宣戦布告!
視点:冬夜
「宣戦ふこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおく!!」
でっかい声が周囲に伝播する。なんだ。人影の方からか?
「これから六の十三地区——リトマスマトリックスが、貴様らはぐれ共のみすぼらしい領域を侵犯する! 積年の恨み、今日こそ晴らさせてもらうぞ。特にキャップを被ってるトウコとかぷかぷか空を飛んでるトウコとかいつも私たちを小馬鹿にするトウコとか!! そのあたりを重点的にとっちめるんで以後よろしく!」
謎の人影たちが、家屋の天井や電柱を経由してこちらに向かって跳んでくる。人間ではありえない跳躍力は、彼女たちが天使であることを教えてくれる。近づいてくるごとに彼女たちの人数もわかる。十一人いる。全員が同じ服装をしている。
学生服とコートを組み合わせたような服装だ。長い裾がマントのように靡いている。その姿はヒーローのようにも見えるし、昔の漫画でよく見るヤンキーのようにも見える。そして彼女たちの後ろには、ぐねぐねと動く蛇のような炎が追従してくる。
天使にはそれぞれ権能と呼ばれる特殊能力があるという。
さっきの通常ではありえない大きな声も、生き物のように後ろからついてくる炎も権能に違いない。
十一人の天使が、腕を組んで冬夜たちを囲むように屋上に降り立つ。彼女たちの後ろでは炎が円を描いてぐるぐると回り続けている。
「さあ、領域戦を始めようか。でもその前にだ」
中央にいたつり目の少女が大仰な手振りで話したと思ったら、冬夜の方に目を向けた。じろじろと下から上に舐めるように見てくる。
「人間か? こんな辺境の領域に? こりゃあ珍しいな」
さっきの大きな声と同じ声質をしている。さっきの大声の主は彼女らしい。大きな声のわりに彼女はずいぶんと小柄だった。
「よし、私たちが勝てばこの人間ももらうぞ。なにせ人間は貴重だからな」
よくわからないが、賭けの対象のようなものになったようだった。
状況を飲み込めない冬夜に、隣にいたギャルっぽい少女が冬夜の袖を掴み、耳打ちしてくる。
「さっきの続き。天使たちは領域——つまりは土地を巡って争っているの。そうやって天使たちは自分たちの暮らす領域を増やしていくんだ」
「じゃあ彼女たちは、この場所を奪いに来た天使ってこと?」
「そう。私たちに、っていうかトウコに何度もやられては帰っていくことを繰り返しているリトマスマトリックスっていうチーム」
「目の前でこそこそ喋ってんじゃねえ。全部聞こえてんぞ。それにリナさんよお、テレパシーが使えるのに、わざわざ声に出して喋るってことはわざと聞かせてるんだよなあぶっ殺す」
リナと呼ばれた少女がしれっと返す。
「事実を言ってるだけだよ?」
血管が破裂したような音が聞こえた気がする。
小柄でつり目の少女が鼻を膨らませている。息を吸い込んでいるのだろう。鼻の穴がひくひくと動き、肺が膨らんでいく。
「あ、やば」
リナが冷や汗をにじませている。この至近距離で、人影が豆粒のようにしか認知できない距離からでも聞こえる、あのでっかい声を出されたらどうなるのか。鼓膜なんてひとたまりもない。それどころか命だって危ういだろう。リトマスマトリックスの面々も、やば、と言いながらとんでもない跳躍力でその場から散っていく。
とりあえず冬夜は耳を塞いだ。こんなものでどうにかなるのだろうか。気休めにもならない。
命の危機を感じる。
つり目の少女が口を開ける。来る、と思った。
その瞬間につり目の少女が消えた。
違う。一瞬だが見えた。つり目の少女の背後にトウコが移動し、彼女の服を掴んで思いっきり上に向かって放り投げた。つり目の少女は消えたのではなく、遥か上空にぶっ飛ばされた。
上空から大きな声が聞こえる。冬夜は改めて耳を塞いだ。音というよりも形を持った振動が降ってくるような衝撃を感じた。冬夜の立っている建物全体が震えている。馬鹿げた声量だ。あれを至近距離で放たれていたら確実に死んでいただろう。
トウコがこちらに向かって笑顔を見せる。
「まあ見てろよ。私があいつらを追い返してやるから、その雄姿をしっかりと目に刻めよ」
トウコがその場で膝を屈めて、跳んだ。クレーターのような亀裂がさっきまでトウコのいた場所に刻まれていた。
上を見る。
雲しか見えない。
「どれだけ高く跳んだんだ?」
トウコの雄姿は雲に隠れてしまった。