16.俺の気持ち
(実花……実花!!)
彼女の名前を心の中で一心不乱に叫びながら、俺は森下先輩の家に向かう。
昔、一度だけユミを家まで送っていったことがあったから、うっすらと記憶があった。
駅のホームを降りて、階段を駆け上がる。
改札を出てそのままロータリーを走り抜けようとした時だった。
俺の視界の中に、実花と森下駿が飛び込んできた。
「……実花……?」
森下先輩の家に居ることは、俺の思い過ごしであってほしかった。
絶対にここには居ないで欲しい……そう強く願っていたのに……
白い上品なワンピースに身を包んだ彼女は、幸せそうに森下先輩の横で笑みを浮かべていた。
立ち止まった足は鉛のようになって全く動かなくなった。
モノトーンの世界が俺に襲い掛かり、身を隠すことも忘れてしまう。
実花は森下先輩と別れ、駅に吸い込まれていく。
(はやく追いかけなきゃ……!!)
足の動かし方が分からない……
実花を見送った森下先輩がこちらを見ているような気がした。
「何やってんだ!! 早く追いかけろ!!」
遠くから叫ぶ森下先輩の声が頭の中をこだまする。
(……え?)
「早く行けって言ってるんだ!! 実花ちゃん、ずっと君の事想ってたんだぞ?! ぼさっとしてないでちゃんと捕まえておけ!!」
森下先輩らしからぬ荒い口調に、俺はハッと目が覚めた気がした。
頭を軽く下げて、再び駅の改札を抜けていく。
ホームの向こう側に、実花の姿が見えた。
「……実花!! 実花!!」
俺はありったけの声で必死に叫んだ。
彼女は、どこからか聞こえてくる俺の声を探すようにきょろきょろと辺りを見回している。
目の前を滑り込むように電車がホームに入ってきた。
「実花!! 待ってくれ!!」
頼む……、乗らないでくれ!!
実花に伝えたいことが山ほどあるんだ……
ずっと逢いたくて、逢いたくて……
電車がホームを去り始めるのを横目で見送りながら、階段を降り切った。
(実花……)
彼女が立っていた方へ駆けつけたが……姿はなかった。
「クソッ!! また……行き違いかよ………」
途切れ途切れの上がり切った息が収まらない。
「……翔太??」
汗まみれになった俺の肩を後ろからトンと叩く。
聞きなれた愛おしい声。
俺は急いで振り向いた。
「実花……!!」
「翔太の家にこれからいこうと……」
そう言い終わる前に俺は彼女の口を唇で塞いだ。
すぐさま力強く抱きしめ、もう二度と離さない……そう心に誓った。
「どうしたの……? そんなに息切らして……」
ふふふと切なく笑う彼女を改めて見つめる。
「実花……ごめんな……。俺……俺……!!」
呼吸が乱れて上手く言葉が出てこない。
『実花が大好きだ』
ただ、それを伝えたいだけなのに……
「翔太……。私、覚悟できたから、はっきり言って欲しいの。もう逃げ回ったりしなから……」
彼女の瞳が揺れている。
「私……翔太の事が本当に大好きだった。ずっとずっと……。だけど、本当はそう思ってたのは自分だけだったのかもしれない」
実花……何、言ってるんだ……?
頭がぐちゃぐちゃに混乱する。
「今まで……翔太の気持ち、全然考えてあげられなくて、ごめんね。私なんか、最初から翔太に釣り合うわけなかったのにね」
実花の頬を涙が伝う。
「もう、大丈夫。自由になって」
にっこりと懸命に笑う彼女が哀しい位美しく見えて……
俺の心から立ち去ろうとするのを必死でつなぎとめるように彼女の手を握る。
「……なぁ? 何言ってんだよ?? 俺はいつだって実花以外好きになったことなんて一度もない! なんで……なんでそんなこと言うんだよ??」
今の俺は猛烈に情けないかもしれない。
でも、そんなのどうでもいい。
実花を失う位なら、他の何を失ったって構わない!!
「木内さんと翔太の事……、私見ちゃったの。もう、隠さないで。だだこねたりしないから」
俯いた実花の頬を両手で包みこむ。
「あれは、ピアノを教えてただけだ。ただそれだけだ。中学の時、正直沙彩を実花に重ねてみてたところはあったんだ……。傍に実花がいるような気がして……」
ホント、最低だ……俺。
「沙彩を恋愛対象で見たことは一度もない。実花以外、俺は今まで一度だってない」
頼む……信じてくれ……
「翔太、私のお母さんの事……気にしてくれてるんじゃない……? 私がちゃんと翔太に気にしないでって言って上げられれば良かったのに、……怖くて無意識にその話から避けて通ってた。翔太の気持ち、ちゃんと考えてあげられなくて、本当にごめんなさい」
深く深く頭を下げる実花を見て、とてつもなく……悲しくなった。
「……実花……、俺がずっと責任感じて実花と一緒に居たって思ってんのか……?」
そんなわけないだろ……
どうして、そう思うんだ……?
「翔太にお似合いの女の子なんて私じゃなくったってたくさんいるじゃない……!! なんで翔太が私の事を好きでいてくれてるのか、分かんなくなっちゃったの! 木内さんと二人でいる空気がとっても仲良さそうで……。あの時の翔太、私の知らない翔太だった……」
パタパタと実花の涙が地面を濡らす。
「……実花……、ごめん……。そんな風に思わせることしかできない位しか、俺は実花の事見て遣れてなかったんだ。ここ数日、電話で実花の声が聴けなくなって……俺初めて気が付いたんだよ。こんなに実花のことが大好きなのに、自分の事しか考えていなかったって……。森下先輩とデートに行ったって話、ユミに聞いて……俺、嫉妬に狂いそうだった……」
ヤバい……声の震えが止まらない……
「実花……好きだ……大好きなんだよ……。お願いだから……俺の傍からもういなくならないでくれ……」
情けないだろ……
でも……カッコつけてる余裕なんて今の俺にはもうないんだ……
縋りついてだって……実花を離したくないんだよ……
「……一緒に居てもいいの……? これからも……」
震える俺の肩を柔らかい実花の腕が包み込んでくれる。
「お願いだ……、一生傍にいて欲しいんだ……こんな……情けない俺だけど……」
目を真っ赤にして彼女は頷く。
逢えない時間が重なったって、俺たちは信じあえると思っていた。
でも、神様はそこまで親切じゃない。
彼女の柔らかい髪や手に触れて、初めて感じ取れることもある。
彼女の瞳の奥を見つめないと、気づけないこともある。
彼女を抱きしめて初めて触れられる心の部分があるってことを、初めて知ったんだ。
だから……もう絶対に離れない。
何があっても、何処に居ても。
実花の気持ちに、いつも触れていられるように……
完
お読みいただきありがとうございました!
『ため息』から新たに読んでいただいている読者様、お付き合いいただきありがとうございました!!
『ため息の向こう側』の読者様へ
これで一度完結します。次回は五十嵐涼やら、再び訪れる別れの危機を連載でまとめる予定ですが、『担任のお嫁さんは私なんです!!』が終わり次第始めようかと思ってます(すみません、我慢できずに始めちゃったもので……)合間、載せきれないエピソードを短編であげるかもしれませんが、その時はまた覗いてみて下さい!!




