第三話
注、この小説は主人公の一人称のみで構成されています
たった今場所を聞いたとはいえ、私はそれ以上口を利く気にはなれませんでした。気分が底の底まで落ち込んでいましたから。人間という生き物は残酷で恐ろしく、信用に値しない者が…そんな個体が多い。今回の事もあってそう感じました。きっとこの二人もそうなんだろうと思うと、口を利くだけ無駄だろうと感じてその気力を失うのです。同じ牢に入れられ、もはや話す相手も見れる顔もその二人のものしかないのに、親しくなろうとは全く思えませんでした。しかし、そんな私の気持ちなど相手が知る訳もなく、少年が話しだしました。
「おねーさんも同じ牢の同居人って訳だし、自己紹介をしないとな!」
どうでもいい。
「俺はクロード・ドラグニル・フォール・アレクス・アウグスト6世。気楽に"クロ"って呼んでほしいな」
どうでもいい。
「歳は11歳で、足の速さには自信あるぜ」
どうでもいい…!
「俺、連続殺人鬼でさ。家族含めて15人くらい殺ったんだよね」
どうでも…えっ!? ずっと俯いていた私ですがこの発言に驚いてついに顔を上げてしまいました。するとその少年「クロ」はにっと笑って
「あーやっとこっち向いたー!」
と嬉しそうに言いました。少し腹が立ちましたがそれ以上にさっきの発言が気になって、私は
「それで、自己紹介の続きは?」
少しつっけんどんに続きを急かしました。私は内心やってしまったと感じていましたが、クロは快く続きを語り始めました
「俺、地方の小貴族の子息だったんだけど、テーブルマナーは覚えないし大人しくできないしで、多分だけど嫌われてたんだよな。で、優しくされた時の感覚って奴を忘れちゃって。確か…身体の奥がぽかぽかするような感じがしてたような気がして」
さっき笑って嬉しそうにしていたのも、本当に嬉しかったんじゃなくてただ表情を作っていただけなんだろうか。私はその話を聞きながらそんな事を思いました。
「父さんを殺してそのぽかぽかを探したけど、血と中身が生暖かいだけで全然違ったんだ。母さんも姉さんも弟も殺ったけど駄目で…一人しかいない召使いまで殺ってたから我が家は俺を残して全滅。でもぽかぽかは無くて、だから俺はもっと人がいる大きな街に行ったんだ。もっと人がいるんだから、ぽかぽかが見つかるんじゃないかって思ってさ」
でも…
「結局欲しいものは手に入らないまま、騎士に捕まって牢屋行き。そんな俺をあのおっさんが買い取って、今はこの牢屋って訳さ」
この少年、クロは愛される感覚を忘れているんだ、そう思うと私まで辛くなりました。彼自身はその感覚がわからないから、あまり苦じゃないのかもしれませんが、それでも私は辛く感じました。
「次は儂か」
今度は不思議な雰囲気を纏った少女の方が喋り始めました。見た目と口調が噛み合っていないように感じるのですが…
「儂はベラトリクス、好きに呼ぶといい。十五のときに供物に選ばれ、それから八十年間老いることなく邪神の妻として生きてきた、九十五歳の婆じゃ」
もう全く理解できない話が飛び込んできて、私は混乱しました。頭の中でもう一度情報を整理し直さなければと思っていたら、その少女…ベラトリクスはお構いなしに続きを話しだしました
「旦那様の方から突然休みを取れと言われてな。世の変わりっぷりに感心しながら散歩をしておったのじゃが、あの奴隷商の男に声をかけられてのう。年齢は九十五じゃと言ったら奴め、表情を変えおったわい。これはまずいと思うて逃げたのじゃが…運命とは非情よのう。言うまでもなく牢に入れられてしもうたわ」
本当に、運命とは非情で人類とは醜悪だと、私も思いました。
「旦那様、今頃ご立腹じゃろうなぁ。いや、儂以外にも妻はおるし、そう困りもせぬか。結果論的には捨てられたも同然じゃて。くはははは!」
笑い事とは思えませんけど??
