俺TUEEE系の主人公が持つチート能力にも色々ある
『三九年ニューヨーク・ヤンキースのワールド・シリーズ優勝が確定する前に、光がそのパラレルワールドに転移したとしよう。そうすると、その時点から、ヤンキースが史上初のワールド・シリーズ四連覇をした歴史が変わる可能性はある。というよりも、光が転移した瞬間に、別の世界線として分岐するから‥‥。‥‥そうだな。もしもだよ。もしも、光が無人島で誰にも会わないように引きこもったとしよう。それでも、光が転移した瞬間から、パラレルワールドでは何もかもが変化すると考えていい。晴れの日が、雨に変わったり。死んだはずの人が生きていたり、生きているはずの人が死んでいたり。‥‥光が転移した瞬間から、一秒時間が経つごとに、その変化は大きくなるんだ。だから、光が歴史を変えることに対して、あまり気にすることはないと思うよ。うん』
「いや、その理屈はおかしい。だって、僕のチート能力って、どう考えても俺TUEEE系小説の主人公だから。もし、一人で生きていける能力があったとしても、そんな生活嫌だよ。それで、第二次世界大戦に行って動画配信しようとしたら、その動画は絶対垢BANされるやつになるでしょ。‥‥その時代は、世界中の何処に行ったとしても頭がおかしいし。日本語しか喋れないのに、その時代の日本も、アメリカと戦争が始まる二年も前から白米が食べられなくなるほど狂っている。白米禁止令ってなんだよ。相対的貧困で比べても、江戸時代のほうが遥かにましなのはおかしい。配給制度になってから、今までにないほど生活が豊かになるって、もう狂っているとしかいいようがない」
『さっきも話したけど、ファンタジー世界の冒険者のように、光が、革鎧に、片手剣・盾を装備して、何人かのNPCとハーレムパーティーを組んだとしたら、その自分の剣で直接人を殺すこともあるかもしれない。その場合、手に感触が残るんだよ。それでいいの?戦艦何十隻で、大都市への無差別艦砲射撃動画を投稿するより垢BANされるとは思わないの?どっちにしても動画投稿は出来ないけど。‥‥まあ、さっきから光がいっているように、明治維新の結果が大失敗だったことを隠す為に、支離滅裂な内政・外交になっていたかもしれないね。その日本に、ピンク、ブルー、グリーンの髪の色をした白人・エルフ・ダークエルフ・獣人・吸血鬼に、精霊などの美少女NPCを引き連れて勇者誕生したほうがインパクトはあると思うよ。それでも。何度も繰り返すようだけど、ここにいる光に求められているのは、一九三九年の世界で二〇二三年のネットショッピングとか、そういうのじゃないから。フライング・タイガースに対抗して、ドラゴンにまたがって、フライング・ドラゴンズというのは、ちょっとだけ面白かった。中日ドラゴンズのスポーツマスコットが部隊章になっているのはどうかと思うけど』
『白米に関していうと、その頃のお米は、光がいま食べているコシヒカリとは違うから。さすがに、鳥またぎ米とかは食べることはないだろうけど、それでも七分づきだからね。実際のところ、知らぬ顔の半兵衛を決め込んで、白米を食べている連中はごろごろしていたよね。敗戦間際に、覚醒剤の入っていないチョコレートをパクついて、動員先で午後のティータイムと洒落込んでいた女学生とかさ』と、もう一人の光は脚を組み替えた。
「鳥またぎ米って何?」
『お米って、美味しくなったのは、比較的最近なんだ。新潟県は米所だけれど、その新潟で、一九三一年に水稲農林1号という品種が育成されるまでは、新潟で取れるお米は不味いことで有名で、鳥もまたいで通るような米という意味だよ。新潟県以外にも、取れるお米が不味かったり、寒くて育つ品種が当時はなかったりしたんだ』
価格統制や配給制度が始まって、必然的にヤミ相場が形成されたこと。
「世の中は 星にいかりに 闇に顔 馬鹿者のみが 行列に立つ」という歌が流行したこと。星と碇は陸軍と海軍の階級章のことで、闇は闇市を意味したことなど、もう一人の光は補足の説明を始めていった。
光は感心しながら、どういった学徒勤労動員の動員先で、どのような女学生がそのような饗応を受けていたのか聞き入った。逆に、軍需工廠へなどの動員で、無理をして体を壊して病死したり、空襲で死傷したり、乱暴されたりといった女学生の話も聞かされた。
泣き寝入りさせられた酷い話も。
もう一人の光の話術は巧みで、チート能力に関する話し合いがすり替えられていることに光は気付かなかった。
元来、光は、動画配信サイトを倍速視聴して得たような、広く浅い知識しか持たない令和のオタク小学生だ。今は俄野球ファンのライトオタクでもある。
それが、もう一人の光と取り留めのない会話をしながら、ネット環境を利用して、動画配信サイトを主に、タイムトラベルなのか、異世界転移なのか、行き先の一九三九年の世界と日本を調べたり、二〇二三年までの歴史を辿ったりしている。
光にとっては、当時の人種差別・民族差別や、植民地支配の実態などは、異世界ファンタジーの世界とほとんど変わらかった。
スムーズに物事を進めるために、光の思考は干渉を受けているから、もう一人の光との話は比較的早く進んでいく。
そして、一九三九年七月一日土曜日の世界へと光は旅立つことになる。
不定期更新です。