第二話 洞穴
「はぁ……はぁ……」
どのくらい走っただろう。
息切れした僕はとうとう膝を付いた。
「はぁ…はぁ… どこだ、ここ……」
闇雲に走り回ったせいか、全く見覚えの無い景色……。
いや、逆に森の中なんてどこも同じに見える。
「…迷った」
暗くなった森の中で迷子。
その事実に思わず背筋が冷える。
が、自分にはワープの羽があったはず……。
「そ、そうだ。 とりあえずそれで王宮に戻……」
僕は慌てて光る羽を取り出した。
「ええと、マッチ、マッチ」
僕が別のポケットを漁っていると、
ビュオオオォッ!
突然の、風。
「あっ、あっ!」
指から離れた羽が舞う。
「ま、待って!!」
思わず走って追う、
「え」
と、足元がグラついた。
下を見る余裕も無かったが、全身が落下する感覚で、「ああ、崖を踏み外したんだな」と悟った。
────
──
─
王宮
豪華な椅子に座った王が側近と話している。
「勇者一行は上手くやっているであろうか」
「ええ、王様、きっと勇者様たちは魔王を討伐してくださるでしょう」
「だと良いのだが……ひとつ、気になってな」
「は、と言いますと」
「あの、ひとりおっただろう、退魔師が」
「ええ、ああ、おりましたなぁ…」
「あやつだけ、その、"降臨されし者"に対して失礼かも分からんが…その、 凡人であったろう」
「王様、オブラート…」
「ああ、すまん、その、普通の人の気持ちが分かりそうな人間であっただろう」
「はあ、まあ」
「なぜ、勇者のお仲間にあのような……?」
「…分かりかねます。 しかし、この世界が魔王の闇に呑まれそうになった時、人を救いたいと願った4人の救世主が降臨する、という言い伝え通りではあるわけでして…」
「そうよなぁ……?」
王は首を傾げた。
────
──
─
「……はっ!」
目を覚ますと、僕は硬い地面に仰向けに倒れていた。
「いてて……」
全身の痛みに堪えながら体を起こすと、
「あれ……どこだここ……」
夕焼け空が見える。そして、近くには山肌の急な斜面。
どうやら足を踏み外してこの斜面を転がってきたようだ。
「ん」
ふと耳を澄ますと、近くでサラサラと水の流れる音がする。
そちらの方へ顔を向けると、すぐ傍にきれいな小川が流れていた。
「顔についた泥を落とすか……」
体を引きずるように川へ近づく。
ふと目を流れの先にやると、
「ん?」
見覚えのある麻袋が引っ掛かっている。
「あ、あれ」
僕の荷物じゃないか!
おそらく崖から転げ落ちた時に吹っ飛ばされて川に落ち、そのまま流されたのだろう。
慌てて拾い上げるが、中身のほとんどは既に流れ出て失われていた。
「嘘、だろ……」
更なる不運に肩を落とす。
ひとり、夜、森、ケガ……アイテム無し……
どんな縛りプレイだ。
「ひ、ひとまず、休めるところを……」
キョロキョロと辺りを見回すと、夕闇の中、うっすらと洞窟の穴が見える。
中を覗くと、高さもそこそこ、奥行きも思ったよりありそうだ。
「今夜はここで休むか……」
洞穴の中に落ち葉を集め、どっかと腰を下ろし、今後のことを思案した。
しかし色々あって疲れも溜まっていたせいか、すぐに体は横になり、いつの間にか眠りに落ちて行った。
まどろんだ瞼の裏に、かつての仲間たちの顔が浮かんでは、消えた。
────
「で、ここをこうして……」
放課後の屋上。
ここで何をしているかというと……
「ここはこう描いて……」
チョークで描いているのは魔法陣だ。
オカルトオタクの僕は「異世界への扉」という黒魔術を試そうと、コッソリこんなことをしているわけで……。
「よし、できた!」
やや複雑だったが、無事、ものの本(怪しい古書店で見つけた古本)に載っている通りの魔法陣が描けたぞ!
あとは、呪文を唱えて…
「ヨミソク、ヨミソク、クソペンギン……」
このあと、「異世界に行く目的」を言えば扉が開くはずだけど……。
正直、目的も何も無い。ただ、黒魔術を試したいだけだ。
なんと言ったものか…「観光」でいいかな?
