第二話
「東の風吹きゃ海賊の声〜♪西の山向きゃ山賊の音〜♪」
「また珍しい民謡知ってるなおっさん」
リオは荷馬車から顔を出し、上機嫌で歌う40代半ばの男を見て言う。旅商人のエトはそんなリオにガハハハと笑いかける。道もまともに舗装されてないのか常にガタガタと揺れている。
「おぉ〜、小僧も知ってるのか。東海岸に仕事で行ったときに聞いたのさ」
「前に数週間ドット村ってとこに寝泊まりしてたことがあってな。知ってるか?」
「い〜や、知らん!ガハハハ!」
豪快に笑うエトにそりゃそうか、とリオは答え御者台へと乗り込む。その拍子で馬車が傾き掛けエトは慌て、小太りな体が大きく揺れる。馬の足取りも一瞬乱れたが、すぐに立て直した。
「うぉ〜っとと!危ないだろ!」
「わりぃ、わりぃ」
リオがエトから手綱を奪うとエトは一瞬慌てたが、なおも安定して進み続ける馬車にほぅ、と関心の声を上げる。
「小僧御者もできるのか、多才だなぁ」
「昔、何度か使ったことがあるんだ」
「なるほどなぁ、さすが旅人してるだけはあるなぁ」
しきりに頷いていたエトはリオに問いかける。
「ところで小僧なんでまたデントに?あそこには鉱山以外何もないぞ」
「旅仲間が今そこにいるんだ」
「デントに?なんでまた」
エトはリオを不思議そうに見る。デントは王国の所有する鉱山街の一つであり、大量の鉄と魔性金属の生産地であるが、危険度も非常に高いため一般人は簡単に近づけない。デントに入るにはエトのように商人として行政府の許可を得るか、もしくは。
「食い逃げで捕まってなぁ。1ヶ月労役しないといけないんだと」
「ガハハハ!そうかそうか食い逃げか!」
リオの言葉にエトは豪快に笑う。デントは刑務所としての側面も持ち合わせている。デントで働く坑夫の多くが犯罪者か返しきれない借金を背負った男である。食い逃げに笑う商人にリオは笑う。
「おいおい、食い逃げも窃盗だぞ。商人がそんな笑っていいのかよ」
「おう、男はそんぐらいやんちゃなのが丁度いい。もちろん儂の商品を盗んだら許さんがな」
「なんだそりゃ」
リオはニヤリと笑いながら、答える。そんな彼にエトは続ける。
「だから後で金払えよ小僧」
「バレてたか」
「ガハハハ!」
舌を出すリオにエトはまたも豪快に笑う。リオは懐から袋を出すとエトに渡す。エトはその袋を不思議そうに眺め、リオに問いかけた。
「なんだこりゃ、ずいぶんと重いな」
「金だ、たぶん金貨30枚はある。全部やるよ」
「金貨30!?お前それそこらの番兵の半年分の給料じゃないか!」
あまりの金額の多さにエトは目を剥く。そんな彼に笑いかけ、馬車にのせてもらったからなと答える。体を小刻みに震わせながら中身を確認するエトは袋いっぱいの金貨を見て慌てて懐へとしまいこんだ。そして周囲を念入りに見回したあとリオへと目を向けた。リオはどこ吹く風と前方だけを見ており全く気にしていない。
「小僧なんでこんな大金持ってるんだ」
こころなしかさっきよりも小声で話しかけるエトにリオは答える。
「この間、寝込みを襲われたことあってな。当然返り討ちにしたんだが、食料貰おうとそいつらの拠点、家探ししたときに見つけてな。なんかの役に立つかと思って持ってたんだ」
「小僧見かけによらずとんでもないな」
「まぁそれなりに訓練も積んでるしな」
「そうか⋯⋯おっ一旦ここで止めてくれ」
道端に立つ祠を見つけ、エトは手を上げながら言う。リオが馬車を止めると彼は馬車を降り、馬のたてがみを数度撫で祠へと近寄る。随分と古びた祠であるが定期的に手入れがされているのか、きれいな女神像と真新しい器が並べられている。エトは手を合わせ二度頭を下げるとそのまま目を瞑り、祈りを捧げる。
