絶望と慈愛
「ふわぁ〜、よく寝た。さてと…」
怠惰の王はおもむろに外へ出る。
「んー、うん。えいっ。」
気の抜けた声と共に血が降ってくる。空中には複数の動物が球状に集められている。
複数の魔法を同時に使えるのは上位の悪魔達だけである。
その中でも詠唱も無しに使えるのはごく僅かであり、王達の中でも5人だけである。
「こんなもんか。後は焼いてと……」
空中の物が一瞬にして焦げる。
何をしているのか?怠惰の王は料理をしているのである。他の命を喰らう事でしか生きていけない矮小な人間の為に。
現に食べやすく丸められており、殺菌もされている。完璧である。
「おい、起きろ。飯を食え。」
「お母様…もっと一緒に寝ていたいです…」
「僕はお前の母では無いと言っているだろうが。いいから早く飯を食え。」
「お母様の料理…久しぶりです……」
因みに小屋は貴族以上に豪華であり、もはや小屋とは呼べないレベルの施設が備わっている。
「…お母様、なんですか?これは。」
「何って、食料だ。見れば分かるだろう。わざわざお前を生かすために作ってやったんだ。食べろ。」
「…お母様、今度は僕が料理させて下さい。」
「自分でできるのか?なら、そうしてくれ。手間が省けて良い。」
少年は苦虫を噛み潰したような顔で肉塊を食べる。
表面は焦げ、生焼けで臭みは物凄く、内臓や骨が混ざっている。
だが、少年は頑張って1つ食べた。久しぶりに母の料理を食べるのだ。残す訳にはいかない。
「そう言えば、お前の名前を聞いていなかったな。なんと言うんだ?」
「お母…様……うぅ…酷いです……僕の名前を忘れるなんて……!」
「お前の母じゃないと言ってるだろ!そろそろ現実見ろ!」
「分かっています…!貴女が悪魔だって事…でも、似ているんです!僕を逃がすために犠牲になった母に……!!」
珍しく怠惰の王が驚く。
「お前…分かっていて母と呼び続けたのか。」
「はい。悪魔は願いを叶え、魂を奪うと聞いています。僕がお母様に会いたいと願ったから悪魔が召喚されたのかと……でもそれは勘違いの様でした。でも……」
少年はアケディアを見つめる。
「お願いです。お母様を生き返らせることは出来なくても、お母様になる事は可能でしょう?なら、僕の母になって下さい!何でもします。僕の魂だってあげます。だから……だから最後にもう1度お母様に会わせて……!」
少年は泣きじゃくる。余程母に愛され、愛していたのだろう。
「…その願い、このアケディアが聞き届けた。代償は…お前の母の魂だ。」
「え?」
悪魔は代償として魂を奪う。だが、それは本人の魂であるとは限らない。
たとえ天界に居ようが魔界に居ようが代償は代償。不可視の力が働き、魂は引き寄せられ喰われる。
しかし、王レベルでないと天界や魔界からは魂を持ってこれない。
「ちょ、ちょっと待って、僕の魂で」
「契約は成立した。この魂は代償だ。」
「待って!話が違う!」
「何でも都合良く行くと思うなよ。…愚か者。」
魂はアケディアへ飲み込まれ、消えていく。
「酷いよ…!こんなの……!!お母様ぁぁぁぁ!」
アケディアは震える。その絶望の顔が愛しすぎて。悲しすぎて。
そしてアケディアも消える。母になるのだから。
この日、怠惰の王は人間になった。