ビルの屋上に、誰かいる。
灰色のズボンに、黒いワイシャツを着ている。体格からして男性のようだった。天使は女性しかいないから、彼は人間である可能性が高い。
顔を見たら男性だと確信できる。
だけどそれができない。彼が、フェイスマスクで首から頭の先までをすっぽりと覆っているからだ。顔が見えない。スーツのようなきっちりした服装に、フェイスマスクで顔を覆い隠しているそのスタイルは変態のようだった。
まあ変態だろうと天使か人間かわからない以上、手を出すわけにもいかない。もし人間だったら殴っただけでも簡単に死んでしまう。だから変態フェイスマスクは放っておく。
トウコは冬夜の元まで飛んで帰る。
目の前に飛んできたトウコに冬夜は驚く。
「どうだった私の雄姿は?」
冬夜の尊敬の眼差しを向けられることを期待し、冬夜の顔を見る。
「いやあ……やりすぎじゃない?」
引かれてた。
おかしい。リナが読ませてくれた漫画では、男は戦いに溺れて熱中するものだと描かれていた。そして強い者に憧れるのだとも描かれていた。
ふと、さっきフェイスマスクがいた場所を振り返ると、そこには誰もいなくなっていた。
もう一度冬夜の顔を見る。
微妙な顔をしている。
失敗してしまったかもしれない。
私には、これしかないのに。