お雛さま
こんにちは~♪ 「なろう」作家の傍ら、最近では、カップ焼きそば研究員をしている七生です。
さて……。実は、数日前にたまたま里帰りしていた実家で、少し奇妙な経験をしたのでここに書き記したいと思います。
あ。以下の文章は、小説仕立てにしておりますので、七生のことは、「俺」と書かせていただきます。
まあ、巷ではよくあることだとは思いますが、少しの間お付き合いくださいまし~。
三月に入って間もなくのことだった。
たまたま長期の休みを取ることができた俺は、久々に実家に顔を出していた。といっても、自分から好きで帰ったのではない。正確に言えば、両親に呼び出されて顔を出しただけである。
本当の所、久しぶりにまとまった休みが取れたので、読みたかった小説をひたすら読もうと思っていたのだが、そんな俺の思いとは裏腹に、母から急を要するようなメッセージが送られてきたのだ。
「おばあちゃんの具合が悪い」
ただでさえ、高齢な祖母である。俺はすぐに帰ると返事を出し、慌てて、実家まで車を走らせたのだった。
「元気そうだのぉ〜」
ところが、玄関で俺を最初に出迎えた祖母はぴんぴんしている。いつもと変わりないんだけど……。
何でも健康診断の結果、数値が少し悪くなっていただけらしい。確かに、数値上は具合が悪くなった祖母。どうやら、なかなか実家に寄り付かない俺を呼び寄せる口実だったようだ。ウチの親もなかなか悪質である。
腹立ちより安心した俺は、そのまましばらく実家に逗留することにしたのだった。
俺の実家は、草深い田舎にある旧家。先祖から引き継いだ田畑や山を守る両親と祖母の三人暮らしである。
その日の夕飯は、猪肉をふんだんに使った牡丹鍋だった。何でも俺が帰ってくるということで、わざわざ取り寄せてくれたのだという。そんな温かな家族団欒のはずだったのだが……。
「お前、いつになったら結婚するんだ」
「お見合いの話が来ているんだけどねぇ」
「ひ孫の顔が見たいの」
「……」
顔を合わす度にこの調子だから、俺は実家に足が遠のきがちなのだ。田舎の長男は家を継ぎ、跡取りをもうけてこそ一人前。そんな風潮の中、いい年して半人前の俺。
別に女性に興味が無いわけじゃないけど、親のすすめる結婚をしたいと思わない。それはすなわち、俺がこの土地に縛られ、家を継ぐことになることなのだから。
翌日、昼過ぎになって、姉が姪を連れて遊びに来た。
この姪っ子の名は、仮に「文」と呼ぶことにする。文は色白で今時珍しいおかっぱ頭。この髪型は姉の趣味だとか。
文は、幼いころからやけに俺になつく子だった。せっかくなのでその日、俺は文と一緒に遊んであげることにしたのだった。
絵本の読み聞かせやおままごと。文は実家にあった古いぬいぐるみが気に入ったので、プレゼントすると、とても喜んでくれた。
文は、もらったばかりの古いテディベアを左手で抱きながら、右手で俺の上着の裾をぎゅっとつかんでせがんでくる。
「おじちゃん、探検しよう」
「お兄ちゃんと呼びなさい!」
探検と言っても、実家の屋敷の端にある古い蔵の中に入るだけなのだが。
足が不自由なこともあり、親戚中の誰もから可愛がられている文。
俺は文の手を引き、実家の古い蔵へ「探検」に出かけたのだった。
漆喰が所々剥げ落ちた、大きな蔵。中に入ると、昼間なのに薄暗い。僅かに空気穴はあるが、懐中電灯には蜘蛛の巣のカーテンが照らし出された。代々めんどくさがりな俺の家系。大したお宝があるはずもない蔵なんて、それこそ何十年も足を踏み入れたことが無いのだろう。
「文、足元に気を付けるんだぞ」
「うん。向こうまで探検しようね」
床にも、ゴミや小箱が散乱している。おぼつかない足どりの文をかばいながら、俺たちは蔵の一番奥へ。
「おじちゃん、あれは、なあに?」
文が指さす先にあったのは、黒い長持。
「さあ。ひょっとして、宝物が入っていたりして~!」
「わあ! 見たいみたい!」
「じゃあ、お兄ちゃんが開けてあげるから、文は懐中電灯をお願い」
こくんと頷く文に懐中電灯を渡し、長持の蓋に手をやる。
