第一話
注、この小説は主人公の一人称のみによって構成されています
コップ一杯の水を飲んで、私は父を起こしに行きます。
「おはようございます、お父さん」
「おはよう、セブン」
いつもの時間帯にいつもどおりの言葉をかけ、起きた父と挨拶を交わして、私はキッチンに行き、そして朝ごはんを作ります。私は父によって作られた機械人形で、父は
「まだ公表こそしていないが、お前はからくり史に残る傑作として皆の記憶に刻まれるだろう」
とよく話しています。私は、私を誇りに思ってくれている父が大好きで、父の為ならばなんでもしようと思っています。父を守る為に戦闘用の機構を自分に搭載したい、などと考えながら今日も毎朝のルーティーンを終わらせ、お仕事の時間になりました。魔術師の父は、朝食を食べ終わるとすぐに「火付け」の魔法薬、「生命」の魔法薬、「風」の魔法薬、そして「冷気」の魔法薬をそれぞれ20本作ります。それを私がうちの一階に運んで、陳列します。父は名が高い訳でもなく、またうちもあまり大きな魔法薬販売店という訳ではありませんが、それでも御近所の皆さんはよくうちの魔法薬を買いに来てくれます。お陰様で父は研究をする事ができ、私達は生活する事ができています。接客や販売は私がしていて、父はときどきお店の様子を確認するだけなのですが、お客様が「こんな魔法薬が欲しい」とリクエストをすると、父は必ず三日以内にそれを作って、リクエストをしたお客様に手渡しで提供しています。その時にお話もするようで、私も父も、御近所の皆さんとは仲良くしていました。
***
今日は父に、戦闘用の機構を搭載したいと直談判しました。
「なぜそんなものが必要なんだい、セブン」
父は理由を私に聞いてきましたが、私が素直に守りたいと伝えると、少しの間をおいて
「お前は優しい上に逞しいね」
と言って、私に戦闘用の機構に必要な材料を買ってくるように言いました。たくさんのお金を私に持たせて、なんでも良いからと言ってくれました。大切な父を守れるようになる、それが嬉しくてたまりませんでしたが、ちゃんと考えて選ばなければと思い、真面目に材料を選びました。材料を買ってうちに帰ると、父が私を研究室に入れてくれました。父は紙とペンを机に置くと
「セブンの思うままに設計図を描いて欲しい」
と言いました。私はその紙に、自分が欲しいと思う機構をどんどん描いていきます。父はそんな私を静かに、何も言わずに見守ってくれていました。描き上げた設計図を父に渡すと、父はそれをじっくりと細部まで確認し、私を専用の台に寝かせました。
「一旦、意識を遮断するよ」
と父が言い、何かを私に取り付けました。すると私は眠らない筈なのになんだか目の前がぼんやりしてきて、真っ暗になりました。
***
パッと飛び起きると、外はもう夜になっていて、父は疲れた顔で私に微笑みながら
「おはよう」
ただ一言。機構の話はしてくれませんでしたが、父の満足げな表情からぜんぶ搭載したんだろうと私は考えました。そうして父にとっては長く、私にとっては短かった一日が終わろうとしていたのですが…
一階からとてつもなく大きな音が響き渡りました、きっと木製の扉が力技で壊された音でしょう。こんな特別な日に悪い事が起きるだなんて、と思いながら私は一階へと駆け下りました。後ろには杖を片手に父がついてきていました。やはり、と言うべきか、そこには布切れで顔を隠した集団が、盗っ人達が居ました。
「見つかっちまった…!」
盗っ人の一人が言うと、別の一人が
「口封じにぶっ殺しちまえ!」
と叫びました。向かってくる四人の盗っ人を前に、私はめらめらと闘志を滾らせ、父を守り戦闘用機構を試すチャンスだ!と意気込んで、早速それを起動しました。激しい音が鳴り響き、乱闘が繰り広げられ、一階はめちゃくちゃ。陳列棚も、装飾も、明かりも、何もかもが壊されて、ついに盗っ人は逃げ出しました。後に残ったのは私と、ナイフで何度も刺されて血を流し事切れた父のみ。周辺を見回っていた自警団がやってきて、お店の惨状と父の死を確認し、私に事情を聞いてきました。盗っ人の話をすると自警団のメンバーのうち半分が、それを捕えるべくお店の外へと飛び出していきました。
その後は、一瞬でした。父は家族がいないので、自警団がお金を払って御近所の皆さんと一緒に葬儀を行いました。御近所の皆さんも父の為にお金を使ってくれて、父は埋葬されお墓まで建てられました。そして私は、父の遺品を整理する事になりました。一階、二階の整理を済ませ、三階の整理をしていた時、棚から何枚か紙が、設計図が出てきました。それは全て機械人形の設計図で、紙の右上には1、2、3といった数字が書かれており、設計図そのものには複雑な機構が内蔵された人形が描かれていました。書かれている数字によって設計図の機械人形の基礎にしようと考えたからくりが違うようで、描かれている機構が違いました。その時私は悟りました、つまり私の名は、七号という意味合いだったんだという事を。私は父に自分の仕組みを教えてもらっていなかったので、それを悟ってからすぐに7の設計図を探し出しました。他の番号の設計図は何枚もあるのに、7の設計図は二枚しかありませんでした。一枚目は、私の身体の事でした。それはただの骨組みが描かれた設計図で、簡単な仕組みで動く骨組みと、外側を保護する肌について記されていました。ならば私はなぜこんなに動けるのか、疑念を抱きながらもう一枚を見ると、それは私の核について描かれたものでした。私の核は魔力の結晶だと父は言っていましたが、その設計図には「結晶化させたスライム」と書かれていました。魔法で結晶化させ仮死状態にしたスライムからスライムゼリーの枝を骨組みに伸ばし、その枝が動くことで身体が動く、という仕組みでした。私はスライムだったのです。私の思考はスライムの思考だったのです。私の記憶は元々あった筈の記憶を上から塗りつぶしたものだったのです。私は絶句しました。怒りや悲しみ、恐れ、困惑などあらゆる感情が一挙に押し寄せてきて、吐くものもありはしませんがもう吐きそうで、力が抜けて設計図を落としてしまいました。嗚呼…私は機械に対しても、生命に対しても非常に冒涜的な、「からくり史に残る傑作」とはまさに対極の存在だった。信じられない、信じたくない、酷い、酷すぎる、何故父は隠した、何故父はこんなものを考えたんだ…
***
絶望のあまり動く気力を失い、そのまま一日が経ちました。私は、私の中の核に乾きを覚え、ごく自然に、本能的に水分を求めて二階に降り、コップ一杯の水を飲んでいました。
「あ…っ、水…。」
私はまた一日長く生き延びる事になってしまいました。いや、すぐにでも終わらせる手段はあるはずだと考え、私は自分の仕組みを思い出しました。そうだ、私の中の核を粉々に砕いてしまえば終わりじゃないかと気づいた私は、核に打ち込む鉄杭と金槌を入手する為家を出ました。
「おはよう、セブンちゃん。片付けは終わったのかい?」
家を出た直後、自警団のリーダーさんに出くわしました。
「まだ終わっていません」
「そうかい、なら俺も手伝おうかな!」
初投稿です。今後も不定期投稿でのんびりやっていこうと思います、よろしくお願いします。