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天使の住む世界へようこそ  作者: 仲島 鏡也
第1章 プロローグ
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プロローグ

初連載です。

温かい目で見守ってください。

 気が付くと、変な場所にいた。


 まず自分は椅子に座っていた。細かな毛が立っているふかふかの椅子だ。座っているだけですぐに眠たくなってしまう。このまま眠ってしまうわけにもいかないので、立ってみる。


 頭をぶつけた。


 目に涙を浮かべながら、自分が頭をぶつけたものに目を向ける。天井ではないが、頭をぶつけたところの上に、荷物を置けるようなスペースがあった。


 天井も軽くジャンプすれば手が届きそうだ。周囲をぐるりと見回すと、自分が座っていたような椅子が規則的に並んでいる。横に縦に並んでいるが、人が通れるような通路が確保されている。そして壁には、窓が並んでいる。


 冬夜は窓をのぞき込んでみた。


 白いふわふわが見えた。


 これは雲だろうか。


 ということはつまり、ここは飛行機の中ということだろうか。


 確かに足下の振動から、乗り物に乗っているような感覚がある。心なしか浮遊感も感じる。


 ここが飛行機ということはある程度理解できた。しかし飛行機には乗客がいるはずだ。だけど冬夜の他には乗客がいないようだった。


 よくわからないことだらけではあるが、初の飛行機を楽しもうと決めた。


 席に着き、頬杖をついて、窓の景色を眺める。人間一人では飛ぶことなどできないが、こうして文明の利器を使えば人は飛ぶことができる。空を見て、鳥を眺めて、空飛ぶことを夢想し、そうして人間は空を飛ぶに至った。


 素晴らしいことだと思う。


 だがその夢も叶えてしまえば当たり前になる。冬夜は代わり映えのしない景色に飽きてしまった。


 前の席から座席テーブルを出したり、元に戻したりを繰り返す。別の席に移動してみたり、通路で寝そべってみたり、大声で歌をうたってみたり、無人の操縦席で出発進行と指をさしたり、トイレに入って意味もなくボタンを押してみた。トイレ内からじゅぼっという音が鳴ってビックリした。なんだかトイレに引きずり込まれてしまうような気がして怖くなって、冬夜は席に戻った。


 席について、そういえばこの飛行機はどこに向かっているのだろうと今さらながらに考えた。


『この船は第十一世界に向かっている』


 冬夜の肩がびくついた。


 今まで人の気配なんてなかったのに、急に左隣から声がしたのだ。ビックリしたし、今まで一人だと思っていたからこそ好き勝手に動いていたのにそれを見られていたかもしれないと思うと途端に恥ずかしくなった。


「えと、あの、船って言った? ここは飛行機だし、それに世界がどうとか」


 今までの行動に触れられないように、相手の話題に全力で乗っかった。


 っていうか自分は通路側の席にいるのに、窓際の席に人がいるのはおかしい。相手が先に座っていたら気づくし、後から座ってきたならそれはそれで気づくし、それに、左隣の人をこの距離で正確に視認できないことが一番おかしい。


 その姿は、テレビの砂嵐を塗り固めたように見える。声は、色んな声が重なったように聞こえる。


『異なる世界の橋渡しは船だと相場が決まっている。だからこれは船だ。そしてお前は、今までいた世界とは異なる世界に向かう。異世界と呼んでもいいが、それでは多くの世界を識別できない。それぞれの世界には名称があり、これからお前が向かう世界は、第十一世界と呼ばれている場所だ』


 喋るごとに、左隣の人物の砂嵐がわずかに晴れ、少女のような姿が垣間見える。だけどはっきりと見えない。見た瞬間に、色んな少女の姿が頭に浮かんで、さっき見たはずの少女の姿が印象に残らない。認識を阻害されてる、そんなイメージだ。


「ふうん。そうか。じゃあ俺は前の世界にいる必要はなくなったのか」


『……そうだ。お前は選ばれた』


「そりゃ結構。あんな部屋にこもってたってどうしようもないしな」


『お前は新たな世界で生きる。どのように生きるのかはお前の自由だ』


 自由?


「普通は、魔王とかを倒すために呼ばれるとか、そういう目的があるものじゃないのか? せっかく異世界に行くのに。あんたも神様みたいな存在なんだろ。自分は世界に干渉したらいけないから、世界に蔓延る悪に対抗するために異世界から勇者を召喚したりとかそういうことじゃないの?」


『なぜ別の世界の者にその世界の命運を託す?』


「え、逆に質問されるの。いや、そういうものかなって。なんか力を授かったりしてさ」


『お前はただの人間として第十一世界へ向かう。特別な力も与えられず、魔王などいない世界で、ただ生きるのだ』


 ただ生きる。


 その言葉で、冬夜は一つの記憶を思い出す。


 死の間際の妹の美夜の言葉だった。塩の降り積もる街路の中で、ガスマスクをはぎ取られて、体の内側から塩化が進んでいる妹の美夜は、息をすることも辛いだろうに言葉を紡いだ。


 生きて。


 苦痛の中で、必死に笑顔を見せようとして、口の端を上に持ち上げようとする美夜の姿は痛々しかった。目を逸らしたかった。それでも彼女の瞳をガスマスク越しに見つめ、彼女の願いを聞き遂げた。


 お前の分まで生きてやると、そう言った。


 その言葉が美夜に届いたかはわからない。美夜の瞳から生気が失われていく様を見つめながら、その全身が塩になって消えていくその時を見守った。


 それからは部屋にこもる日々だった。


 両親が死に、妹も失った。親しい者は誰もおらず、頼れる者もいない。


 死のうと考えたことはもちろんあったが、それでも妹の言葉がそれを許さなかった。気持ちを頑張って切り替えた。食料の確保に出かけようと思った。その前にひと眠りしようとしたところで、この飛行機の中にいた。


 ただ生きる、それなら得意分野だと思った。


「じゃあもう少し頑張ってみるよ」


 左隣の人物が、微笑んだような気がした。あくまでも気がしただけで勘違いかもしれないが、それでも空気が和らいだような気がする。


 左隣の人物が席を立つ。こちらにくるりと振り向く。


『うん。頑張って』


 今まで堅苦しい喋り方だったのに、今の台詞からは少女特有の無邪気さを感じた。


 目の前にいる誰かが微笑んでいるとわかった。わかっているのに、彼女の顔だけは認識ができない。


 冬夜は手を伸ばした。彼女に触れようとした。自分でもなにがしたいのかよくわからないけど、彼女に少しでも近づきたいと思った。


『天使たちによろしくね』


 意味のわからない言葉を耳に残したまま、意識が手放されていくのを感じた。


 地に足を着いている感覚が失われていく。


 周囲の景色が色を失っていく。


 眠気に襲われて耐えることができない。


 眠くて眠くて、どうしようもなくなった。

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