日系の渡邊帝国は満州国を外交上承認するのか(1)
ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン マンハッタン区 ニューヨーク市
昭和一四(一九三九)年 七月六日
「何か面白い記事でもあったかい?」
「ん。そうだな。イギリス下院で、万国博覧会に関する答弁があったよ。イギリスのパビリオンの催し物は、七つ全部が大入り満員で、その盛況な様子を写したニュース映画にいたく満足している、とさ」
「他には?」
「ずっと、ここ最近は、牛乳に関する答弁が続いていて、アイスクリーム会社の論題が入ったのには笑ったけど。‥‥そうだな。沈没した潜水艦シーティスの引き上げだけど、引き上げ船の名前が、ゼロだったことを思い出させてくれたくらいかな」
「その一週間前に沈んだ、うちの潜水艦の引き上げでは、半分以上が助かったからね。‥‥なあ、あの『観艦式』だけど、どう思う?」
「あ?どう思うと言われてもなあ‥‥。初日の催しでは、白とオレンジの彩りで、山火事みたいに燃えていたというし。二日目には、白から青へと変わって、氷山みたいだっていうから、僕も見に行ったけど。確かにすごかったな。僕が見に行った時には、白からピンクでさ。ピンクって、あんなに色があるのかって驚いたよ。コニー・アイランドの東西より長い約八〇〇〇メートルが、ベースボールのナイターの照明よりも明るいんだぜ?四〇〇万ドルかけた、コニー・アイランドご自慢のボードウォークも霞んじまうよ。もしかして、あれは、大統領が点灯したかもしれない。スタテン・アイランドのサウス・ビーチの方でも、人の集まりが凄いらしい」
あれが、日暮れから、日の出まで、ずっとやっているっていうんだから、タイムズ・スクウェアよりも上の扱いになるのは当然だと、その記者は締め括った。
それを聞いた記者は、頬を掻きながら話し始めた。
「あの戦艦を模したフロートだけど、あれはフロートじゃないらしいんだな。あの雹が降った夜のことだ。雷の音に、皆んなが飛び起きて、コニー・アイランドの連中は、ロッカウェー海峡が真昼のように明るいことにすぐ気がついた。あそこに住んでいるイタリア系の悪ガキどもは、日が昇る前に海に飛び込んだ。戦艦とは、二七四メートル程しか離れていないんだ。当然だな。イルミネーションに輝く戦艦に近寄ってみると、海底から立ち上がっているというから驚きだ。潮の満ち引きがあっても、喫水線の高さは変わらないという。おかしいだろ?」
それを聞くと、その記者は歯を見せて大きく笑った。コニー・アイランドにあるキャラクターのように。
「そりゃ、そうだろ。あんなに高い艦橋を取り付けた艀の上じゃあ、艀が風で揺れちまう。一夜で、あんなもの出来るわけがない。先に、海底に作った土台に、後からフロートを取り付けたのさ。それで、喫水線が変わらないんだ。おかしいのは、どうやって、あんな人目につくところで、そんな工事が出来たのか、さ。それよりも、あの戦艦戦隊だけどさ。あれは、日本海軍に対するメッセージだっていう話がある。一九三四年のヴィンソン・トランメル法から、一九三八年の第二次ヴィンソン法まで、海軍拡張は、日本海軍を念頭に置いている。そうだろう?」
「はあ?オモチャ‥‥というには、大きすぎるか。それで、日本海軍をどうするって?」
「まあ、聞きなよ。今年始まった万国博覧会も、来年には終わる。ブロンクス区とクイーンズ区の沿岸部を走る自動車専用道路だって、再来年には開通予定だ。仕事が無くなっちまう。そこで、あの戦艦戦隊を使って、万国博覧会の次の興行を仕掛けようというわけさ。何をするのかまでは、まだよくわからないけどな。一石二鳥というわけだ。スタテン・アイランドにも、自動車専用道路を作ろうと言いだしているやつもいるらしい」
「正気の沙汰じゃない」と、それを聞いた記者は、青い目をくるくると回して答えた。
「正気の沙汰じゃないのは、日本も一緒さ。中国相手に、何十万も兵隊を送り込んでおいて、これは戦争じゃない。ソビエト相手にも、小競り合いをずっと続けている。そして、太平洋では、合衆国とイギリス相手に、『二国標準主義』を目指している。理解不能だよ。ああ。あの戦艦線隊は、グァム・フィリピンを要塞化するというデモンストレーションかもしれないな」
もう、今頃は、グァム・フィリピンの海底には、土台が作られているかもしれないぞと、その記者は、面白そうに話を続けた。
「‥‥日本か。あそこは、うちから石油を買っているんだろう?どうやって、合衆国と戦争するつもりなんだ?」
「日本人の考えていることなんか、まるでわからんよ。イギリスの下院でも、日本の話があった。イギリスからは、アルミニウムなどを輸入して、下着・タイツ・ストッキング・靴下を輸出しているらしい。衣服とかな。その点、ロシア人も、何を考えているのかわからんことでは一緒だ。日本人と揉めているのに、共産主義を敵視しているヒトラー相手に、イギリス・フランスとの三国同盟には、言を濁しているというからな。イギリス下院では、ロシアとの外交交渉には悲観的だったよ。第一次世界大戦の時だって、日常の営みが続いたことには何の変わりもないからな。足りないものは、何処からか調達しないと。国内に無いなら、海外から輸入しなくちゃならない。日本もそうだが、島国のイギリスも大変だ」
その記者は、取り出したタバコに火をつけた。
「ドイツの潜水艦か」と、それを聞いた記者は答えた。
不定期更新です。
第一話『エピグラフ』から、第六話『プロローグ──フィンランド空軍ナカジマKi-43 (5)』ではなく、プロローグで、1940年8月から始まる史実よりも大きくなる予定のノモンハン事件を書けば良かったという後悔。
おかしな数字の使い方も、書き終わってから、改訂版の際に修正するつもりでしたが、最初から、普通に書くべきだったなと。
一話を掻き終わってから、次の話を考えるスタイルをどうにかしないと、どうしようもないのですが、投稿を前提にしないと書けない悪癖があるので、どうしようもありません。