「おっさんも聖教の信者なのか?」
「商売やってると縁起ってもんを大事にするんだ。小僧はやっぱり信者じゃないのか?」
エトを追いかけて降りてきたリオは綺麗な祠をもの珍しげに見つめながらエトに問う。祈りを終えたエトは答えながらしゃがみ祠にかすかについていた砂埃を払う。
「信者ではないな。時々教会に寄ることはあるが祈りを捧げたことはない」
「そうだろうな。旅人はだいたいそうだ」
「それにしても随分と綺麗な祠だな。誰か管理者がいるのか?」
リオは祠を数度ポンポンと叩く。そんな彼を慌ててエトが止め、胸元から取り出した布でその箇所を拭く。
「こらこら、罰が当たるぞ。まったく⋯⋯二週間前に中央から教会の一団が来てたからその時に掃除したんだろう。ほれ、この器具に十字が彫られてる」
「教会の?なんかあったのか?」
「あぁ、宗教裁判があったんだ」
「審問会が?どっかの司教がやらかしたのか?」
「王都の司祭が一部の商人から不正に金を受け取ってたんだと。そんなもんいくらでもある話だが、その現場を他の奴らに見られたらしくてな。商人たちは罰金、司祭は破門になったんだと」
リオはその言葉に眉をひそめる。そんな彼を見ながら彼はわかっていると言うように頷く。
「司祭は生贄だろうな。審問会が動くのは司教以上の事件だ」
「まぁどんなゴタゴタがあろうが俺には関係ないがな」
「そりゃそうだ」
二人は再び御者台へと乗り込み、馬車を動かす。ガタガタと不規則に揺られる。南にかすかに見える山脈から吹き付けてくる温かい風にリオは目を閉じる。
「春ももう終わるなぁ」
「アスペリアルは夏でも涼しいから過ごしやすい」
目を閉じたままリオは答える。そんな彼を横目にエトは笑う。ロズタニア特有の褐色肌を持つ少年も目を閉じると年相応に幼く見えた。気付かない内に緩んだ手綱に馬も速度を落とす。速度の変わった馬車に気づきリオは目を開ける。
「別に眠たいわけじゃないぞ」
「あぁ、すまんすまん、ついな」
速度を上げた馬たちを見ながらエトは疑問を口にする。
「ところで小僧、ロズタニア人だろう?なんでまたこんな辺境に?」
そんな彼の質問にリオはじっと見返した。何拍かの沈黙が続き、エトは気まずそうに前を向く。
「悪い。聞いちゃまずかったか?」
「いや、そういうわけじゃない」
リオは前を向き、口元に手を添える。しばらく考え込んでいた彼は、ふとエトの方に目を向け口を開いた。
「おっさんもやっぱ気になるか?この肌」
「儂はそこまで気にしとらんが⋯⋯。まぁこの国の者は先の戦いからピリついてるからなぁ。目立ちはするだろうな」
その言葉にそうか、と答えまた目を閉じるリオにエトは心配そうに視線を向ける。
「やっぱりまずかったか?」
「いや、そうじゃない。俺にはロズタニアの頃の記憶なんてほとんどないからな」
「そうか⋯⋯」
「それよりおっさん。デントに何しに行くんだ?あそこなんもないだろ?いるのも買い物するような余裕ないやつばっかだし」
エトはあぁ、と懐から封筒を取り出した。青い蝋で閉じられており、馬と剣が施された家紋のようなものが刻印されている。
「やんごとなきお方からある依頼をされてな。デントにはその要件で向かってるんだ」
「高貴なやつらから?いったいなんで」
「おいおい、さすがに中身は見せられないぞ」
封筒に手を伸ばしたリオを右手で遮りながら懐へとまたしまいこむ。リオはあらら、と肩を落としつつ手綱を握り直した。




