ツンデレっぽいのとギャルっぽいの
視点:冬夜
「よし到着!」
グロッキーな状態で白目を剥いてよだれを垂れ流していたところに、衝撃を感じて意識を取り戻した。これはたぶん地面に着地した衝撃なんだと思った。
「どうだった? 楽しかったでしょ?」
抱きかかえられたまま、トウコが顔を覗き込んでくる。こんなに悪気のない笑顔を見せられたらまあ許してもいいかなって気にもなってくる。とりあえず降ろしてほしいと言い、自分の足で地面に立った。
とりあえず場所は屋上で、丸い貯水タンクが置いてあって、飛び降り防止の胸元ぐらいの高さの柵が周囲にぐるりと立っている。その柵に腕を置き、外の景色を眺めている少女が一人いた。後ろ姿でわかるのは、ツインテールにまとめた金髪とスカートから除く黒いスパッツだった。
あの子もまた、天使なのだろうか。
金髪の少女が振り向く。眉間にしわを寄せて、つり目気味にこちらを見つめていた。
とりあえず第一印象は大事だと思って、笑顔になって手を振ってみた。そうしたら金髪の少女がこちらにずかずかと近寄ってきて、人差し指を顔に向けてくる。
「あんたのことをまだ認めたわけじゃないんだからね」
よくわからないがツンデレだと思った。アニメとか漫画とかでしか見たことのない存在が目の前にいる。
「俺って本当に異世界に来たんだな」
「いやいいの? 異世界に来た実感がそれで」
後ろから声がした。
トウコではなくて、また別の少女が扉を開けてこちらに声をかけてきていた。褐色気味の肌に、前髪の一部を三つ編みにしている。気だるげな印象の瞳に、必要以上に胸元のボタンを開けたブラウスと、太ももが見えるほどに短いスカートはある言葉を連想させた。
「……ギャルか」
ギャルにはいい思い出がない。前の世界で散々からかわれたし、暴力を振るわれたし、そもそも会話が通じなかった。
「え、なんで睨むの。別に私ギャルじゃないけど」
「そうか。じゃあよろしく。冬夜だ」
目の前のギャルっぽい彼女はどうやら話は通じるようだ。冬夜は手を差し伸べた。
冬夜の変わり身に、ええ、と戸惑いながらギャルっぽい少女はこちらの手を握り返す。
「ちょっと、あんたのこと認めないって言ってるの。聞いてるの!?」
金髪の少女がこちらの肩を持って体を揺らしてくる。
「いや認めないもなにもなんでここに来たのかもわかんないしどうしたらいいんだよ」
「ちょっと、トウコからなにも聞いてないの? そんなの認めないんだからね」
「全然認めないじゃん。逆になにを認めてくれるんだよ」
なんでこんなに突っかかってくるんだろう。ツンデレの思考回路はよくわからない。っていうか本当にツンデレなのだろうかこれは。
ギャルっぽい少女が金髪の少女を後ろから抱え込み、冬夜から引っぺがしてくれる。
「やめなよもう。今日のミツクのキャラはめんどくさいなあ。ねえ、冬夜。トウコから聞いてる話もあるかもしれないけど、私からこの世界について説明してあげるよ。ちょっと長くなるかもだけど」
長くなろうがなるまいが、いずれは聞かないといけない話だ。
冬夜はこくりと頷く。
「ああ、お願いします」
「うん。まあなるべく簡潔に説明するね。とはいっても、別の世界の人が何でこの世界に来るのかよくわからなくて、時々迷い込むようにこの世界に来るっていうのがわかっているだけ。しかも場所はバラバラで飛ばされてくるの。大体の人はここに来て戸惑っているから、近くの天使がまずは保護するって感じ」
「それが君たちと」
「そうそう。で、さっき天使って言ったけど、他の世界から来た人間と区別するためにこの世界の人間をそう呼んでいるの。誰がそう呼び始めたかは知らないけど、一応人間と天使には違いがあって、人間よりも身体能力がまず高い。腕相撲したら私たちが圧勝だね」
へえ、と思い、冬夜はその場で上半身を沈め、肘を地面につける。そして挑発的な視線をミツクと呼ばれていたツンデレ金髪少女に向ける。冬夜の意図を察して、ミツクがこちらに近づき、上半身を沈め、肘を地面につけ、冬夜の手を握る。
不意を突くためにいきなり力を込めた。だけど金髪少女の腕はぴくりとも動かず、次の瞬間冬夜の手の甲は地面に触れていた。
「ね、勝てないでしょ」
金髪少女の勝ち誇った顔が妙に腹立たしい。冬夜よりも細い腕で、こんなにも力の差がつくのはおかしいとも思うが、トウコの時も同じことを思ったしこれが事実だと受け入れるしかない。
「あとは、身体能力の他には権能と呼ばれる特殊能力を持ってるよ。トウコみたいに空を飛べるような能力だったり、私だったら、」
ギャルっぽい少女が急に口を閉ざして、ちょこんと冬夜の手に触れてすぐ離れた。なんだろうと思ったその時に、
『こうやって脳内に直接声を届ける能力だったり』
ギャルっぽい少女の口は動いていないし、それに鼓膜への振動を感じられない。それなのに音は聞こえる。耳を塞いでも聞こえる声のボリュームは変わらない。強制的に頭の中にイヤホンを埋め込まれて音を流されるような感覚に近いだろうか。
「あとはミツクみたいに——」
「ちょっと! 気安く能力を教えないでよ。まだこいつのことは認めてないんだからね」
もうこいつは認めたくないんだからねって言いたいだけなんじゃないだろうか。だけどそれを指摘してもたぶん認めてくれないんだろうな。
「そう? まあ別にいいけど、とりあえず天使の権能はそれぞれ違うってことがわかってくれたらいいよ。そしてこの世界では天使たちが土地を巡って、」
ドガーン!
急な爆発音がギャルっぽい少女の言葉を遮った。なんだと思って爆発した方角に走る。屋上の端っこまで行き、柵に手を置き、なにがあったのかと状況を探る。冬夜たちの今いる建物のすぐ下は砂の敷き詰められた運動場のスペースがあり、その奥には電柱の倒れてるコンクリートの道が伸び、その先にあるボロボロの木造住宅地の一部から天高く昇る炎が見える。
「おい、まずいんじゃないか。火事だろあれ」
「別に誰も住んでないから大丈夫」
上の方から声がした。宙に浮かびながらトウコが話している。
「まあ火は消さなきゃなんだけど、それよりもお客さんだよ冬夜君」
「お客さん?」
トウコが龍のように立ち昇る炎を見ながら、にやりと笑っていた。その視線の先を辿る。目を細めてじっと炎を眺めてみると、その中に人影があった。一つじゃなくて、たぶん十ぐらいは見える。
あれは人間なのか、それとも天使なのか。