思いのほか、蓋は重い。俺は全力で蓋を持ち上げた……。
“ばふっ”
やがて蓋があき、埃が舞いあがる。懐中電灯に照らされて、煙のようにも見えた。
「さあ、中に入っているのは、何かな?」
「早く見せて!」
上から覗いてみると、中に入っていたのは、ひな人形一式。
ただし、お雛様だけでお内裏様はいない。道具はそろっている様だが、やけに古い代物だ。雛を包んでいた薄紙をはがすと、思いの外綺麗な顔をしたお雛さまが現れた。
「な~に~? 文にも見せて~!」
「ちょっと、待ってろよ」
俺は中からお雛さまを取り出すと、文に見せた。
「わあ。お雛さまだ。一緒に飾ろうよ」
「おいおい。一体どこに飾るっていうんだ」
「三人一所に飾ったらいいでしょ~っ!」
今は三月になったばかり。姉夫婦のマンションは手狭だからということで、文の七段の雛人形は実家の仏間に飾られてある。
「まあ、文! 何する気なの?」
「いいでしょ~っ!」
「ダメ!」
「だって、ひとりでかわいそうなんだもん!」
姉は止めたのだが、文は仏間に飾られた雛人形の所に行くと、お内裏様を真ん中に寄せ、隣の端に蔵から出してきた古いお雛さまを置いた。
もとは、かなり高級品だったに違いないが、顔だちも服装も古びて見えるお雛さま。蔵の中では、綺麗に見えた顔も、ここに飾られると急にくすんでいるように感じられる。そんな古い雛人形が、今風の雛段に飾られている様は、俺から見ても少し異様に見えた。
その後、俺の両親や祖母も反対したのだが、文がいう事を聞かず、結局今年は、三人飾ろうという事になった。
「じゃあね。おじちゃん、バイバイ!」
「お兄ちゃんだ!」
「みんな、文を甘やかし過ぎないでね」
夕飯を食べた後、姉はそう言い残して文を連れて帰っていった。
◆
「変ねえ……」
翌日、朝から母が首を傾げている。
「どうしたの?」
「それがね。お雛さまの場所が変わっているの。しかもこれ」
仏間に飾られた雛人形の雛段には、元いた新しいお雛様の場所に、古い雛が座っていた。しかも、元いた新しい雛は、端に寄せられ、今にも段から落ちてしまいそうになっている。
「誰か動かしたのかしら」
「さあ。こんなことするの、文くらいじゃないの?」
「そうねえ。でもこのお雛、やっぱりしまおうかしら」
「文がせっかく出して飾ってるんだから、そのままにしておけば」
母は、俺の言葉通り、文が帰る前に飾りなおしたであろう並び順、即ちお内裏様とお雛様の真ん中に、古いお雛さまを飾りなおした。
◆
翌朝のことだった。
「ちょっと! これ、どうなってるの!」
母に呼ばれて、仏間に来た俺たちは思わず絶句していた。元のお雛様の場所に古いお雛様が座り、本来そこに座るべきお雛様は畳の上に転がっていたのだ。
「ネズミでも出たのかな」
俺は、畳に転がるお雛様を何気なく拾ったのだが……。
“ぽろっ”
まだ新しく、初々しいお雛様の生首が、ころりと落ち畳の上に転がった。
そして、畳の上で転がったお雛さまの首が不自然に止まった。
「あっ……」
思わず手を伸ばしかけた俺は一瞬寒気がして手を止めた。何やら畳の上に転がったお雛さまの首と目が合ったような気がしたからだ。
「んな訳ねえよな」
いくら何でも、たかが人形。気のせいだろうと思って首を拾い、すぐさま胴体に据えようとした。
「あ、あれ?」
ところが、不自然にちぎれたようで、なかなか首と胴体がピッタリと繋がらない。
「かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ……」
いつの間にか、仏間に来ていた祖母が、いつものお経を唱えだした。毎日欠かさず、この時刻に、お経を唱えるのだという。
「ちょっと、ちょっと。あなた!」
「……!」
「お、おい! お前手元、よく見て見ろ!」
俺が四苦八苦して、元に戻そうとしていたお雛さま。父に言われて改めて見てみると……。
確かに体部分は新しい雛のもので間違いない。
しかし……ちぎれた首は古いお雛さまのものだったのだ。