第一話 追放
「パーティから出て行け」
最初は何を言っているのか分からなかった。
ただの冗談、だと。
「出て行けっつってんだよ お前はクビだ」
そう言って剣の切っ先を向けてくるユウジ。
そんな、仮にも勇者と言われるお前が、仲間に剣を向けるなんて…
「仲間じゃない。 もうお前は、他人なんだよ。 ヨミ」
でも、でも…
「ねえ、いい加減空気読みなよー」
マホが横から間延びした声を出す。
ボッ、と音がして、マホは杖の先に明かりを灯した。
「あんま遅くなったらー モンスターいっぱい出ちゃうじゃん こんな森の中」
そう言ってウェーブのかかった茶髪を指でいじりながら辺りを見回して見せた。
つられて僕もキョロキョロと目を遣る。
日が傾き始め、鬱蒼とした森はだんだんと暗さを増している。
夜が近い。そうなれば、凶悪なモンスターが跋扈し始める。
「で、で、出て行けって言われても… 僕ひとりじゃ森を抜けられないよ!」
僕は必死で震える声を絞り出した。
「チッ… この、無能退魔師が……!」
ユウジが目を吊り上げてこちらに寄る。
切っ先が僕の喉により近づいた。
「まーまーまーまー」
手を広げてなだめている…ように見えて、どこか楽しんでいるように見える細目の男。
賢者のケンは(決して僕とユウジの間には入らず)背後から爽やかな声を掛けてくる。
「お二人とも、言い争う時間こそ無駄です。 ヨミくんも、わがままをやめてください」
「で、でも…」
ここで食い下がらなければ、僕はここで野垂れ死んでしまう!
「ぼ、僕ひとりじゃすぐ死んじゃうよ! こんな森の中!」
「ああ? 知ったことかよ」
上から睥睨しながらユウジが言い放った。
「ユーレーとおしゃべりするしか能が無ぇ、戦闘能力皆無のテメーだ。 すぐおっ死ぬのが関の山だろうな」
「で、でしょ? ぼく、退魔師だから攻撃呪文も使えないし…」
「 知 っ た こ と か よ 」
相当知ったことではないらしい。
「テメーはこのパーティのお荷物なんだよ。 これからの戦いで俺らの足を引っ張るのが目に見えてる。 だからここでお別れだ」
「そんな…!」
「まー、でもしょうがないかもねぇー」
魔法の杖の明かりに照らされたマホが言葉を重ねる。
「ヨミくんてェー 今まであんま役に立ったこと無いしぃー ここらへんでバイバイ?みたいな?」
糸目のケンがやれやれといった具合に溜息をつく。
「潮時……って奴でしょうか」
「マホちゃん!? ケンくん!? 嘘でしょ!? 頼むよ!」
こっちも必死だ。
「こんな森の中に一人で放置されたら、モンスターに食べられるか、遭難して餓死だよ!? 助けてよ!?」
「えーじゃあー」
マホがゴソゴソと背負っていた麻袋の中を漁る。
そして、その中から小袋を3つ取り出すと、こちらの方へ放ってよこした。
「これは…?」
「とりあえず、3日分の食料」
「おいおい、俺らの分が減るじゃねぇか」
ユウジが不満げな声を出す。
「だいじょーぶ。ウチらのも2日分残ってるし」
「ならいいけどよぉー」
渋々、とユウジが納得する。
続けてケンも自分の道具箱を開いて漁り始めた。
「さて、餞別代りに私も不用ひ…アイテムを渡しておきましょうか」
「今不用品って言った!!」
「はい、どうぞ」
ケンが渡してきたのは古めかしいお札の束だ。10枚ほどある。
「これは幻の札です。 破れば自分の死体の幻を出せます。大抵の魔物なら逃げる隙を作れるでしょう」
「あ、ありが…」
「まあ、私たちは魔法で同じ効果が出せるので、ぶっちゃけ要らないアイテムなんですよね。ときめかない。」
「断捨離!?」
「別れの挨拶は済んだかよ」
ユウジが苛立った声を出している。
「別れ、って…」
食い下がろうにももはや取り付く島もない。
「じゃあ俺からも餞別だ。 もう二度と会うこともねェだろうからテキトーなモン渡してやるよ」
そう言ってユウジは道具袋の隠しポケットを開けると、中からほのかな光を放つ1枚の羽を取り出した。
「オラ、これ持って失せろ」
「これは…?」
「これは"渡りフェニックスの羽 色違い"だ。 これを燃やすと出発地点の王宮へワープする」
「ワ、ワープ?」
「つっても俺ら勇者パーティには使い道が無ぇ。 今更王宮に戻ってまた同じ道を進むとかウンザリすらぁ」
チャキ、とユウジの剣が鳴る。
「そしてウンザリなのは……てめェだ、ヨミ」
「え……?」
「てめェの退魔師の能力……どうやらこの世界では珍しくもなんともないらしいな」
「あ、うん…僕みたいに幽霊の姿が割と詳しく見えて、お話できるっていうのは退魔師界隈ではチラホラいるみたいで…」
「あ゛ぁん!?」
「ひっ…! ごめんなさい!」
「その"珍しくもない"ってのが大問題なんだよ!!」
ユウジが声を荒げる。
「俺らみたいな転生者は、この世界では大抵特殊な能力を持ってるらしいじゃねぇか! だからこそ、俺らも王様から目ぇ掛けられてんだろ!」
そうだ。日本から四人まとめて転生してきて……右も左も分からないうちに王宮に連れていかれて……。
「そーそー。 ウチらはぁ、ケッコーつおい能力持ってるけどォ。 ぶっちゃけヨミくんあんまつおくないしー」
「マホちゃん……」
「ま、ここら辺が潮時でしょう。 あなたはこのパーティには不要だ」
「ケンくん……!」
「つーわけだ。 俺の前から失せろ」
剣をこちらに向けるユウジ。
「うっ……あぁ……」
「失せろォ!!!」
「うぅぅうううぅああぁぁあぁぁ!!!」
僕は泣き声を上げながら走り去った。
もうパーティにはいられない。
これからこの世界で、ひとりで生きていかなきゃいけない。
色んな不安と思いに圧し潰されそうになりながら、ひた走った。
「……行っちゃったね」
マホが遠くを眺めるように手をかざしている。
「ふむ、詮方ないことです」
ケンが独り言のように言う。
「うし、雑魚は消えた。 行くぞ」
ユウジが踵を返して、歩みを進める。
「ねー、ほんと行くの? 暗いよ?」
「そりゃ、ワーウルフは夜しか出ねぇからな」
「相当凶暴な魔物だそうで……村民の大半が犠牲になったとか」
「だから早く片付けんだよォ。 今回は雑魚ヨミもいねェし戦いやすいだろ」
「そだねー 久々に広範囲魔法連発しちゃおっかなー」
「ふふ……私も新しい呪符を試せそうですね」
「だが、てめェら気ィ抜くなよ 今度の敵は……命がけだ」
「……」
「……」
「……行くぞ!」
マホは杖を構え、ケンは呪符を携え、ユウジの後に続いた……!