領土を持たない系の渡邊帝国はアメリカ合衆国で外交上承認されるのか (3)
ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン マンハッタン区 ニューヨーク市
昭和一四(一九三九)年 七月一日
「どうだい。『この写真が示しているように、ゲティスバーグの野営地にいる南部連合の兵役経験者達は、かつてそうであったような溌剌とした若い衆ではない。このご隠居達は、ボーイスカウト達の入念な監督のもと、車椅子の隊列を組んでいる』だってさ。この南部連合だった車椅子の爺さん達を、車椅子の合衆国大統領が暖かく迎えてくれれば、ゲティスバーグの戦いから七五周年目を記念するいい絵になったんだけどねえ」
ペンシルバニア州ゲティスバーグで行われている七五周年記念式典から、写真伝送で送られてきたうちの何枚かを手渡された。一番上の写真がそうなのだろう。首から下げていた老眼鏡をかける。
芝生の上に板が渡されている。その上を右から左に、ボーイスカウトが、ネクタイを締め帽子を被った老人が乗る車椅子を押していた。写真に写った車椅子三台の向こうには、板に沿って張られたテント二張りが真っ黒な入り口を覗かせている。
もう一枚も、九〇の坂を超えた三人。奥にいるサーベルを抜いた将軍の号令のもと、ソケット式銃剣の付いたマスケット銃二丁を構えている。彼等も南部連合だろう。
「構え!狙え!撃て!」で、旧交を暖めている写真だ。
目の前の同僚とも、新人の頃からの長い付き合いになる。
「車椅子の大統領に触れてはならないのは不文律だからね。どうしてこの不文律ができたのか。この不文律が守られているのか。KKKの民主党らしい。反ファシズムを訴えているのが冗談みたいだ」
ニューヨーク・ヘラルドの頃は、どちらかといえば、政治的には中立だった。ニューヨーク・トリビューンに一三年前買収されてからは、共和党よりになった。
「そうだな。それに比べると、イギリスの首相叩きは少しやりすぎじゃないかと思える。まあ、KKKはともかく。南北戦争の時は、『ニューヨーク・ヘラルド・ヘッドクォーターズ』と白文字の荷馬車で、前線まで取材に行っていたのになあ」と、同僚はコーヒーを飲んだ。
何処で手に入れたのかわからない女死刑囚の顔を映したマグカップで。
南北戦争での報道は、今はなきニューヨーク・ヘラルドの栄光の一つといえるだろう。
新聞は、販売部数と広告で稼がないとやっていけない。ニューヨーク・タイムズは、広告を取ってくることに長けている。
南北戦争終了後に、タイムズは南部を擁護して、一時部数を落とすことになったが。
「ま。ヘラルド・スクウェアに自社ビルがあったころが華だね。どういうわけか、うちは最近になって、どうも大統領に阿っているようだけど。‥‥トリビューンに買収されてからも、どうも商売は上手くならないね。本社が二つあるのは何かと不便だよ」
「すぐそこのウェストサイド40丁目と同じ41丁目じゃないか。うるさ方の目が届かないと思えば、気も楽になるだろう?」
「簡単に行き来は出来ても、タイムズ・スクウェアの側にあるのは癪に障る」
益体もない話をしていると、ブルックリンに取材に行っていた若手が帰ってきていた。
二二口径で、妻と十五になる娘を撃ち殺した夫が逃げていた。有色人種の家政婦が、犯行後に逃げる夫を見ていた。
あれからどうなったのかを聞こうとしたら、どうにも様子がおかしい。
「どうしたんだい。お前さん、ちょっと様子がおかしいぞ?」と、先に同僚が尋ねた。
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