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202×年9月13日、お昼頃。池袋東口。某雑居ビル。6階にて。
黄ばんだドアに、ボロボロの『便利屋、除霊も承ります。』の張り紙がテープで貼ってあり、端っこが破けて紙も黄ばんで今にも剥がれそうになっている。ドアノブには『宗教・セールスお断り』の看板がぶら下がっている。
中に入ると、真ん中にテーブル。テーブルをはさんで、3人がけのソファーが二個置いてある。壁側には本棚が置いてあり、壁が黄ばんで汚らしい。その上には、エアコンが設置されているが、赤い文字で『使用禁止』と書かれた黄ばんだ汚らしい紙が貼られていた。奥に窓があり全開になっている。その手前には、ビジネス机があり、その上には山盛りの吸殻が入った灰皿が置いてある。更に、机に両足を乗せて、無精髭で大欠伸をしながら愛読書、プレイボーイの雑誌を堪能している。男の名は、鈴井貴之、25歳。某有名T大卒業で一応、高学歴の持ち主だ。
バタバタ…バタン!
部屋のドアが大きく開く。
「おじさん!お願いがあるの!」
元気な声の、Tシャツ短パンの服を着て、野球帽を被った、男の子が鈴井貴之に走ってダイブした。
「うお!なんだよ急に。学校はどうした、大地。」
貴之は大地を受け止めて、膝の上に座らせる。鈴木大地、7歳。小学一年生になったばかりだ。
貴之の姉の子供。姉は、旧姓と1文字しか変わらない、日本にとても多い『鈴木』姓になった。結婚する前は、珍しい姓名の方と一緒になるって言っていた事をふと思い出す。
それを遮るように、大地が目の前に入って話し出した。
「あのね、前に僕の幼なじみの星野レナちゃんがユーレー見えるって言ったでしょ?それでね、学校にユーレーが居るんだって。でね、おじさんに助けて欲しいの。お願い。」
大地はそう言って、目を潤ませ貴之を見る。
大地の住んでいる家は、ここ『池袋』から東武東上線で行った『中板橋』にある。この建物から家までは、20分位。ピカピカの一年生の大地が電車に乗ってわざわざ来てくれている。それを良しとしている姉はどうかと思う。
可愛い甥の頼みだ。一肌脱ごう。
「わかった。」
貴之は大地の頭を軽くポンと置く。
大地は一層可愛い笑顔になる。
「ありがとう!おじさん!それと、お礼のコレ!」
持ってきたリュックサックからアサヒスーパードライの缶ビール500mlを一缶差し出した。
「おお!!サンキュー!ママからくすねてきたのか?」
残暑の厳しいこの季節。ビールは恵の水だ。ビールは高いので、毎日、発泡酒で我慢していた。
「うん!ママって毎日飲み過ぎちゃうから。それに、ママに見つからないようにいつも通りやってきたから。」
そう言って、線を引くように指を横にする。
姉は飲み過ぎないように、カレンダーに正の字を書いた。一本線を増やしといたんだなと大地のその動きで読み取った。可愛い顔してちゃっかりしている。
それにしても、姉の豪酒は誰に似たのやら。旦那さんに迷惑掛けてなきゃいいんだけど。そう思いながら、
「よし、じゃあ、早速行きますか!」
貴之は腰を上げた。
中板橋駅から降りて商店街を通る。10分位歩くと中板第八小学校。通称、第八小がみえた。
そして、学校の門の前に、大地の幼なじみの星野レナが待っていた。髪が長く小柄な女の子だ。
大地はレナちゃんに駆け寄り手を握る。
「レナちゃん、話してた僕のおじさん連れてきたよ。」
「・・・。」
レナは俯いて表情がわからない。
「こんにちは。大地の叔父の鈴井貴之といいます。」
貴之は笑顔で挨拶をした。
「だ、誰も信じて・・・くれない、から。どうしていいか。」
レナは絞り出す様に喋ったが、泣き出した。余程、切迫詰まっていたんだろう。
大地がレナの背中を軽く摩って落ち着かせていた。
レナが落ち着いてから、3人は、忘れ物を取りに来た定で事務室に挨拶をして学校に入った。一年生の教室は正門玄関入って右折したところにある。
問題の一年二組。大地とレナの教室は、一番奥。まだ昼間なのに薄暗い。誰も居ない教室。
「・・・あれ、居ない。」
レナは少し驚いた。
まだ少し目が赤いレナは、教室を見回す。
「いつもは、この教室にいるの?」
「うん。」
貴之の問いにレナは直ぐ返事をする。
それを聞いて貴之は人差し指を唇に抑える。
「嘘じゃないから!」
貴之が少し考えていると、レナが必死になって貴之に言ってきた。
「ん。今日は居ないから、帰ろうか。」
貴之は笑顔でレナと大地に言った。
レナの顔は曇っている。何故か、大地の顔も不満げだ。
「まぁまぁ、あ、喫茶店でお茶でもする?」
レナは更に顔が曇る。反対に大地は嬉しそうだ。
「お母さんに怒られるので結構です!大地くん、私、帰るね。」
「え、レナちゃん・・・!」
そう言って、大地の差し出した手を振り払い、レナは涙ぐみながら去っていった。
大地がレナを追いかけそうになる。貴之はそれを制止した。
「おじさん、なんで?どーいうこと?」
大地は焦っていたが、貴之は、
「まぁまぁ。」
ここでは、それしか言わなかった。