「ベラ婆も俺も自分の事話したんだしさ、今度はおねーさんの番だぞ!」
クロは好奇心に満ちた眼差しで(それさえも作りものの表情かもしれないけれど)私の方を見つめます。私も自分の事を話さなくてはならないと感じ、深くため息をついて私は自己紹介を始めました。
「私はセブン、機械人形七号。私には私を作った作り手の父がいました。その父が強盗に殺され、私は近所の人に引き取ってもらって生活していたんですが…」
既に辛くて仕方ありませんでした。父の優しい顔が思い出され、もう会えないという事を改めて強く認識して、私はまた苦しくなって吐きそうでした。自警団の方々の顔も思い出しました。彼らも父のように、私の為に真面目に色々なことを考えてくれていました。また苦しくなりました。でも、話を続けました。
「その近所の人が私を、奴隷商に売ったんです。お手伝いをして、お話をして、おつかいをして、お片付けもしていたのに。愛されているって思ってましたが、どうやら愛なんて無かったみたいで、もう信じられないし、その事全てが馬鹿馬鹿しくて、辛くて…」
「酷い話じゃのう…」
ベラトリクスは私を、何かを憂うような眼差しで見ていました。そこに憐れみは見えませんでした。
「そいつらは身体の奥どころか、血と内臓もひんやりしてそうだな。最低だ」
クロは私の怒りを代弁するかのごとく、そう吐き捨てました。理解者ができたような、仲間ができたような、そんな気がしました。お互いに自分の事を少し踏み込んだ領域まで話したので、必然といえば必然かもしれませんが。それでも、嬉しくて嬉しくて。
「そういえばさ」
クロが私の方を見て、私に対する疑問を示しました
「おねーさん、自分の事を機械人形って言ったよな?」
「い、言ったけど…」
クロは私にずいっと近寄ると
「触ってみても良い?」
と言いました。なんだ、そんな事かと私は安堵しました。そして
「勿論、良いですよ」
と返しました。クロは早速私の腕を触り始めました。興味深そうに、若干真剣な表情で。
「人の肌と全然違う。硬くて、ひんやりしてる。機械人形だから、装甲板だもんな…」
クロは腕だけでなく、顔や首、お腹や胸まで触りました。
「ぜんぶ硬いなぁ、俺がハサミ持ってたとして絶対これは貫き通せないな」
「そんなに触られて、何も思わんのか」
ベラトリクスは私が全身触られて何も言わない事に疑問を感じているようでした。
「もともと触覚はありませんし、触られた所で何か問題がある訳じゃありませんから」
「いや、女としての在り方とか色々あろうに…」
その時、クロが私を心配するような目で見て、腕のある一箇所をさすりました
「あのさ、ここだけじゃないんだけど、結構形歪んでないか?」
パーツの歪み…少なくとも父と一緒にいた頃は全くありませんでした。一体なぜそんなものが、と私は少し過去を振り返ってみました。
「ちょっとクロくん離れてもらって良いですか?」
可能性があるとしたら一つは強盗との交戦、そしてもう一つは…
「展開できない…」
奴隷商が私の武装を回収するべく無理やり分解した可能性。予想通り、父に搭載してもらった戦闘機構はすべて動きませんでした。
「展開、とはどういう事かのう?」
ベラトリクスが私にそう聞いたので、私の身体には戦闘機構が搭載されていた事、奴隷商の前でそれを使った事を話しました
「ふむ、なるほど。奴が奪い去ったと考えるのが自然じゃな」
「あのおっさん、ぶっ殺してやりたいぜ…」
かくして私の奴隷としての牢屋生活は始まったのでした。
自己紹介回、完全なる休憩パートです。ちなみにですが全員「まぁこれくらいまでなら話しても良いだろう」というところまでしか話していません。