と、ドヤドヤとした声が近づいて来る。
マズい……こんなとこ誰かに見られたら……。
ガチャッ
「なー?ここなら酒盛り(ジュース)してもバレねーべ? って……あ?」
「なになにー?」
「おや、先客ですか」
「あっ…えっと……」
マズい。特に今最も会いたくない面々だ。
ユウジ、マホ、ケン……クラスのリア充たちが、なぜこんな屋上に……。
「ん?お前何してんの?」
「ふむ、アート活動か?君は帰宅部だったはずだが」
何を考えているか分からない細目のケンがこちらを見る。見えているか分からないが。
「あ、え、えっと……」
考えろ、考えろ、何か言い訳……言い訳……。
頭と目玉がグルグルと回っている僕は、気付かなかった。
「おい、お前……後ろ……」
魔法陣が、怪しい光を放っているのが。
「えっと、えっと、何、何をしているかと、言いますと……」
ぐるぐると混乱した頭を悪い意味でフル回転して、答えを導き出そうとする。
「あれぇ?何あれぇ」
「ふむ、地面の模様が光っているな、特殊な塗料だろうか?」
「おい! 何か変だぞ! お前、その落書きから離れろ!こっち来い!」
「な、何をしているかと、言いますとぉ……」
導き出した言い訳は……
「 人助け です 」
カッ!!と魔法陣が光を放ち、突風が吹き荒れた。
ようやく僕は背後の異変に気付いて振り返った。
「って えええぇええ!!? 何こ…」
僕はその状況に気圧されてペタンと尻もちを付いた。
何だこれ
「おい!! こっち来いって!!なんかやべェ!!」
クラスのリア充…ユウジがこっちに向かって叫んでいる。
どうしよう、頭と体が状況に追いついてくれない。
ズリ…ズリ…
僕は気付かなかった。
尻もちをついた姿勢のまま、ジリジリと身体が魔法陣に吸い込まれている。
「え」
気付いた時には、僕の足先は魔法陣の中央に触れていて……。
ズルンッ!!
「うわぁッ!!?」
足が……『飲まれた』。
コンクリ床の中……いや、魔法陣に、体が飲み込まれ始めている!
「ひ、ひィィィ!!?」
ぼくは必死で脱出を試みるが、伸ばした手は空しく虚空を泳ぐだけで、体はどんどん吸い込まれていった。
「助け」
「バカ野郎ォオオォォォ!!!」
ガシッ、という力強い感触が、ぼくの手を掴んだ。
「こンの……陰キャがあああぁぁああ!!! トロい真似してんじゃねェよ!!絶対離すなよバカ!!!」
目の前で吠えている金髪ピアスの男──ユウジが、ぼくの手を掴んで引っ張っている。
「ごごごごめんなさい!」
反射的に謝る。
「くっ……なんて力だァ……!!」
ユウジの額に汗が浮かんでいるのが見える。
「ユウジ!」
マホとケンが駆け寄ろうとしたが、
「来るな!! お前らは……近づくんじゃねェ!!」
ユウジは背後に怒声を上げる。
「お前らも……『飲まれる』ぞ……!」
そう言うユウジも、ジリジリとぼくの体と一緒に魔法陣の中心部に近付いている。
「くっ……おい、お前……! こりゃ何だよ!?」
「こ、これはぁ……魔法陣でぇ……」
「魔法陣!? ガッコで妙な事すんなよなァ!」
正論だ。もうこんなことしないと誓う。
とはいえ今となっては僕は抵抗しようもなく、とうとう腰のあたりまで飲み込まれてしまった。
「た、助けて……!」
「くっ……」
ユウジの力でも限界なのだろう。腕に血管を浮き上がらせながら万力を込めているが、引き込みには抗えない。
と、
ガシッ ガシッ
僕の手を掴む手が…増えた。
「ケン! マホ!?」
ユウジが驚きの声を上げる。
後ろで見ていた二人が、加勢にくわわったのだ。
「ふむ、手を貸した方が良さそうだと判断したまでだよ」
「ほんと、ユウジは一人で突っ走っちゃうんだから」
「お、お前ら……」
「……あ、えっと…ありあとざいます」
反射的に礼を言った。
が、次の瞬間、魔法陣が一段と強い光を放ったと思うと……
ギュオオォォオオンッ!!!
「うわぁっ!?」
「キャッ!?」
「ふむッ!?」
「うおっ!?」
急激に吸引力を増した魔法陣に全員、吸い込まれてしまった。
魔法陣は満足したかのように、光を消し、あたりは静寂に包まれた。
「ッ……」
パチリ、と目を覚ます。
どれぐらい眠っていただろう。数十分?数時間?
洞穴の中は真っ暗だ。
おそらくもう深夜になっているのだろう。
「う……」
ズキリと痛む頭を抱え、次第に戻ってくる思考力を少しずつ働かせる。
ひとり、深夜、森の中、アイテム無し。
相変わらず絶望的な状況は変わらない。
ただ、今は雨露をしのげてフカフカの落ち葉の上で寝転がれる、それだけでマシか。
が、ひとつ、どうしても無視できない要素が加わっている。
「………声がする」
聞き逃してしまいそうな微かな声。
それは、誰かを呼んでいる。
誰を。いや、誰が。
「……」
僕はそっと、洞穴から顔を出してみた。
声の出どころを探そうとより一層耳を澄ませる。
「!」
そして、気付いた。
声は、洞穴の奥から聴こえてくる。