領土を持たない系の渡邊帝国はアメリカ合衆国で外交上承認されるのか (6)
ニューヨーク市消防局 第五七ポンプ隊
バッテリー・パーク マンハッタン区 ニューヨーク市
昭和一四(一九三九)年 七月一日
「俺の見立てでは、万国博覧会は関係ないね。場所が少し離れすぎているだろう?」
「そうだよな。客を引こうと、万国博覧会に対抗して、遊園地の興行主が仕掛けたんじゃないか?」
「コニー・アイランドも、電車賃しかもたない客とも呼べないやつばかりでは、商売上がったりだもんな。金を使ってくれる中流階級を呼ばなきゃ、やっていけないだろうしな。でも、サウス・ビーチに、コニー・アイランドと同じだけ金をかける余裕があったとはね。いや、御見逸れしました」
「三七年の恐慌は酷かったからなあ。‥‥うちの姉貴の旦那も、四人子供抱えて無職になっちまってさ。うちも二人の子供がいて、そう余裕はないし。うちのお袋も、そりゃあ姉貴の心配してさ。大変だったよ」
「景気は、去年から少しはましになってはいるんだが‥‥。それでもなあ‥‥」
「明日は、七月最初の日曜日だ。コニー・アイランドは、きっと大変なことになるぞ」と、暗くなった話題を変えるように、昨夜の当直だった機関員が声を上げた。
第五七ポンプ隊では、昨夜の「観艦式」の話題が絶えなかった。
昨夜は、通り魔のような雷と雹が治ったかと思えば、ホフマン・アイランドの東側から、ロッカウェー海峡にかけて、何隻もの大型船が燃えているという通報が立て続けに入ってきた。
第五七ポンプ隊は、去年の一一月一六日に就役したばかりの消防艇ファイアファイタを送り出した。ディーゼル・エレクトリック方式機関を搭載し、一九三九ニューヨーク万国博覧会で展示されるほどの最新型だ。
第五七ポンプ隊に配属されていた先代の消防艇ジョン・J・ハーベイも、当時最新鋭のガソリン・エレクトリック方式機関を搭載していた。先先代のジョン・パーロイ・ミッチェルも、重油専焼方式機関を最初に採用した消防艇だった。
それだけに、第五七ポンプ隊隊員の士気も高かった。出動指令を受けるや否や、桟橋や甲板に積もった雹を、ガリガリと踏み躙りながら、指定された当該海域へ向かった。
グレーブズエンド湾方面を割り当てられたファイアファイタは、ザ・ナロウズを抜ける頃には、すぐに船が燃えているのではないことに気づいた。
それは、見たことがない色合で、燃えているようなイルミネーションは揺らめいていた。
コニー・アイランドに近づくにつれ、ホフマン・アイランドから、対岸のニュージャージー州アトランティック・ハイランドへ続く、同じような八つの輝きがあった。
ロッカウェー海峡に入ろうとするファイアファイタは、戦艦を模したフロートの左舷を通り抜ける。非現実的な大きさのフロートは、それだけで、偽物であることがわかる。
コニー・アイランドは遠浅の海岸だ。このような大型の船では、ここで座礁できるほど近づけるはずがない。海図を確かめるまでもなかった。
コニー・アイランドを通り過ぎるまでに、約八キロに渡って連なった八隻のフロートを確認したファイアファイタは、デッド・ホース・ベイで180度転回して帰投することになった。
「タイムス・スクウェアの広告が、田舎のネオンに見えるようじゃ、上流階級だって、コニー・アイランドに帰ってくるかもしれないぜ?」
「コニー・アイランドにしろ、サウス・ビーチにしろ、上流階級だったら、俺達のように『観艦式』と洒落込むだろうさ。地元には、あまり金は落ちないんじゃないか?」
「すると、あれだけの仕掛けは、金を落とすだろう中流階級狙いというわけかい?いくら何でも、金をかけすぎだろ」
「やっぱり、万国博覧会も関係あるんじゃないか?不景気を吹き飛ばせって、市長だけじゃなく、大統領も動いているかもしれないぜ?」
「遊園地で、ミニチュアの街並みは見たことはあるけどよ。本物の戦艦よりでかい、作り物の戦艦には、なんていえばいいんだ?」
「そりゃ、戦艦だろ」
再来年には、ブルックリン・バッテリー・トンネル工事によって、第五七ポンプ隊が配置されている消防署は、すぐ側にあるノース・リバー・バースの第一桟橋に移転することになる。
先月七日に、イギリスのジョージ六世が、英国の君主として初めてアメリカを訪問したときに、上陸第一歩を記した場所だ。
今の消防署は、バッテリー・パークの護岸堤の外側に杭を打ち、板を渡したその上にある。
明治二四(一八九一)年二月一日、金属製の船体を持つ近代的な消防艇ニューヨーカーが就役した。石炭専焼方式機関を搭載していた。
そのニューヨーカーを配属する為に、新たに設立されたのが、第五七ポンプ隊だった。新たに建てられた消防署は、その特異な外観から、ニューヨーカーと共に地域のランドマークになった。
二階建ての消防署は、ハドソン川に突き出すように建てられている。消防署の川側中央部には、五階建ての高さになる火の見櫓があった。
その火の見櫓からは、一三〇〇メートルも離れていないジェイ砦上空で静止している「何か」がよく見えた。
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