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願い事ひとつ

作者: YSK

私は魔女だ。

この世界で、たったひとりの。


誰かが「魔女」と聞いて思い浮かべるのは、

深い森にひとりで住み、

呪いや薬草をこねくり回している

陰気な老婆かもしれない。


でも私はそうじゃない。

ごく普通の街に住み、

朝はコーヒーを淹れて会社に出かける。

昼には社員食堂でミートソーススパゲティを食べ、

夕方にはオフィスを出て帰宅する。




誰にも魔法を使うことはない。

母からそう教わってきた。

「魔法なんて、本来必要ないのよ。

人は人として生きなさい」



母が生きていたころ、

この世界には魔女がふたりいた。

今はもう、私ひとりだけだ。



時々、ほんの少しだけ、

魔法を使いたくなることがある。

コピー機が壊れたときとか、

恋人にひどいことを言われた夜とか、

真夜中にトイレットペーパーを切らしてしまったときとか。




でも、母のことを思い出すと、どうしても使えない。

あの人を裏切るような気がして。




母は、いつも言っていた。

「人のために生きなさい」


本当に立派な人だった。

私は母が、心から好きだった。


母がこの世界から去って、

私はまるで地図をなくした旅人のようになった。

生きる理由がわからなくなった。




ときどき、夜になると、

布団の中で世界の底に沈むような感覚に襲われる。

目を閉じると、母の声が聞こえた気がした。




「わたしはそばにいるわ。

人のために生きなさい」




私は、静かに泣いた。

音もなく、涙が枕を濡らしていった。




次の朝、私はひとつの決心をした。

母の気持ちに応えるために。




その日、私は魔法を使った。

全世界に向けて、ひとつのメッセージを放った。




『ひとつだけ、願いを叶えて差し上げます。

願いはこの世界で、ただひとつ。

2週間の時間を与えます。

その間に、世界が最も強く願うことを決めてください』




ニュースやSNSは騒然となった。

神の声だとか、超常現象だとか、

いろんな名前が飛び交っていたけど、

私は、少しだけ満足していた。

誰かの役に立てたような気がしていたから。




もちろん、魔法はもう止められなかった。

それは自動的に、決められた時間に発動する。

「まあ、世界平和とかになるんじゃないかな」

私は、半ば他人事のように考えていた。




各国のリーダーたちが会議を重ね、

市民たちはSNSや街角で議論を重ねた。




そして、その2週間が終わる前の日。

ある声明が世界に発表された。



「わたしたちには、願いがありません。

ひとつの願いは、誰かにとっての救いであり、

誰かにとっての絶望かもしれない。

だから、願うのをやめよう。

私たちは、謙虚さという名の祈りを選びます」




その言葉を聞いた瞬間、

私は息をのんだ。




これは――人のためなんかじゃなかった。

結局は、私の孤独を埋めるための、

ひとりよがりなエゴだったのだ。




私は、人間の中にある優しさに触れた気がした。

そして、自分の未熟さに、恥じ入った。




やがて、魔法が発動するその時間が来た。



私は、少し不安だった。

でも、もう止めることはできない。

母の教えが、きっと間違っていなかったと、



そう信じたかった。




静かに時は過ぎた。


そして――




その瞬間、世界から人間が消えた。








残されたのは人間以外の生き物たち。




そう、彼らが願ったのだ。

「人間がいなくなればいい」と。





この世界は、人間だけのものじゃない。

それが、この世界の“願い”だった。


そして、魔法はその願いを叶えた。




この世界の願い事はひとつ叶い




この世界に魔女はいなくなった


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