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プロローグ──フィンランド空軍ナカジマKi-43 (3)

 あまりにも明け透けな話に驚いた河西は、中島の技術者達と別れた後、同僚の記者に、軍機は大丈夫なのかと尋ねた。


 この飛行場にいるのは、オリンピック選手、役員だけではない。中島飛行機以外にも、「オリンピック・ニッポン号」を見学に来ている航空機工業の関係者、陸海軍の制服を着た者も多かった。


 鵜の目鷹の目で記事の種を探す記者達でごった返してもいた。間違いなく一人くらいは間諜だっているだろう。それを取り締まる特高警察、憲兵だっているはずだ。


 こんな粋なスパイは見たことないというわけにはいくまい。


 ヘルシンキ五輪のテレビ放送を契機にして、昭和一五(一九四〇)年一月に、社団法人日本放送協会の略称NHKとして機構改革し、NHK記者の独自取材による報道も始まっていた。


 不偏不党を大前提としていたが、NHKの監督当局である逓信省と、内務省、文部省だけでなく、企画庁、内閣情報部も加わった綱引きも始まり、NHK記者とはどうあるべきなのか、手探りの段階でもあった。新聞、雑誌や、その筋への投書も怖い。


 半笑いの同僚は、鼻から煙草の煙を出しながらこう答えた。


「ま、キ43、キ44の両方とも、今の所採用される見込みはない。にしても、軍機といえば軍機かもしれない。だけどね。今一番の軍機といえば、原子爆弾。原子爆弾を開発する予算がどこにもないことだよ。小学生だって知っている軍機だ。天津事件は、イギリスの援蒋を止められない尻窄み。ノモンハンの方は、今はオリンピック停戦だけどね。支那事変になると処理どころじゃない。今までの軍事費とこれからの潰えがあれば、原子爆弾を研究する予算のほとんどが賄えたはずだ。戦争はまだ始まってもいないのに、もう物不足だ。この有様で、アメリカに宣戦布告するなんて、とても信じられない。米、英、独、ソの列強と比べると、我が帝国は格落ちといっていいんじゃないか。中島も、急に上から金が降りてこなくなったらしい。陸軍さんも、売れるものなら何でも売りたいじゃないかな。平沼さんなんて関係ないと思うよ」


 芸者や舞妓の献納じゃ賄えないよと、笑いながら煙草を吹かす記者の目は冷たかった。




 フィンランド大統領主催晩餐会

   フィンランド大統領府 ヘルシンキ フィンランド

   昭和一五(一九四〇)年 七月二〇日 午後八時


 第一次世界大戦の前と後では、世界はどう変わったのか。第二次世界大戦の前と後では、世界はどう変わるのか。皆が皆、自分の見ている未来を声高に述べている。イギリス首相のアーサー・ネヴィル・チェンバレンもそうだ。


 チェンバレンと同じテーブルにいるアドルフ・ヒトラーもそうだろう。ミュンヘン会談の時には、ナチスの代名詞ともいえる褐色の制服を着ていたヒトラーだが、開会式は、明るいグレーの制服で現れた。晩餐会では、純白の制服に着替えていた。グレーの制服の袖を通すのは今日が初めてだと、朗らかにヒトラーは語っていた。


 チェンバレンは、ヘルシンキ・オリンピック開会式のセレモニーの為に、ヘルシンキを訪れていた。


 開会式では、前回の開催地ベルリン、今回の開催地ヘルシンキ、次回の開催地ロンドンを代表して、ヒトラー、キュオスティ・カッリオ大統領、チェンバレンの三人が手を携えたが、大いなる茶番だったのだろうか。平和の祭典という言葉が虚しく響いていた。


 チェンバレンの宥和政策による一九三八年のミュンヘン協定は誤っていたのか。昨年の渡邊光による六つの予言がなければ、首相の座を、チェンバレンを批判しているウィンストン・レナード・スペンサー・チャーチルに譲ることもあったのだろうか。


 チェンバレンに、それを考えない日はない。


 今世界を動かしているのは六つの予言だ。


 一 一九三九年「第二次世界大戦」の勃発


 二 ドイツとソビエト連邦によるポーランド第二共和国の分割占領


 三 占領下にあるフランス第三共和制


 四 大日本帝国によるアメリカ合衆国への宣戦布告


 五 大日本帝国が、西は英領インドから、東は南太平洋西部メラネシア地域ソロモン諸島ガダルカナル島まで攻勢をかける


 六 一発で一〇万人の市民を死亡させる原子爆弾二発が、都市に投下されて、「第二次世界大戦」は終結



 「第二次世界大戦」は始まってもいない。そう考えると、この予言は最初から外れているが、それを笑うものは誰もいない。


 もし、それが良い予言なら、人はそれが叶うことを楽しみに待つだけだ。


 もし、それが悪い予言なら?


 それが受け入れられないものなら、人はそれを振り解こうと足掻くはずだ。人ではなく、国家ならば、運命に抗おうとする力はもっと強くなるはずだ。


 今世界を振りまわしているのはこの予言だ。イギリスもチェンバレンも振りまわされていて、その対応に大童だった。


 渡邊光の予言に足掻いている国家、国民、異教徒、民族等は、この予言に挙げられた六つの国家だけではない。その周辺の中小国や、その自治領、植民地、異教徒、民族等も蠢いていた。


 ユダヤ人迫害政策を糾弾して、ベルリン・オリンピックの開催権返納、ボイコットを主張していたイギリスも、一九四四年のロンドン・オリンピックを控えていた。今となっては、世界中がその開催を疑っている。チェンバレンもその一人だ。


 そして、北アイルランドでのカトリック差別と弾圧の実態は、北アイルランドをナチスの親衛隊、秩序警察、保安警察が支配するような警察国家にしている。まだ、百年も経っていないアイルランドのジャガイモ飢饉では、四年間で一〇〇万人が餓死か病死をしていた。


 キリスト教徒ですらない異教徒、有色人種の植民地人など、イギリスが抱えている闇はナチスよりも大きかった。


 イギリスが、アドルフ・ヒトラー率いるナチス・ドイツを糾弾したのは、第一次世界大戦後の現状を維持しようとするヴェルサイユ体制を破壊しようとしていたからだ。それが、どれほどドイツに過酷だったとしても。


 第一次世界大戦後の中小国家の独立、国際連盟を設立したのは、第一次世界大戦の戦勝国に都合の良い現状を維持するためだ。少なくとも、イギリスには植民地を独立させるつもりはない。イギリスが、第一次世界大戦へのインドの協力を対価にした、インド独立を反故にしたことからもそれはわかる。


 愚かな植民地人といってはいけないのだろうが。


 ドイツのユダヤ人一人の命が、カトリック教徒のアイルランド人一人の命よりも重いのは、世界中のユダヤ人の働きかけもあったからだ。


 イギリスは、シオニストによるイスラエル建国問題も抱えていた。シオニストによるテロリズムも問題になっている。チェンバレンは、自由党のロイド・ジョージ挙国一致内閣で、植民地大臣時代に、チャーチルがユダヤ人のパレスチナ移民を進めたことを知っていた。


 チャーチルが、アイルランド総督の孫として、アイルランドで幼少期を過ごしたことも。彼が、インド人を蔑視していることも。


 イギリスの統治下にある自治領、植民地、異教徒、民族等も、不穏な動きを見せていた。


 分割して統治せよ。ローマの金言だが、この世界は分割しても統治出来なくなってきていた。渡邊光の予言が、それに拍車をかけていた。


 もし、ローマがユダヤ教とキリスト教を分割したなら、ローマはキリスト教に飲み込まれたことになるのか。イギリスが分割して統治しようとした自治領、植民地、異教徒、民族等に、イギリスが飲み込まれる日が来るのだろうか。


 チェンバレンは、六つの予言から、イギリスの将来を悲観する報告書に幾つも目を通していた。


 今や、イギリスの武器、弾薬の生産、供給は、ヒトラーの脅威に対抗出来る目処はついたが、チャーチルの主張するようにヒトラーに勝利したとしても、何も得るものがないピュロスの勝利どころか、イギリスという国の制度が揺らぐかもしれないのなら、我々は一体何の為に戦うのか。そういう結論だった。


 第一次世界大戦の前と後では、イギリスはどう変わったのか。第二次世界大戦の前と後では、イギリスはどう変わるのか。皆が皆、自分が見ている未来を声高に述べている。チェンバレンもそうだ。



 チャーチルには、イギリスを預けることはできない。彼は、イギリスを破滅させるだろう。


 

 不定期更新です。

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